東雲さんにオリジナルアレンジした問題を作ってきたら西海枝さんにも同ようにしてほしいといわれたよ
前回のあらすじ:中垣内に国語を教えるために小説を読むよう勧めてみた
さて、中垣内へ国語を教えるにあたっては、とりあえず教科書を何度も音読させつつ、小説を楽しく読めるようにしていけば、何とかなると思う。
西海枝さんも、数学の中学までの基礎はすでにできているみたいだから、高校の教科書の範囲の問題集を丁寧に解いていけば大丈夫だと思う。
ただ、東雲さんは、中学もしくは小学生高学年の時点でつまずいているかもしれない。
案外と分数・小数の計算など小学校分野から、ちゃんと理解できていないままで高校や大学に進学してしまい、それが理由で数学を苦手としている人間も多かったりするんだよな。
という訳で、東雲さんには小学校高学年や中学校レベルの問題を俺なりにアレンジして、プリントアウトしていくことにしよう。
で、放課後の家庭科部の部活動の時間だ。
そして、やはり大仏さんと雅楽代さんはすでに来ていたので、俺は二人に質問する。
「おはようございます。
今日は何を作るんですか?」
俺がそういうと大仏さんが、笑顔で答えた。
「今日は、パウンドケーキを作ってみましょう」
「ああ、いいですね。
最近はコンビニスイーツとして定着してきましたけど、ハンドメイドでも美味しいですし。
さらに材料も少なめで簡単なうえ結構保存も効きますしね」
雅楽代さんがうなずいて答える。
「文化祭で販売するときも、傷みにくい物のほうがよいですからね」
俺はうなずいて言う。
「では早速作ってみますか」
西海枝さんが少し不安そうに言った。
「私でもちゃんと作れるでしょうか?」
「大丈夫大丈夫。
パウンドケーキはベーキングパウダーを使うから、シュークリームのように水分不足で膨らまないとか、ロールケーキのように卵白のメレンゲのちょうどいい度合いでないと、いい食感にならないとかはないからね」
「それなら何とかなりそうですね」
という訳で、今回は俺と西海枝さんがパウンドケーキ作りに挑戦する。
最低限パウンドケーキを作るのに必要な材料は、バター、砂糖、卵、薄力粉、ベーキングパウダー。
薄力粉はホットケーキミックスでもいい。
後は好みでラム酒を入れたり、牛乳を入れたり、レモンのしぼり汁を入れたり、干しブドウなどのドライフルーツを入れたり、バナナを入れたりとアレンジもいろいろできる。
バターと卵は常温に戻されてるようなので、パウンド型にクッキングシートを敷いて、オーブンを170℃に予熱。
それからまず、ボウルにバターと上白糖を入れて、白っぽくなるまで混ぜ合わせる。
そこへ溶き卵を3.4回に分けてよく混ぜ合わせながら入れる。
さらにそこへ、薄力粉を粉ふるいで振るい入れ、ゴムベラで切るように混ぜ、粉っぽさがなくなるまで混ぜ合わせる。
あとは型にパウンド生地を流しいれて、両端が少し高くなるように表面をならし、型を5cm程持ち上げて2~3回落とし、生地の空気を抜く。
あとは、オーブンで火が通るまで40分ほど焼く。
焼き始めて10分経ったら、一度取り出して真ん中に切れ目を入れると膨らんだ場所がきれいに割れるが、そのまま開くに任せてもいい。
「じゃあ焼きあがるまで、勉強会と行くか」
「はい、よろしくお願いします」
「うん、りょうかいっしょ」
「東雲さんにはこっちをやってもらうよ」
と、小学校高学年レベルからの問題を、俺なりにわかりやすくなるように、スマホのプラン別料金とかを具体例にした計算問題をわたす。
「ん、なになに……」
で、西海枝さんには、高校生の問題集で、レベルが中程度の生徒に使いやすいと評判の問題集をもってきた。
「西海枝さんはこっちでやってみてな」
俺が問題集を渡すと西海枝さんは、東雲さんに渡したプリントと問題集を見比べていった。
「あ、はい……ではやってみますね」
と二人は勉強を始めたが東雲さんが楽しそうなのに対して、西海枝さんは少し浮かない表情だ。
西海枝さんの、数学の学習レベルなら十分解けるはずなんだけど、レベルを見誤ったかな?
