BLオンリーの同人イベントは意外と面白かったよ
さて、まずは勉強を頑張ることに決めた俺は、ゴールデンウィークの水木金土の午後から夜をすべて勉強の時間にあてた。
ふみちゃんも根気良く付き合ってくれたおかげもあって、4月と5月のテスト前の範囲までの教科書の内容についてはほぼ”理解”ができた。
”覚えることができた”のではなく”理解ができた”、すなわち知識として自分のモノにできたというのは、だいぶ心強いことだ。
だが、この程度では正直、彼女と釣り合うと言われるにはまだまだ足りないと思う。
「そういえばふみちゃんのお母さんは、俺のことはどういってるのかな?」
実際学校の偏差値についての大きな差は、自分たちは気にしなくても親は気にしたりするものだろう。
「え、幼稚園の時は何か頼りなかったけど、ずいぶん頼もしくなったねーって言ってるよ」
あれ、意外と高評価?
「あれ?
そうなの?
てっきり、あんな偏差値が低い学校に行ってる男子と付き合っちゃいけません、とか言われてるのかって思ったけど」
「そっちの偏差値は61で確かにこっちより低いけど 入試倍率千葉県2位の難関校でしょ?」
「ああ、入学希望者は結構多いんだよな。
千葉県公立高校唯一の音楽コースがあったりするせいで、吹奏楽部とオーケストラ部に合唱部とかがあったりするんで、音楽系部活動や演劇部のレベルが高かったりと芸術方面だと結構有名らしい。
それもあって運動部より音楽系文化部の学校内カーストが上な謎の学校だったりもするけど」
実際運動系はアーチェリーなどを除けば、大した実績を残していないのに対して音楽系文化部はいろいろ実績を残してるからな。
そもそも運動系部活で全国目指すなら市立船橋が近くにあるからそっちに行くだろうし。
「それって結構すごいことだと思うけどな」
「あと、もう少し偏差値が上の学校に落ちた連中が、滑り止めで受かって入学してきてるのもあるせいか、意外と落ち着いた生徒は多いね」
まあこれは裏を返せば自分を卑下してるやつが多いってことでもあるが。
「まあ、あっちゃんの行ってる学校については別に悪くは思ってないと思うよ。
偏差値があと10以上低かったら、さすがにどうかなって言うと思うけど」
「そっか、それだと少しは楽かな」
「え、何が?」
「俺がふみちゃんのそばにいることに関して、ふみちゃんの家族に理解を得ることが、ね」
「ん、まあ、それは全然大丈夫だと思うよ。
お母さんとおばさんも仲良くなったみたいだし」
「まあ、いずれにしても気は抜かないでまずは勉強頑張るよ」
「うん」
「でも明日はごめん。
お台場のイベントに行ってくるから」
「いいんじゃないかな?
勉強に集中するのも大事だけど、息抜きをしっかりやるのも大事だと思うよ」
「そういえばふみちゃんの誕生日っていつだっけ?」
「僕の誕生日は8月10日だよ、忘れちゃった?
あっちゃんの誕生日は10月10日で、僕の二か月後のでしょ?」
「え?!
俺の誕生日、覚えてるの?」
「うん、10月10日って結構覚えたら忘れない感じだし」
「確かにぞろ目だとちょっと目立つよな。
それはともかく誕生日がすぐとかじゃなくてよかったよ」
「それまたなんで?」
「誕生日のプレゼントを買うためにいろいろ余裕があった方がやっぱりいいからね」
「んー。
まあそれは何となく僕もわかるよ」
そしてふみちゃんが帰ったら、明日の待ち合わせなどの打ち合わせを白檮山さんと行う。
”明日、待ち合わせはどこで何時にします?”
”西船橋駅の改札近くに6時集合でどうかな?”
