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前編7

 



 タカコさんから飲みの誘いの連絡が来たのは、ナローケーキ決戦の前日夕方であった。

 俺としては対決の準備は万端であったし、また心のどこかで今この状態でタカコさんは何を考えているんだろう、と漠然と思いをはせたとき、この勝負をより楽しむために俺に事前にコンタクトするのではないか、と心のどこかで予感していた。

 それが的中した訳だが、ケーキ作りの作業で、神経が研ぎ澄まされてやけに感覚が冴えていた俺にとっては、やっぱりな、だった。


 指定された場所はナロー王国最大の繁華街のBARだった。

 一見すると何屋さんだかわからないその扉を開けると地下に続く階段が出迎える。その階段を降りていくとバーカウンターで、ロングカクテルを飲んでいるタカコさんがいた。俺はタカコさんの隣に座りギムレットハイボールを注文した。自分とタカコさんがこの場で初めて交わした言葉が乾杯だった。


 タカコさんはまず自分自身の事について語りだした。

 もともとはテヅカ王国で懐石料理の職人をやっていたそうだ。そこで調理のいろはを叩き込まれたと言う、ただずいぶん昔の話だからあまり君には参考にならないかもね、と笑いながら語ってくれた。


 俺はそんなタカコさんに見とれ心奪われていた。

 タカコさんが笑う時には待ってましたとばかりに大げさに笑った。こうでもしないと緊張をリリース出来なかったのだ。


 その話の内容はジャンルは違えど、お客様に美味しいものを食べてもらい喜んで頂くと言う、そういう仕事についている者にとってはこの上ないアドバイスであった。ただタカコさんの修業時代の終わりはあっけなく訪れたという。

 ある時その懐石料理店に出資している銀行が、タカコさんを人気の懐石料理店に連れて行き、ここの料理を丸ごとパクれと言われたそうだ。

 もうここで働けないなって思ったのよ、タカコさんが遠い瞳で寂しげに笑った。

 辞めるにあたっても色々と面倒なことがあったそうだが、その辺はあまり詳しく教えてくれなかった。

 色々な表情のタカコさんを見ることが出来たのが嬉しかった。

 俺はどんな顔をしていたのだろうか。


 BARを出たのは流石にこれ以上飲んだら明日に支障が出ると思われたからだ。

 相変わらずの繁華街だったが、来るときとはどこか別の場所のように感じた。

 俺はタカコさんと並んで歩いていた。

 ほどなくして時計が真夜中を回ると世界の空気が変わった。

 虚栄といったような人間の排泄物がナロー王国から一掃されたような感じだった。

 メインストリートにはさっきまで無かった屋台のケーキ屋が立ち並んでいた。

 そこはすべてが媚びるようなことはせず訪れた人たちを優しく受け入れていた。

 こんなナローケーキもいいわよね、タカコさんが微笑みかけてくれた。


 ―――その時の微笑みが俺の人生の最高の瞬間だった


 俺はそんなタカコさんを途轍もなく愛おしく感じてしまっていて、俺史上最大の疾風怒濤な狼狽をかましていた。


 俺はそこで何を思ったのか、今回の対決でこちらが勝負をかけたい核心について熱弁していた、早口で。


 俺はビビッてヘタレて逃げている訳だが、真剣に話をすれば、この脳みそ流出状態が落ち着くとか、タカコさんは俺に一目置いてくれるんじゃないかとか、その他諸々下衆な言い訳を考えていた。


 屋台のケーキ屋さんたちとそこに集う人たちの純粋な笑顔が、嫌らしく打算的で矮小な俺を非難しているように感じられた。




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