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前編6

 



 「このナローケーキは出来損ないだ!食えないよ!」


 俺はいつの間にか立ち上がり大声で叫んでいた。


 その叫び声はメインストリートに響き渡り、瞬間、静寂を生んだ。


 涙の向こうでは、アンジェは腹を抱えて大爆笑していた。サミーはメガネの位置を直しながらため息をついていた。タカコさんは何か言いたそうな顔をして心配そうに俺のことを見ていた。

 俺の叫び声に店内の客が一斉に視線をこちらに向けた。

 俺は涙が流れたと同時に心の堤防も決壊していて、心に溜め込んでいたものを続けザマに叫びに叫んだ。


 「実際の成功経験がないから安直な成功描写を受け入れるんだ!」


 「もしくは成功までの過程が省かれていても違和感を覚えない!」


 「こんなケーキあるか!」


 「それと恋愛要素と言う甘味に対してもそうだ!」


 「実際の恋愛経験が無いので、出会いや付き合いの苦労を知らない!」


 「必然的に最初からモテモテ状態だ!何と言うグロテスクな構図だ!」




 「平たく言ってこのナローケーキは現実逃避の塊だ!」




 そこまで叫んだところで、俺はタカコさんの店の関係者と思われる男たちに取り押さえられていた。


 「お客さん困りますな、騒ぎを起こされても」


 アンジェが腹を抱えてヒーヒー笑っている横で、サミーが店の関係者に申し訳ありませんと謝っていた。

 タカコさんがハンカチを俺に差し出す。受け取る俺はタカコさんと目を合わせる事が出来なかった。涙と鼻水でみっともなくぐしゃぐしゃになった顔を拭いて鼻をかんだ。


 どうやらその男たちと言うのはタカコさんの有料店に融資している銀行の関係者だったようだ。


 「お客さん、ここはみんながナローケーキを楽しむために来る場所なんですよ?」


 「あまりとんでもないことを吹聴されるとこちらも法的手段に訴えますよ?」


 するとニヤリと悪そうに笑いながらアンジェが男たちに向かってこう言った。


 「でもさー、このコの言ってたことってホントじゃなーい?

 本当のことを言って気分が悪くなるのなら、気分が悪くなる方にも問題があるんじゃないのかにゃー?」


 男たちはスーツの襟をわざとらしく直しながら少し考えてからこう言い放った。


 「ですがお客様、このナロー王国では、無償で供給されているケーキに、与えられた評価が全てです。

 売れるもの、それが全てなのです。受けるものでなければ存在の意味がないのです。

 自分の作品の未熟さを棚に上げて逆ギレするようなナローケーキ職人は、早々にこの国から出て行った方がよろしいでしょうねえ、フフフ」


 ひょっとしたらアンジェは相手の失敗を最初から引き出そうとしていたのかもしれない。

 アンジェはニヤリと笑ってことの成り行きを見守っている店に集っていた多くの他の客に向かってこう言い放った。


 「だってさー、みんなはどー思うかにゃー?」


 場の雰囲気を察した銀行の男たちも失言に気がついたようだ。

 ナロー王国の住人は食べる専門の者だけでない。多くの者がナローケーキ職人なのだ。そしてごく1部の売れている者を除いて大半は売れないケーキ職人だ。場の流れは完全にアンジェにコントロールされていた。


 またタカコの店のお客の多くは、この男たちの銀行が融資した有料ケーキ店のお客でもある。ちょっとしたことで商売が立ち行かなくなるこの世の中だ。この騒動に落としどころをつけたいのは、騒ぎを起こした俺たちよりも今となっては銀行屋さんたちの方であった。


 それを察してタカコさんがポンと手を叩いてこういった。


 「でしたら私とそこの彼でナローケーキ勝負をしてみるというのはどうでしょう?」


 「審査は両方のケーキを食べた人たち全員ということで」


 「これまで未発表のオリジナルケーキを数点用意して、

 審査をした人たちの入れたポイントの多さで決めましょう」


 「ウケるケーキが評価されるか、媚びないケーキが評価されるか」


 「とりあえず結果を出してみる、こんな落としどころで皆さんどうでしょうか?」


 わっと観衆から歓喜の声が上がった。

 肯定された。

 男たちも少し相談して


 「ではそれでいきましょう」


 と言う話になった。

 全く俺の意向は無視されているわけだが、俺は先ほどまでの弱々しい気持ちはすでに無いものになっていた。

 切り替わっていた。千載一遇のチャンスが巡ってきたのだ。

 俺の今の表情を見てサミーとアンジェは何か、おおっ!と言うような、驚いたような楽しそうな顔をしていた。


 「では勝負は3日後のこの時間この場所で」


 タカコさんがそう言うと観客から歓声と拍手が沸き上がった。

 俺の賽は投げつけられ砕け散った。




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