”了解です。
では詳しいことは明日の電車の中で”
という訳で日曜日の朝なのに俺は5時起きで西船橋駅に向かう。
そして白檮山さんはすでに来ていた。
「あ、おはよー」
なんだかデートに行くように気合の入った余所行きの格好をしているが、フェミニンな水色のワンピース姿の白檮山さんを見て、彼女がこれからBLオンリーイベントに行くとわかる男がどれだけいるだろうか。
まあその割に靴が動きやすいようにペタンコで、髪もシニヨンにまとめてるあたりがやっぱりイベント仕様だけどな。
そういう俺も弥生ちゃんに選んでもらった新品の私服をきっちり着てはいるが。
「ええ、おはようございます。
お待たせしたようですみません。
白檮山さんは早いですね」
「んふふ、もうイベントが楽しみで目がさえちゃって。
だから早めに家を出てきたの」
「まあ、なんとなくそんな気がしてました」
「それにしても今日の服、気合入ってるね。
私とのデートそんなに楽しみだった?」
フフッと笑いながら、そういたずらっぽくいってくる白檮山さん。
「まあ、あんな男が連れなのかよと言われるような、恥をかかせたくはないですしね。
それなりに外見は整えてきましたよ」
「そういうところに気が回るのはいいね」
「そうでしょ?」
笑いながら京葉線の東京方面行に乗り込み、新木場でりんかい線に乗り換えて国際展示場駅で降りた。
おそらく目的地が一緒だろうキャリーカートを引いている女性もたくさん降りる。
「思っていた以上に人でいっぱいですね」
「これでも夏冬の大規模イベントに比べたら全然少ないんでしょうけどね」
エスカレーターで地上に出るとそのまま人混みに流されるようにビッグサイト方面へと移動する俺たち。
「こんな感じだとほしい本とか買えないかもしれませんね」
俺がそういうと白檮山さんは真剣な表情で言った。
「そうなの、
だから秦君に切実なお願いがあるのよ」
「あーなんとなく予想はつきますが、どんなことですか?」
俺がそう聞くと白檮山さんは一枚の紙を取り出した。
それにはサークルの配置図と同人本のタイトルが書かれている。
「買いたい本が結構あるから手分けをして買いたいの。
あ、ちゃんと必要なお金は渡しておくから」
「ああ、まあ、いいですよ」
なんとなくこんなことになるだろうなとは思ってたけどな。
そして白檮山さんからズシリと重いがま口財布を渡された。
「1000円札のほかに500円玉と100円玉に両替してあるからこれを使ってね。
本を入れるトートバックはこれを」
「え、ええ、準備がいいですね」
「それはそうよ。
この日のためにバイトを頑張って資金不足は解消したし、ネットで必要な情報はそろえたもの」
そんなことをやっていると逆三角形の建物にたどり着く。
そしてちょうど会場のオープン時間だ。
「じゃあ、お願いねー」
そういうと白檮山さんはキャリーカートを引いて小走りで走り出した。
周囲の女性も走り出している。
「一応ここは、走るの禁止なんじゃ……」
まあ、デパートのバーゲンセールとかでも、女性の方が鬼気迫るものがあったりするし、こういうものなのかもしれない。
周りを見渡してみても目に入るのは女性ばかりだが、オタクっぽい感じはさほどしなかったりする。
キャリーカートを引く女性の中に混ざって男がサークルの配置図や同人タイトルの書かれた紙を見ながら移動している光景は一体どう映っているのやらだが……
そしてホールに到着し、無数の机が並び、その上に同人誌が積まれる中を俺は移動する。
「俺の買うのは島の方でいいみたいだし、まずは……近い場所から行くか」
シャッターやら壁やらの人気サークルのものは白檮山さんが自分で買うつもりらしい。
だからか渡された金の量が多いはずだよなと思いつつ、サークルの売り子の人と机を挟んで向かい合う位置までたどりついた。
「あ、全年齢向け新刊のセット1つください」
「はい。
新刊のセット1つですと千円ですね」
「ではこれで」
と俺は千円札をわたす。
「はい、ちょうどいただきました。
ありがとうございます」
と売り子さんには満面の笑みで見送られた。
そうやって何冊かの買い物をしていくが、売り子をやっている女性はみな綺麗だったり可愛かったりする。
まあ、女としての見栄とかプライドもあるんだろうけど、最近は普通にかわいいオタク女性が増えてるっていうのもあるんだろうな。
まあ化粧マジックという可能性もあるけど。
でまあそんな感じで買い物をしていたら売り子さんに言われた。
「これ、全年齢版とはいえBLですけど大丈夫ですか?
もしかして普通に銃ラブすきなだけだとか」
「あ、そのあたりはちゃんとわかってるんで大丈夫ですよ。
まあ、実際はお使いなんですけどね」
「あ、彼女さんのお買い物の手伝いですか」
「んー彼女……ではないかもですけど」
「あー、いいですね。
BLに理解があってほしい本を買うの手伝ってくれる、しかも結構かっこいい彼氏がいるなんて。
あたしもほしいなぁ」
「あ、いやですから別に彼女とかじゃ……」
「普通、ただの女友達に頼まれたからってBL同人誌を買う手伝いなんてしませんよ」
彼女はそういってニヨニヨ笑う。
「あ、はい。
そうですね」
俺はそういいつつ苦笑するしかなかった。
まあ、そういう意味では普通ではないことは理解している。
そして、渡されたリストにあった同人誌は買い終わった。
”こっちは終わったけどそっちはどうです?”
”こっちも終わったよー”
”じゃあ、売店前で合流しましょう”
”らじゃ”
という訳で売店前へ移動すると満面の笑みを浮かべた白檮山さんがいた。
俺は同人誌に入ったトートバックを差し出す。
「はい、どうぞ。
書かれていたものは全部買えたと思いますよ」
さらなる満面の笑みでそれを受け取った白檮山さんはそれをキャリーカートに入れた。
「いやあ、大漁大漁、ほんと手伝ってもらえてよかった。
一人だったら絶対買い逃してたからね」
「まあ、人気サークルの本は結構早く無くなってましたね」
「中には転売ヤーもいるから、人気サークルの作品は余計手に入れづらかったりするのよね」
「あーそういう連中もいたんですね」
「そうなのよ」
俺が買った方はそこまで人気のあるサークルではないのかそういった手合いはいなかったようだが。
「じゃ、まあ帰りますか」
「そうね。
かえったらさっそく読みまくるわ」
そういう白檮山さんはすごく楽しそうだった。
まあ、このために一週間連勤で頑張ってきたわけで、その成果が得られた彼女はめちゃ充実しているんだろうな。
まあなんだかんだで俺も結構楽しんではいたし、いい経験だったとも思う。




