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孤独者と裏切者  作者: ハル
1/2

僕はアイン

短編【裏切者と孤独者】を連載にしました。

ゆっくりじっくり書いていきます。

孤独者(アイン)


これが今の僕の名前。

この()()へ来て少し経つ。来たばかりの頃はあまり覚えていない。僕は頭が悪いんだ。



僕はNOC(ノック)の部屋でNOCと暮らしてる。

あ、NOCっていうのは僕が考えたあだ名なんだ。

Noah+Doctor=NOC……ってね。

いいでしょ?


NOCは、【実験医】なんだ。

何をしているのかは知らない。教えて、って頼んだけどNOCは僕の頭を撫でただけで何も教えてくれなかった。


「いつかお前が大きくなったらね」


そう言ってNOCは部屋から出て行った。

面白くない僕は大きく息を吐いてNOCの服のアイロン掛けを始める。NOCの服は全部黒い。鴉みたいに黒くて狼みたいに大きい。汚れなんか目立たない筈なのにNOCの服は所々に点々としたシミが付いている。黒い服に負けないもっと黒いシミだ。どす黒いっていうのかな。洗い直しても取れないからシミが何でできているのかNOCに聞いてみた。

そしたら……


「ああ、昨日の実験は結構荒かったからね。首に刺しておいた釘を抜いたら噴水みたいに噴き出したんだ。そうか、その時……」



…って一瞬黙って、「そのままでいいよ」と微笑んでた。僕はただ頷いた。




―NOCが好きだ。だけど、僕は本当のNOCを知らない気がする。




孤独者(アイン)



NOCは本当のお兄ちゃんみたいに優しい。

ベッドで胡座をかいたと思えば手招きで僕を呼んで膝の上に座らせてくれる。それから、今日1日僕が何をしてたのか、とか、今日のご飯はどのメニューが美味しかったか、とか聞いてくる。1日を狭い部屋で独り過ごす僕にとっては一番楽しくて嬉しい時間だった。僕が話を始めるとNOCはいつも優しい顔で最後まで聞いてくれた。全部話し終えると……


「さ、もうお休み」


そう言って二段ベッドの上に運ばれる。

僕はまだ寝たくないのにね。


「NOC、寝ないの?」


ベッドの階段を降りたNOCはそのまま目の前の鉄の机に座った。机には沢山の紙が本みたいに積み上げられていて……いつか倒れてきそうで危ない。片付けたらいいのに。


「まだ仕事が残ってるんだ。これを片付けたら俺も寝るよ。どこにも行かないから安心して寝な」


「お休み」と言ったNOCは、思い出した様に立って部屋の電気を消した。けど、すぐに机の電気をつけて僕に背中を向け、()()を始めた。


(NOCの背中、お父さんに似てる……)


ぼんやりとした光に照らされるNOCの背中を僕はベッドの上からぼんやりと眺めた。なんだかその時だけは不思議な気持ちで胸が一杯になる。


ほっとするし、温かいし…懐かしい。


そんな事を考えているうちに僕の目はいつの間にか閉じていて記憶もなくなる。








―「……ん…」


気付けば朝になっていた。

もう一度眠りたいけど、眩しいお日様は許してくれそうにない。起きたくない身体を起こして、ベッドの階段を一段ずつ降りていく。下のベッドを覗くと、毛布を頭から被りNOCが寝ていた。NOCはお寝坊さんなんだ。


「NOC,……NOC!起きて!」

「……ん〜…」


思いきりNOCの身体を揺らすのにNOCは全然起きてくれない。鬱陶しそうに頭を振ると枕を僕に投げつけてきた。大人用枕が僕の顔面を直撃する。


ボフッ―――


「―ブッ?!……もう、知らない!」


スヤスヤと顔をニヤつかせながら眠るNOCをそのままに僕は寝間着(パジャマ)で廊下へ飛び出した。


基地官に怒られないようにって毎日起こしてあげるのにNOCは全く起きてくれない。だからNOCは毎日寝坊→朝ごはんを食べない→基地官に怒られる…の繰り返しだ。



「お、アイン。朝飯か」


廊下に出たとこで声を掛けられた。

後ろを見ると、イマン少尉がガムを噛みながらニヤリと笑って僕を見ていた。


「イマンさん、おはよう」

「おはよう。先生(ドクター)は今日も寝坊か」

「起こしたけど起きなかった」

「はははっ!ほっとけ、どうせ昼まで起きやしねぇよ。ついさっき解剖(ヴィヴィ)が終わったばかりだからな」

「ヴィヴィ?」


僕は首を傾げてイマンさんを見上げた。背が巨人みたいに大きい。なのに、顔は卵みたいに小さい。銀色の短い髪が光に当たってキラキラしている。おじさんはポケットからキャンディ棒を2本取り出すと1本を僕の口に入れてくれた。大好きなイチゴだ。


