今日の家庭科部の部活動は残り物とかコンビニで安く買えるものか
前回のあらすじ:東雲さんは数学ができない
とりあえず、東雲さんに泣きつかれた数学の教え方について少し考えよう。
数学に限ったことではないが、高校以上の教師というのは、苦手な人間にまったく伝わらない教え方しかできないことが多い。
それはなぜかといえば、数学教師というのは、基本的に数学や数式が「大好き」であり、数学が嫌いな人間が数式を見るのすら嫌なのを、そもそもわからないからだ。
わかってる人間は、分からない人間が、なぜわからないのかを理解するのがそもそも難しいんだよな。
ともかく数学の勉強で大事なのは、勉強の効率化から数学的思考の獲得なのだが、数学は解き方が「決まっているもの」「比較的柔軟なもの」「まったく決まっていない、自由度が高いもの」に分けて考える必要がある。
そして解き方が「決まっているもの」 は「理解していないと手も足も出ない」が、逆に理解しさえすれば時間がかからずに正解にたどり着きやすい。
最悪解けない場合は「とっとと答えを見て」まずは解き方の流れなどを覚えてしまうだけでもいい。
本当ならば、なぜそうなるのか、ちゃんと理解していくのが大事なのだけど。
そしていきなり分厚い問題集のページを指定して「ほい、これができればいいぞ」ってやると、まずは、その分厚さだけでめげる可能性が高いから、ネットのフリーの問題集をプリントアウトする。
ネットのフリーの問題集は書籍の問題集に比べて量が少なく見た目で子どもが「少ない!これならできるかも!」って思う可能性が高い。
まあこれで何とかなるんじゃないかな。
で、家庭科部の部活動の日だ。
「とりあえず、部活の最中に勉強を教えることの許可はもらわないとな」
俺はそういうと東雲さんは苦笑していった。
「たしかにそうだね」
「まあ、赤点とられて補習と追試で部活に参加できなかったら元も子もないから、ダメとは言わないと思うけどな」
そして家庭科実習室に向かうと雅楽代さんと、大仏さんはやはり先に来ていた。
「雅楽代さん、大仏さん。
すみませんが東雲さん、数学が全然わからないと泣きついてきたんで、部活動の合間に勉強を教えていいですか?」
俺がそういうと、大仏さんは苦笑しながら言った。
「それは仕方ありませんね。
赤点をとって補習と追試というような羽目になるよりは、いいと思いますよ」
そして雅楽代さんが言う。
「では、気を取り直して。
今日はちょっと趣向を変えて、冷蔵庫の中にある残り物とコンビニで安く買え、なおかつなるべく栄養バランスの良いもので一品作ることを考えましょう」
俺は雅楽代さんの言葉にうんうんうなずいていう。
「ああ、それって大事ですよね。
財布に優しくて、コンビニでも手軽に買え、なおかつ栄養バランスのいいものを作れるって」
「コンビニのお弁当だけだと、栄養バランスの悪さが気になりますし、かといって別にサラダもとやっていくと結構高くついてしまいますからね」
「だとすると俺は焼きそばがいいと思います。
コンビニでも袋めんが一袋単位で安く売ってますし、あまりものの、肉や野菜を適当にぶち込んで炒めれば結構おいしいです。
あと今はカット野菜や豚肉の小さなパックとかハムベーコンくらいなら、コンビニでも売ってますからね」
「なるほど、確かにそうですね。
では実際にコンビニに行って、材料を買いそろえてきましょう」
そこで俺は東雲さんと西海枝さんにプリントアウトしたネットのフリーの問題集を一枚ずつ渡す。
「二人は俺たちが買い物してる間に、これをやってみてくれるかな?」
二人は俺の言葉にうなずいた。
「うん、りょうかいっしょ」
「わかりました、やってみますね」
で、俺と先輩二人でコンビニへ買い出し。
「焼きそばにも使える野菜炒め用セットや豚肉小間切れ、なんてのが普通に売っているんだから、コンビニは便利ですよね」
俺がそういうと大仏さんはうなずく。
「スーパーに比べるとちょっと高いのも事実ですが、高すぎるということもないですしね」
