ボクのイエ、そして僕の家<FA:LEDさんから>
四つ這いの肘を伸ばすとボクの腕は震えた。
「お前は、誰だ。お母さんはどこに?」
ハルトがボクの脇に手を差し左腕を引き上げる。
ボクの肩は煮込んでとろとろになった手羽のようにあっさりと捥げ、床に転がった。
バランスを崩したボクは、左頬をしたたか床に打ち付け倒れた。
頬がよれ、伸びた皮がちぎれてじわりと体液が滲む。
呼吸は、薄く広げて乾いた糊みたいになったボクの喉の奥をピリピリ剥がした。
目の表面が乾く。
ハルトは声にならない声を飲み込み、ソファーに腰を落とした。
ボクは残った右手でハルトの膝を掴み、這い上がった。
脇腹が破れ、膝の骨が床を擦り、硬い音を立てる。
ハルトは頬を引きつらせてボクを見下ろした。
瞳を震わせ、それからぎゅっと目を閉じる。
おかしいくらいガタガタと腕が揺れている。
ボクはハルトの腰、肩と手を伸ばし、腿の上まで這い上がる。
小さな指でハルトの唇に触れ、内側に差し込む。
震える歯の隙間に四本の指をねじ込み、下へ引く。
怯えきったハルトは、されるがままに口を大きく開いた。
ボクは指を抜くと、ハルトの前髪を掴んだ。
髪を後ろに引っ張って顔を上向けると、ハルトの開いた唇に乾いた唇を重ねた。
舌を差し込み、ボクは自分の舌を噛みちぎる。
ハルトの口内にボクのちぎれた舌を納めると、ボクは顎でハルトの顎を押し上げた。
頬を押し付けて唇を塞ぎ、嚥下えんげを促す。
ボクの記憶は、これで共有される。
胎内で聞いたヒナタやハルトのキラキラ響く幼い声。
母親の腹に手を当てる父親の体温。
皮膚越しに映る光。
母親の体が内側から溶けるパチパチと弾けるような音。
飢え。
激しい眠気。
ボクを包む暖かくも窮屈な羊膜を蹴飛ばした時の、ぬるりと溶けるようにして破れた感触。
その足先に触れた大きく緩やかな流れ。
指の又に残る羊膜が揺れる感覚。
周囲に漂う生暖かくほんのり塩っ辛い母親の匂い。
掴んだ母親の腰骨がラムネみたいに泡を噴いて縮んでいく、くすぐったい感じ。
母親を模したイエの声。
母親の形。
その内側から覗いたハルト。
ヒナタ。
父親。
「お母さん……」
ボクの舌を飲み下したハルトは、意識を手放し倒れ込む。
ボクはソファーから転げ落ちる。
床に当たった衝撃で首が捥げ、頭蓋が陥没した。
背中の皮膚がずる剥けている。
やがて菌糸のようなものが床を這い、ボクを見つけた。
菌糸が触れると破けた端からボクは溶け出す。
もうボクの体は抵抗物質を分泌しない。
空気に晒された表面が冷えて、ボクの皮膚はおかしいくらいに毛を逆立てている。
その皮膚が菌糸が触れるとやんわりと穏やかに弛緩する。
何本もの菌糸がボクを包み、床下へと沈み込む。
イエはボクとヒナタを飲み込んで地中深くに沈んだ。
水のように土に染み、静かに粒子の間を降りていく。