俺がそう思っていたところで西海枝さんは俺に向き直って言った。
「あの、こういうことを言うのは、大変申し訳ないのですが……」
「うん、なんだろう?」
「私も東雲さんと同じように、楽しそうに勉強できるやり方にしていただけませんか」
「あ、うん、ごめん。
西海枝さんなら、それくらいは十分解けると思ったんだけど、ちょっと難しかったかな?」
「あ、ええと……はい、そうなんです」
「そっか、じゃあ次は西海枝さん用にも、楽しく勉強をできるような工夫をしてみるよ」
「はい、ありがとうございます」
そして西海枝さんは小さくぼそっと言った。
「だって……小百合ちゃんだけ一生懸命に問題のアレンジを考えているのに、私は問題集をそのままなんて、私は手抜きでどうでもいいみたいなんだもん」
俺にはよく聞こえなかったが、東雲さんには聞こえたのかニタっと笑って言った。
「まったく、秦ぴっぴも罪作りだねぇ」
「いや、なんでだよ?」
で、そんなことをやっている間に竹串を刺して、生地が付かなくなるまで、こんがりと焼きあげ、粗熱が取れたら型から外して冷ましたら完成。
それをみんなで取り分け食べる。
「ん、西海枝さんのパウンドケーキうまく焼けてるな。
うまい」
俺がそういうと西海枝さんがニコッと笑って言った。
「秦君はさすがですね。
やっぱりおいしいです」
「ん、ありがとな」
まあそんな感じでパウンドケーキはうまく焼けたが、西海枝さん用にも、数学の問題を楽しく解けるようにアレンジするのはちょっと頭が痛いな。
まあ、手抜きはよくないってことか。
そんなことを考えていたら西海枝さんが俺に聞いてきた。
「そういえば前回言っていた”ゾーン”じゃない方っていったいどういうものなのですか?」
「ああ、ルーティンのことかな。
ラグビーの太郎丸歩選手が行なっていた、拝むように手を合わせてからキックに入る動作や、野球のタロー選手がバッターボックスに入る際に行う、バットを片手で大きく2度回して立て、ユニフォームの肩をつまみ、バッティング体勢に入る一連の動作もルーティンだね。
ほかにも相対性理論を提唱した物理学者アルベルト・アインシュタインの場合は「仕事に取りかかる前に成功イメージを思い描く」というルーティンをしていた。
あと英国の第61代首相ウィンストン・チャーチルは、「明るい色で思いのままに油絵を描く」というルーティンをもっていたらしいし、ヘレン・ケラーは「植物に触れたり、アロマのにおいを嗅いだりする」ルーティンを実践していたらしい。
イライラしたり緊張したりときに、これをすると落ち着いて普段通りに行動ができるようになるという、事前に行う慣習的行動をルーティンっていうんだ」
「なるほど、そういえばラグビー選手については、少し聞いたことがありますね」
「あの人でルーティンが結構有名になったからね。
でルーティンはどちらかといえば試験とか発表の時に、緊張して実力が出せないっていう場合の事前に緊張を取り除くのに使える技術だね」
「それはどうすればいいのでしょうか?
「緊張を解くためのルーティンを設定するなら……
過去の成功体験を想起しながら、成功イメージを表現するフレーズをつくり、ルーティンとして使う動作を設定するだね。
フレーズは自分にとってしっくりくる言葉で、動作は、日常ではあまりやらない動作で、シチュエーションを選ばず、簡単にできるものがいいみたいだよ」
「なるほど、たしかに試験の時に役に立ちそうですね」
「まあ、ゾーンにしてもルーティーンにしても、すぐに身につくとは限らないから、地道に勉強するのも大事だけどね」
俺がそういうと東雲さんが苦笑していった。
「結局そこに戻るの?」
「そういうことさ、何でも楽して簡単にできるようになる方法は残念だけどないのさ。
もちろん少しでも効率をよくしようとするのは大事なことだけど」
まあ、ゾーンにしてもルーティーンにしても才能がなければ、習得できないわけではないのだから、それを習得しようとするのも無駄ではないんだけどな。




