私の救済
私と彼女が出会ったのは、今日が初めてというわけではない。
それは今から十数年も前のこと。
住んでいた場所に魅力を感じなくなった私は、実力者の集まる街と呼ばれている王都へとやってきた。
王都には冒険者が多く、みな実力が高いのだと地方では噂されているから私は期待していたのだ。
もっとも、依頼が張られた掲示板を眺め、あまり変わらないどころか難易度で考えると地方よりも下がる内容に私はショックを受けたのだけれど。
しょせん噂は噂か、と私は諦めて観光にかたのだと考えることにしたのを覚えている。たしかに冒険者たちの装備は地方とくらべると断然良い物を使っていることが目に見えてわかるのだが、それを考慮しても、なんというか冒険者らしくないのだ。
死線を潜り抜けた故の、常に周りを警戒しているような人物など片手で数えるほどしか見当たらないし。ファッションとでもいえばいいのだろうか。冒険者がかっこいい、とそう感じて装備をしているようなお坊ちゃんが多く感じられた。
そんな雰囲気に私は嫌気がし、ギルドを早々に立ち去ることにしたのだった。
ところで、王都には地方では考えられないような物が多くある。
たとえば、これを作るくらいなら井戸を何個作れるんだろうかと考えさせられる噴水だとか、数百人は入りそうな大きな教会だとか、何も考えなくても視界にはいってくる王城だとか。
市場もかなりの賑わいをみせている。地方では手に入りにくい調味料から、内地では見たこともない魚だとか。武器のたたき売りなんて初めてみたし。
そんな風に、散策を始める前の期待ハズレな感じとは違い、あまり衣食住というものにこだわりがない私でも楽しめる場所だというイメージを王都にもった。
なによりも平和だ。石の壁に囲まれた王都は魔物の襲撃を苦としていない。子供が夕方になっても遊んでいられる環境というのは理想的だといってもいい。
ただ、王都にもこういう場所があるのだと、私は知ってしまった。
貧民が住む地区。西区、とそう呼ばれていた地区には見るからにボロボロの服をきた少年少女が物乞いをしていた。これだけ栄えている場所であってもダメなのか。私は悲しくなったし、なによりも悔しくなった。
私には生まれ持った魔力がある。苦戦する魔物はいても、撃退できなかった魔物はいない。いうなれば力がある。その力を使って冒険者となり、貧しい村や街の手助けをしていくのに生きがいを感じている。
力ある者は、力なき者を助ける義務がある。
その言葉は誰がいった言葉だったか。よく覚えてはいないが、その言葉を私は信じていた。その通りに行動してきたつもりであった。
だが、現実はどうだろうか。最も力を持った者が集まっているはずであろう王都であっても、こうした場所が存在する。これは怠慢というものではないのか。力なき者を守り、育て、強き者へと導いていくことが私たち力ある者の役目ではないのか。
私はここで、彼女と出会った。
彼女。いや、この時はまだ少女ともよべるか怪しいほどの体躯をしていた幼い子供がいた。その子供は周りが物乞いをする中、一人だけ目をぎらつかせて歩く人々を観察していた。
あの目は見たことがある。物盗りだ。幼子であってもそれは犯罪であり、王都でそのような犯罪が目につけば殺されてもおかしくはないだろう。憐れむ、とまではいかないが、幼子のことは気にしないことにした。
だけれど、物盗りのはずの幼子は私と目が合ったと思うと、何を考えたのか私に近づきこういった。
「お姉さん、財布がいらないのならちょうだい」
あんまりにあんまりな恐喝に、私は笑いがおさまった後に質問してみた。
なぜ私が財布をいらないと思ったのか。盗むつもりではなかったのか、と。
「だって、お姉さんだけ私たちを違う目でみてる。敵を見る目じゃない。でも、何か食べ物をくれそうでもない。勝手に物を盗ったら騎士に殺されちゃうから、お姉さんにお金をもらおうと思った」
最初は盗むつもりだったけど、お姉さんは強そうで、私は弱いから。幼子はそう続けていった。
私はその幼子を気に入ったのだろう。その幼子は、私と同じで弱者を救済する強者になりうると感じたのだ。だから私はその幼子を、小さな少女、ニーナと名付け連れていくことにした。
ニーナには魔力があった。それは強者になるための条件でもある。
ニーナは私の闇系統とは違い、光系統の素質があった。外敵から守るために敵を殺す力ではなく、外敵から救うために味方を癒す力をニーナはもっていたのだ。
私はニーナにできる限りのことを教えていった。魔法に始まり、剣術、馬術、弓術、テーブルマナーからダンス、歩き方や敬語の使い方まで。
教えていくうちに、ニーナは可愛らしい少女へと成長した。青く澄んだ、空色の髪を腰のあたりまで伸ばし、弱弱しかったその顔は、大きくなるにつれ愛らしく、そして優しい雰囲気をもった少女になった。
「お姉ちゃん、今日から私も冒険者なんだよね」
いたずらを思いついたかのような、少しだけニヤっとした笑い方でニーナはいった。
13歳になったニーナは、私とともに村や街へといくようになった。私が魔物から街を守り、ニーナは住民に癒しを与えた。ときには共に戦うこともあり、ニーナは着実に実力を、その才能を開花させていった。
「この街にも、助けをもとめる人がいるんだね」
ニーナは自分のことを思い出すのか、孤児や物乞いたちに特に心を痛めた。