焼きそば3玉分二つに野菜炒め用セットと豚肉小間切れを買い、家庭科準備室に戻る。
そして俺は東雲さんと西海枝さんに声をかけた。
「二人ともできた?」
「あんまりできなかった……」
というのは東雲さん。
「はい、大丈夫です」
というのが西海枝さん。
まあ、おおよそ結果は予想していたけど、見事に予想通りだったな。
「まあ二人とも勉強で疲れただろうし休憩がてら料理に移ろうか」
勉強も長い間やれば疲れるが、特に苦手意識がある場合は集中力が早く切れやすいから、こまめに休憩をとるのも大事だ。
焼きそばは、まずはフライパンを熱し、油をひいて豚小間を中火で炒め、そこにカット野菜を入れてさらに炒め、最後に麺をほぐしいれたらそのまま2分ほど炒めて、麺に軽く焦げ目が付いたら塩胡椒と粉末ソースを加えてさらによく炒め、かき混ぜれば出来上がり。
面倒ならレンチンでも、できるけどな。
「さて、東雲さんの数学アレルギーみたいなのは分かったからこれからやることは”まず必要最低限だけ暗記する”ことと”まずは解ける経験をさせる”ことだな」
「う、うん」
「西海枝さんは基礎は大丈夫そうだから、数学的思考力自体を鍛える方が、よさそうだね」
「あ、それでお願いします」
「ちなみに二人は”ゾーン”とか”ルーティン”って知ってるかな?」
俺がそう聞くと二人は首を横に振った。
「なにそれ?」
「私も知らないですけど、どのようなことですか?」
俺は二人に説明する。
「ゾーンというのはアスリートやスポーツ選手が、ただの集中を超えた極限の集中状態にはいって、選手の持つ力を100%引き出せる余計な思考感情が全てなくなりプレイに没頭しているような状態を示すことが多いね。
少年漫画だと影子のバスケっていう作品に出てきているんだけど、ちょっとディフォルメされすぎてる感じはするけど。
ゾーンはトップアスリートでも偶発的にしか経験できない稀有な現象っていわれていたけど最近は脳科学的な研究も進んできて、ゾーンに入る条件もかなり解明されてきてるし、実は楽しいことに極度の集中をしていることをゾーンというなら、それ自体はだれでも体験したことがある現象なんだ」
「え、どういうこと?」
「例えば、面白い漫画や小説を読み始めて止まらないとか、海外ドラマにドはまりしてるとか、TDLで遊んでいたらあっという間に一日終わったとか、何かに没頭している状態も一種のゾーンなんだ。
これは、脳内でドーパミンやらエンドルフィンなどの快楽物質が分泌され、脳のパフォーマンスが高まっている状態だからなんだけどね。
理屈的には、同じ状態を作り出すことができれば、誰でもゾーンに入ることができるし、趣味や娯楽はもとより、ビジネスや勉強にも応用できる技術なのさ」
俺がそういうと東雲さんが感心したように言った。
「へえ、そうなんだ」
「つまるところ、勉強に集中できるようにするのには、勉強が楽しいって思えるようにするのがまずは大事ってことだね。
東雲さんに”まずは解ける経験をさせる”といったのはそういうことなんだ。
わからないことがわかるようになるのは本当はすごく楽しいし、そこで褒められればやる気も出てどんどん伸びるからね」
俺がそういうと西海枝さんが首を傾げた。
「そういう努力って、大変なことを乗り越えるのだからこそ、意味があることなのではないですか?」
「いやいや、むしろ勉強でもスポーツでも、いやいややると、効率が落ちるだけなんだよ。
日本だとそういう嫌なことを無理してやることがもてはやされるけどね」
そんな様子を見ていた大仏さんが笑顔で言った。
「秦君は教師に向いてるかもしれないね」
それに対して東雲さんが突っ込む。
「でも、秦ぴっぴの場合、女の子に勘違いさせて面倒ごと起こしそう」
その言葉に雅楽代と西海枝さんが苦笑してうなずいた。
「それはたしかに」
「十分あり得ますね」
なんで俺ってそんなに信用ないんだ?
女の子に勘違いさせて面倒ごとなんて起こしたことはないはずだぞ?




