表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独者と裏切者  作者: ハル
2/2

1

明るく綺麗な所だった。

真っ白な壁、真っ白な廊下、真っ白な電気。

汚れやシミがどこにもついていない。


はじめて来た地下室に僕は興奮していた。

僕の手を引いているNOCに笑ってみせた。


「すごく綺麗な場所だ」


僕の言葉にNOCはただ前を向いて歯を見せ笑っていた。


「それは良かった」


しばらく歩いていくと、銃を持った兵士が立つ檻の前でNOCは足を止めた。敬礼する兵士に何か話していたけど、声が小さくて聞き取れなかった。兵士は少し不思議そうに僕を見て、それから何処かへ歩いて行った。


「彼は口が軽いからね。お前との会話を逐一、皆に報告しかねない」

「僕達の事、聞かれちゃまずいの?」

「そんな事は無いけど。俺が話しにくいだけ」


ポケットからIDカードを取り出すと、NOCは檻にそれを当てた。すると檻がガシャンと動き出し、スルスルと天井へ上がっていった。檻の向こう側は真っ暗でとても不気味だった。少し汗臭い匂いがした。


「行くよ」


僕は歩き出せず、NOCの手を強く握った。

そんな僕をNOCは抱いた。スタスタと暗闇の中へ迷わず歩いていく。身体が固くなるのを感じた。



カチッ…


一筋の灯りがついた。

その下に誰か座っている。いや、座らされていた。

両手はそれぞれ鎖で左右に引っ張られ、両足も椅子の脚にグルグルと縛られている。白い服を着たその人は、首を垂らしていた。苦しそうな息遣いが聞こえる。


「実験中なんだ。名前はA-08」


ペットを紹介する様にNOCは言ったけど、僕はあまり聞いていなかった。だって、こんなの見た事がなかったから。


「あの人、どうしたの?とても苦しそうだ」

「高熱を出させてるんだよ。どの位まで耐えられるのかを知る為にね」

「どうやって?」

「菌を打つんだよ」


僕をゆっくり降ろすとNOCは黒衣のポケットから注射器を取り出し、座っているA-08に近づいた。それに気付いたA-08は顔を上げて、逃げようと身体をもがいた。ガシャッ…と鎖の鳴る大きな音にびっくりして、僕は少し後ろへ下がった。


「おいで。大丈夫だから」

「………」

「何してるの、孤独者(アイン)。見たいから来たんでしょ」

「…うん」

「だったら、おいで。こいつはもう弱ってる。噛みつきやしないさ」


A-08の後ろ髪をNOCは荒く引っ張りあげた。

「うぐっ…」と呻く声が聞こえ、僕は耳をふさいだ。


「たのむ…もう、やめてくれ……」


NOCは答えない。

A-08が泣き始めた。

僕は耳を塞いだままそっと近づいた。


「おれは死ぬんだろ…だったら、安らかに死なせてくれ。もう苦しい思いはしたくない」

「心配しなくてもお前は今日死ぬ。最期は静かに逝かせてやる。これが、最後の注射だ」


もがくA-08の首にNOCはプスリと針を刺した。

その途端、A-08の体はブランと垂れ下がった。両腕に繋がれた鎖のおかげで床には倒れなかった。けど、もう起き上がりもしなかった。静かになった。


「はい、死んだ」


NOCはホッとした様に言った。

「やれやれ…」と呟きながら壁にもたれ座るNOCの隣に僕も座った。寒くないのに足が震えていた。


「怖かった?」

「ううん。全然」

「強がらなくていいよ。足が震えているじゃないか」


震える僕の足をNOCは楽しそうにさすった。

その手を僕はすぐに払いのけた。


「これが俺の仕事。だから連れて来たくなかったんだ。子供にはトラウマになる」


僕は何も答えられなかった。

本当に、とても怖かったんだ。

隣に目をやるとA-08が首を垂らして死んでいた。よく見ると腕には針を刺した跡がプツプツと付いていて、皮膚が紫色だ。


「あの人、腕の色が僕と違う」

「そうだよ、何十回と刺してきたからね。……こいつは何年使えたんだろう。もう1年はいた気がするな」

「...この人、どうなるの?焼かれるの?」


その時、NOCの首に提げてあるPHSが小さく震えた。その画面を見るとNOCは「よいしょ」と立ち上がった。


「はい。…はい、ええ……。いえ、昨日の朝に実験体(モルモット)への試験投与は済ませてあります。恐らく、何か別の要因が関係しているのではないかと…。今ですか?今は感染エリアに来てます。A-08への最後の試験が終わった所です。もうこのまま簡易報告書も作ってしまおうかと。ええ、死にました。はい。…わかりました。終わり次第、外傷エリアに直行します。はい」


ピッと電話を切るNOCは少し焦っていた。

何かあったのかな。


「もっと案内したいけど急用が出来た。また来よう」

「どうしたの?」

「外傷エリアの実験体が暴れだしたらしい。早く大人しくさせないと…」

「この人はどうするの?このままにしとくの?」

「いや、さっきの兵士に頼んで解剖室へ運んでもらうんだよ。そうだな…少しだけ1人で待てるかい?すぐに呼んでくるから」

「わかった」


「ごめんね」と言うとNOCは早歩きでドアから出ていった。





「…………」


A-08と2人きり。僕は足を抱えた。さっきまで生きていたとは思えない。何も聞こえない、静かだ……だと思っていたんだ。



「……たことある」



「…え?」



声がした。

ここに話せる人間は僕しかしない。

違う、いたんだ。まだ。僕の目の前に。鎖で繋がれたままの…死んだA-08が。



「お前を見た事があると言ったんだ」

「………死んでない。なんで?」

「失礼なことを言うガキだ。生きてる人間に向かってそんな質問をするな」


そう言うけど、その声は苦しそうだ。

ゴホゴホと咳ながら、A-08は頭をゆっくりあげた。


「あれ。お兄ちゃんだ」


車のエンジンみたいに濁った声だから、てっきりおじさんだと思っていたけど違った。

目が赤い。何日も眠ってないみたい。真っ白な顔色に沢山の汗が浮いている。そんなに暑くないのに。


「そんなに俺の顔が物珍しいか?」


ドキリとしている僕にA-08は初めて笑った。

それに返す様に僕も笑ってみせた。たぶん、目までは笑えていなかったと思う。


「僕、アイン」


名前を言った。

僕の顔をじっと見つめていたA-0――


「お兄ちゃんの名前は?」


ふと聞いてみた。


「A-08。アイツが付けた名だ」

「違うよ、ほんとの名前を聞いてるんだ。それはNOCが付けたものでしょ」


A-08は面倒臭そうに首を前に振った。

息もさっきより苦しくなってるみたい。


「NOC…。そうか、NoahとDoctorでNOCか。単純な名だっ...」


僕は咳込むA-08の後ろに回り、その背中をさすった。ゴツゴツとした背中で、とても固かった。


「なんであいつといるんだ?」


ぜぇぜぇと喉を鳴らしながらA-08は聞いてきた。


「わかんない」


「わかんない?...”狩り”で捕まったからじゃないのか」


さする手を止めないまま、僕は考えて考えて思い出そうとした。"狩り"...そう言われてみれば。


「そうかも...しれない。でも、覚えていないんだ。気付いたらNOCとここで暮らしてた」

「...…」

「僕よく分からないんだ。大人に聞いても何も答えてくれないし。その、狩りってのもよく知らない」

「だけど、昨日今日来たって訳じゃないだろ。子供(がき)でもあいつらが毎日どんな事をしてるのか見てきているだろう」


A-08の質問に僕はただ首を振り続けた。










































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