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前編

前編




前編




 一段と冷え込みが厳しくなってきた。

 都会の冬は、刺さるような寒さと、華やかな灯りと、足早に流れる人波と、そしてクリスマスに浮かれた恋人たちであふれている。

「クリスマスだっていうのに、君はこんなところで何をしているのかな?」

 よりによって、一番合いたくない奴に、一番合いたくないタイミングで、一番合いたくない場所で出会ってしまった。


「別に、ただエロいDVDを借りにきただけさ。当然だろう? クリスマスなんだから」

 彼女に視線を合わすことなく、僕は目の前の棚に並んだDVDのケースを眺めていた。

「なにそれ、自分向けのクリスマスプレゼントにエロDVD? でもって、エロサンタコスプレのAVだったりするわけ?」

 彼女も僕にお構いなしに話しかけてくる。いつものことだとわかっていても、こんなとき――クリスマスくらいは放っておいてほしいものだ。


「あー、そうですよ。そーですとも。夏にサンタを見ても仕方がないだろう。ものには旬というのがあってだな――」

「あーあ。これだから日本の少子化問題は一向に解決しないのだよ。わかる? しっかりと子供作ってくれないと、この国、亡びるわよ。日本沈没!」


 よりによって、一番合いたくない奴に、一番合いたくないタイミングで、一番合いたくない場所で出会ってしまった僕は、よりによって、一番話したくないことを、一番話したくない奴と話をしていた。最悪だ。最悪のクリスマスだ。


「相変わらず趣味わるいねー、君。元グラビアアイドルのAVなんか見てどうするわけ? この前失敗したばかりじゃなかったけ?」

「失敗は成功の父」

 彼女は自分の胸をまさぐりながら答える

「オッパイは性行為の乳――なーんちゃって。やっぱりなんといっても人妻ものが最高よ。オ・ト・ナの色香」


 認めたくないが、彼女は相変わらずエロかった。しかし、こんな場所でエロいものを見せつけれらた結果、自分の身体にどのような変化が訪れるのか。そしてそんな僕が他人からどのように映るのかは、火を見るより明らかだった。

「あっ、あのさぁ、別に今更いうことでもないんだけど、なんでここにいるわけ? ここ、AVコーナーだよ。女人禁制の神聖な場所な訳。わかる?」

「なんでさ、どうしてさ、女だって、エッチなビデオ見るわよ」


 よりによって、一番合いたくない奴に、一番合いたくないタイミングで、一番合いたくない場所で出会ってしまった僕は、よりによって、一番話したくないことを、一番話したくない奴と話しながら、AVを選んでいた。最低だ。最低のクリスマスだ。


「しかしさぁ、あんた本当にほかにすることないわけ? 同じエロにお金使うならクリスマスくらいパーッと風俗行くとかないわけ」

「そんな金ない。っていうか、もったいない」

「出た! もったいないお化け」

「なんでも、妖怪のせいにするな」

「妖怪だって、もう少し、空気読むわよ。少なくとも、クリスマスにこんなところには現れないわね」


 彼女が何を言おうとしているか理解はできたが、何を言っているかについては反論の余地がある。というか反論せずにはいられなかった。

 ――なぜなら

「お前、自分で何言っているか、わかっている?」

「……ごめん、言い過ぎた」

「いや、そうじゃなくて」

「私が悪かった。謝っているのに、まだ責めるわけ……、死んでやる。化けて出てやる!」


 そう。その通りなのだ。


「お前が面白い奴だってことは、よーく、わかったから、お願いだから、これ以上憑きまとわないでくれるかな」


 彼女とは1年以上の憑き合いになる。


「私、邪魔……。いらない子なの?」

「邪魔っていうか、悪魔っていうか」

「いいわ、消えればいいのね」

「はい、お願いします。集中できないので、消えてください」

「最低!」


 彼女は消えた。

 名前も、年齢もわからない。どこで生まれ、どこで育ち、どこで死んだのかも。


 ただ、顔は覚えているのは――

 右の首筋のホクロ、厚めの唇も、黒い髪の毛

 透き通るような白い肌に、均整のとれた乳房

 敏感な乳首は少し触っただけでピント立つ

 ややゆったりとしたお腹まわり

 四つん這いになると上半身がすっぽり隠れつぃまいそうな大きなお尻

 足の小指が少し長い


 去年の秋、新作のAVコーナーにあった団地妻シリーズの何作目かに出演した企画女優。

 おそらく今は人妻のコーナーのどこかにあるのだろうが、彼女の出演した作品はそれしか見たことがなかった。


「お前さぁ、本当は人妻なんかじゃないんだろう?」


 返事はない。


 よりによって、一番合いたくない奴に、一番合いたくないタイミングで、一番合いたくない場所で出会ってしまった僕は、よりによって、一番つまらない質問をしてしまった。どうしようもなく情けないクリスマスだ。


 仕方がないので僕は、団地妻シリーズの棚に移動し、一本ずつ手に取って彼女の出演した作品を探した。しかしどういうわけか見つからない。

「どこにいるんだぁ」

「さぁ、どうかしらね。どうだったかしらね。どうなったのかしらね」


 AVコーナーにはクスクス、クスクスと笑う女の声が聞こえている。

 それは、きっと僕だけに聞こえている。

 なぜ彼女が僕に憑いたのか。いや、そもそも憑いているのかどうかもわからない。彼女とはここでしか会えない。


「仕方がない――」

 何が仕方がないのかとため息をつきながら、当初の目的のDVDを手に取り、その場をあとにしようと18歳以下の立ち入りを禁ずると書いた暖簾をくぐろうとした。暖簾のすぐ左側に小さな棚があり、そこには中古販売の疲れ果てたDVDが1本500円で売られている。今日はクリスマスだからなのか、500円が×印で修正され1本300円、2本で500円と書き足されていた。


「ほら、ちょっとお金をだせば……ねぇ。人妻サンタからのプレゼントよ」

 そこに彼女はいた。僕はどうしようもなく愛おしくなり、彼女を買うことにした。


「メリークリスマス」と僕はつぶやいた。

「違うでしょう。それを言うなら、メリークリ……」


 店内にはクリスマスによく似合う、あの曲が流れている。

 帰りにコンビニで寄って売れ残ったケーキを買って帰ろう。


 本当に最低のクリスマスだ。

 でも、今夜は一人じゃない。たとえそれが、人妻だとしても、本当は人妻じゃないのだとしても。

 彼女は僕にとってのサンタクロース。


 その夜僕らは結ばれた。彼女はめでたく僕に取り憑き、僕は七日六晩飲まず食わずで彼女を抱き、精も根も尽きるまで――彼女に言わせれば「精子も男根も尽きるまで」らしいが、この世に残す未練も、夢見る未来もない。そう覚悟を決めた七晩目が訪れた。



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