後編3
「ではどうぞ!お召し上がりください!」
会場のあちらこちらで、いただきますの声に続き、タカコさんのケーキに対する称賛の声がまるで打上げ花火のように炸裂する。
「この悪役令嬢ケーキすごい!」
「最初に苦味やエグ味が来てそれが後から押し寄せる甘さを際立たせるの!」
「わぁ、ウケける要素をこんなに贅沢に使っている!麗しの隣国の王子様、やんちゃ系の騎士団長家の三男、妖艶な魅力爆発の魔王様!」
「どれもありきたりな材料なのにみんな丁寧に仕事がされているのね!この素材にこんな美味しさがあったなんて驚きだわ!」
もふっ・・・
「な、なにこの食感!とってもモフモフ、癒されるわぁ!なんだか作り手に親近感がわいてきたわ!」
「化粧水、香水、整髪料、前世の知識で無双する展開最高!こんなふうに楽に金儲けしたいわね!」
「冗長な展開と言う人もいるけれど、私は長く楽しめるの好きよ?暇つぶしにはもってこいだもの!」
「ラストはスパイシーなざまあでハッピーエンドの王道展開かぁ、うん、やっぱりいいね!」
「ハッピーエンドタグの効果も出てるのね?この安定感が心地良いんだぁ」
「こっちの異世界転生ケーキも凄いゾ!」
「開幕チート!初っ端からガンガン攻めてくるな!」
「早々に!俺やっちゃいましたか!これを惜しげもなく贅沢に使ってくるんだ!気持ちイイィィ!」
「このフルーツの砂糖漬けも凄い!種類が沢山、まるでハーレムだよ!どれもこれもガチ甘い!」
「大ぶりのピーチ、未成熟なぶどう、よりどりみどり、どれも女性にはありえない味付けだけど、野郎にはたまらない仕事がされているでゴザル!」
「ははっ!金に困らない展開最高!奴隷だとか貧民だとか助けて気分良し!上から目線ここに極まるナリ!」
「冗長な展開と言う人もいるけれど、この売り方で良くね?誰だって長く稼ぎたいっしょ!」
「ラストはラスボス倒してハッピーエンド!王道だけどいいね!あんまりその後の生活に触れていない後味あっさりもグー!」
会場の人々は皆、タカコさんのナローケーキに舌鼓を打ち、そしてその甘さに脳みそを溶かした。
さすがはナロー王国屈指のランカーだ、女心だけでなく男心、オタク心に子供心、すべて心得ている。
ステージに改めて目を向けてみると、どうやら司会者もナローケーキを食べていたようだ。フラフラとした足取りとうつろな目つきでそれでいてハイテンションな声が響き渡る。大丈夫かこの司会者のおっさん。
「皆さんどうでしたか!素晴らしい!素晴らしいナローケーキだったではありませんか!」
「頭取、タカコ先生のナローケーキについて一言お願いします!」
「うむ、もはや言うまでもないだろう、流石の一言だ、よくぞここまで技を磨いた、尊敬に値する」
頭取閣下の偉そうなコメントが飛び出す。ナローケーキを作ったことなど無いのだろうに技を磨いたときましたか。
ナローケーキに興奮している観衆は拍手でそのコメントを受け入れていた。
俺はふと見えた気がした、ナローケーキ中毒患者たちが道化のような恰好の頭取が吹く笛に集団でふらふらとついていく光景が。
そもそも基本的にナローケーキ中毒患者は睡眠不足に基づく懐疑的思考能力不足の者が多い。
眠る直前までナローケーキを貪っていると、大概その睡眠後にみる夢は現実との比較をベースにした悪夢だ。その結果睡眠が浅く覚醒時の意識がはっきりせず思考能力が低下したままで日々の生活に入っている。
食べる必要の無いものを食べなくてはいけないものと思い込んでいる。思い込まされている。何でもそうだと思うが、楽しいと思うことによって発生するアドレナリンそしてエンドルフィンといった、こういった脳内麻薬は必ずしも日常生活の中の判断に良い影響与えている訳ではない。
ティービィー王国やコンチパ王国はそれらの悪用を心得ている。最良のものの悪用が最悪の結果を生むことを承知の上でなお開き直って悪用を悪意をもって続けている。
ティービィー王国の国民やコンチパ王国の国民がそうであるように、最近俺はナロー王国の国民もまた、彼らと同じような集中力や決断力が著しく低下した麻薬中毒患者になっているように思えてならないのだ。