ボクの家
ヒナタが学校に行けなくなって三日後、リビングにテレビが現れた。
60型の大型テレビで、紺の縁にはセーラー服の襟にあるような三本の白いラインが等間隔に入っている。
あれはヒナタだろう。
制服の生地の目が表面に浮かびまだ馴染みきってはいない。
時々生地は孵化直前の魚卵みたいに透明な膜の内側でしわを寄せ、捻れた。
じきにヒナタの皮が完全に溶ける。
そうすれば滲み出る体液を濃縮させ、表面に適切な材質のイメージを浮かび上がらせることができるようになる。
磨き上げた木材の表面を模したり、なめした皮のように滑らかな質感を再現することだって可能だ。
その内側でじっくり何年もかけてイエはヒナタをしゃぶり尽くす。
黒い小さなカスに丸めて外へ放り出すまで。
父親、そして母親にしたのとおなじように。
テレビの画面にヒナタの顔が映ったのを見た時、イエは震えた。
テレビの前のソファーにはハルトが座っていた。
ココニ イテハ ダメ イエヲ デテ ニドト チカヨラナイデ
砂嵐にヒナタの表情が写り、流れる。
わずかな濃淡の違い。
ノイズに掻き消されそうなほどかすかな叫び。
それでも父親も、母親も、そしてボクにもできなかった、イエの内側から外への発信をヒナタはやってのけた。
テレビナンカ ケシナサイ
母親の形をした突起がハルトからリモコンを取り上げスイッチを切る。
ハルトはその時初めてまじまじと母親の姿を見上げた。
ボクを見上げた。
クダラナイ ……ソレヨリモ シュクダイ ハ ドウシタノ
イエはそっぽを向いたまま吐き捨てる。
ハルトの意識を自分から、今流れた映像から逸らそうと計算している。
「……あんたは、誰?」
ハルトの問いにイエは激しく動揺する。
形・を保つことができなくなってしまうほど強く。
イエの内側であらゆる場所から気泡が吹き出し、ドブ川に蔓延とはびこる珪藻に似た何かが汚泥とともに舞い上がった。
イエの体液がどろりと濁り、ボクのからだに生ぬるい藻の感触がまとわる。
突起の表面に施した母親の姿が排水溝のぬめりが剥げるように内側で落ちて、体液にのって流れた。
母親の形は透明な瓶となって、ボクに外の世界を映し出して見せる。
内側からぼんやりと眺めてきた世界が急激にクリアになる。
「おまえは」
ハルトがボクを見ている。
目が、合う。
「ボク ハ」
何年も母親と会話する姿を見てきたボクはハルトを真似、口で形を作る。
音は届かない。
母親が溶け出してしまった後も、シュガーコートは胎内のボクだけを守った。
内も外も体の表面を全てを包みこむシュガーコート。
ヘソの緒から取り込んだイエの体液で、ボクは育ち大きくなった。
栄養。
それは母親、それから父親が溶け出した体液。
体が出来上がった後も内臓のシュガーコートはイエの消化液を弾き、栄養だけを濾しとった。
ボクはイエの内側で吸って、吐いて、飲んで、排泄した。
眉頭の毛が逆立つほど眉間にしわを寄せたハルトの視線が、ボクの腹から尾のように長く伸びたへその緒を辿る。
「お母さんは?」
ハルトが母の形に爪を立てる。
その中のボクをひっ掴もうとするように。
もがくように。
母はビニールを裂くように簡単に伸びて、破れた。
イエの体液が漏れ床に零れ落ちる。
溢れた先からまるで熱したフライパンに注がれた水のように、靄を上げて蒸発する。
破れ目から落ちたボクは四つ這いで液を吐き、初めて空気を吸った。