犯罪を防ぎ、魔物を倒し、傷を癒し、孤児や物乞いに対しても優しいニーナはいつしか聖女と呼ばれるようになる。ニーナが聖女と呼ばれるようになってからは、余計に裏の仕事を、盗賊の討伐などを私だけでこなすようにしていた。ニーナはきっとこの国の弱き者たちを救うことができる。そう信じて私は、ニーナに必要がない裏の仕事を引き受けていった。
ニーナはいつしか冒険者の中でもかなり有名になり、指名の仕事が入っては国中を移動するようになった。
私はニーナと離れ、私なりのやり方で弱者を救済することにしたのだった。
ニーナが国の光を知るように、私は国の闇を知るようになっていく。
この国は市民以上の身分の者にとっては優しい国なのだが、市民権を持たない者や奴隷には決して優しい国ではないことを知っていく。盗賊になった者には、領主に居場所を奪われた者や、借金のために追いやられた者もいる。その全てが国のせいだとはいわないが、半数は国の怠慢によるものだと私は感じた。
私は、立て直しが必要だと思うようになった。
私は、主に市民未満の者たちを集め、豊かになるための方法を教えることにした。
人々が立ち寄らないような、魔物が多く生息する森の奥地、そこを切り開いて村をつくり、そこで生活させるようにしたのだ。初めのうちは失敗も多かったのだが、数年もしないうちに自給自足ができるようにまでなっていた。そろそろ税を払っても安定した生活を送ることができるようになる。このままいけば国も認めるような大きな街になるだろう。こういった前例ができれば、貧しい人々にも希望をもたせることが可能になるはずだ。街と行き来ができるように街道を作り、魔物を間引いて安全な環境を作り上げることもした。
そうして私は村を少しずつ大きくしていき、新しい住民を迎い入れようとした頃にそれは起こった。
国の騎士たちが、村を襲ったのだ。
許可なく土地を切り開き、税もなしに生活をする反逆者の集団なのだと、私たちは糾弾された。もちろん私は反論する。きちんとこの森を領土とする領主にお伺いし、許可を得て村の名前もいただいている、と。税も領主にきちんと払っている、と。
騎士たちは、税が払われた記録などなければ、村の名前など知らない、といった。
私たちは、最後の最後まで裏切られ続けるのだと知った。
私たちは絶望した。どれだけ頑張ったとしても、底辺はかわらず底辺であり搾取され続ける存在なのだと。
私は村の作物を奪おうとしていた騎士を殺した。
私は村の住民たちを従え、国に訴えかけた。国は私たちを逆賊だといった。
私は村のみんなを守るため、外敵を殺した。村の住民たちも、村を襲う外敵を倒し、村の安全を守ることに決めた。
私たちが外敵を殺していくうちに、私たちの呼び方が変わった。
私を悪魔の王、村の住民たちを悪魔の人と呼ぶようになった。
私たちは抵抗していくうちに、仲間を得ることもできた。
社会主義とよばれる市民平等をうたう共和連合国とよばれるその国と協力し、彼らとともに王国に抗議し続けた。
そんな私たちを、平和を望む聖女様は許さなかったのだろう。
いつしか、私たちは村を守ることから、王国を滅ぼすことに目的が変わっていたのだと思う。そんな私たち魔人を、ニーナは討伐していった。
私はそれでも私を信じてついてきてくれた村の者たちを裏切ることはできなかった。必死に抵抗し、誰かが殺されるたびに泣き叫んだ。
そして、ついに私の元へたどり着いたニーナは、私を前にしてこういったのだ。
「魔王、あなたを討伐します」
ニーナは、強くなっていた。私が教えた剣も、魔法も、彼女は私より上手く使いこなしていた。毒や麻痺といった禁忌といわれる闇魔法も、ニーナの光魔法の前では全く効果がなかった。
ほどなくして、私はニーナに剣を突き付けられた。
「どうして、どうしてお姉ちゃんはこんなことをしたの?」
涙を流しながら、私を許すことはできないのだとニーナはいった。ニーナは私をここで殺すことが、王国の平和を守ったのだと印象付けるためにも必要なのだといった。
「ニーナ、あなたの名前には意味があるの」
ニーナが私を突き刺しても、私はニーナを傷つけようとは思わなかった。
「ニーナっていうのは、小さな少女、という意味があるの」
私のお腹へと突き刺した剣を持つ手が震えていることがわかる。私は、仕方がない子だと、ニーナを抱きしめながら続きをいう。
「私の望みは弱者の救済。ニーナ、あなたがどれだけ強くなろうとも、私にとってあなたはニーナなのよ」
だから、ニーナの望んだ、弱者たちが笑って過ごせる、そんな場所を作りたかったのだ。
「ありがとう、お姉ちゃん」
ニーナは剣から手を放し、倒れ行く私を抱きしめてくれた。
私がこうしてお姉ちゃんの元へくるのは今日が初めてではない。
あの日、私はお姉ちゃんを殺し聖女としての仕事を全うし、王都に帰った後には、悪魔に立ち向かう勇気を示した者、勇者と呼ばれるようになる。
勇者として、人々が安心するための象徴として、私はお祭りや夜会などにも参加するようになった。
それでも私は街や村を巡る、この旅をやめることはなかった。お姉ちゃんとともに望んだ、みんなが平和で暮らせる世界をつくるために。今日も私は、世直しの旅にでる。
「お姉ちゃん、またくるね」
私はそう告げて、また次の街を目指す。