「なんでも5階に収容してた実験体(モルモット)の一つが夜中に発作を起こしたらしくてな。本当は来週、解体(バラ)す予定だったらしいんだが急遽早めたんだってよ」


解体(バラ)す?どういう意味なんだろう。

モルモットっていうのは……。よく分からない。


ここにいる大人は皆難しい言葉を使うから分かんないんだ。それに僕が聞いても、NOCもイマンさんも兵士達も詳しくは教えてくれないから結局分からずじまいだ。


「…ねぇ、イマンさ――」

「よし、飯を食おうぜ。…ん?なんか言ったか?」

「……いや、何も」


あぁーあ、また聞くタイミングを逃しちゃった。

イマンさんが食堂の扉を開ける前に聞けば良かった……。




ガチャ……


食堂に入ると長イスも長机も全部兵士達で埋まっていて、僕達の座る席はなかった。壁の時計は8:25。



「ちっ、参ったな。少し遅れ気味かとは思ってたんだが」

「座り損ねたね。何処か空いてないかな」

「この時間じゃまずないだろうな。仕方ない。先に茶でも飲んでよう。取ってくるからここで待っとけ」

「はーい」


イマンさんは大きな身体で人混みを掻き分けお茶を取りに行った。その間僕はキョロキョロと席を探していた。ふと、長椅子に座っている男兵士と目が合った。僕はすぐに背を向けた。


「おい、孤独者(アインザーム)


兵士の声は楽しそうだ。

僕はその名前で呼ばれるのが好きじゃない。この人はそれを知ってる。


「今日も裏切者(フェアラート)は寝坊かい?」



裏切者(フェアラート)――この場所で、NOCはたまにそう呼ばれる。そう言う人達は皆NOCの事が嫌いみたい。NOCが近づくと、まるで自分の嫌いな食べ物が目の前に出てきたかの様な顔をする。おでこにしわを作って、楽しそうに笑っていた口も閉ざして、垂れていた目元は狐みたいに吊り上がる。


前にNOCと食堂(ここ)へ来た時も――


裏切者(フェアラート)……」

裏切者(フェアラート)だ」

裏切者(フェアラート)の分際で」


食堂に入った途端、ヒソヒソと小さくて冷たい声が耳に入ってくる。僕の事ではないのに、胸がズキズキと痛い。怖くなってNOCの服を掴んだ。


「NOC、怖い……」


たまらない感情をNOCに訴える。

すると、NOCは震える僕の手を優しく握ってくれた。


「大丈夫、お前の事じゃない」


「ちょっと待ってて」と言うと、NOCは軽い足取りでその人達の(テーブル)へ近づいて行った。



「席、譲っていただいても?」


微笑みながら穏やかに言うNOCに、相手の人達は一瞬びくついているみたいだった。でも直ぐに立ち上がりNOCを睨みながら行ってしまった。


孤独者(アイン)、おいで。席が空いたよ」


誰も居なくなった(テーブル)でNOCは嬉しそうに手を振っていた。どうしてそんな笑顔でいられるのか僕には分からなかった。





――「今日も裏切者(フェアラート)は寝坊かい?」



嘲笑う声と一緒に他の兵士の笑い声も混ざる。

嫌な大人達だ。顔を合わす必要も無い。

振り返らずに歩こうと足を踏み出したんだ……


ガンッ!!……


固い物同士がぶつかる音がした。

騒がしかった食堂が一瞬で静まり返って、座っていた兵士も、立っている兵士も、皆が僕の後ろを唖然と見ている。僕も振り返る。



「…イマンさん」


筋肉で太く見えるその腕は男兵士の頭を鷲掴みしている。(テーブル)に思い切り叩きつけられ男兵士は白目を剥いていた。僕を含め(みんな)が唖然とする中でイマンさんは退屈そうに欠伸をした。


「餓鬼が餓鬼の真似してんじゃねぇよ。クソガキ」


イマンさんがぱっと手を離すと男兵士はそのまま机に顔を埋め動かなかった。ほんとに気絶しちゃったみたい。それよりも――



「ここにいる全員に言っておく。お前達が裏でノアを裏切者(フェアラート)と呼んで馬鹿にしているのは知っている。だがな、その裏切者(フェアラート)がいなきゃ、俺を含めお前達は明日の飯も食えねぇ立場なんだ。自分(てめぇ)の口を今一度慎んでおけ」


イマンさんがキレているのを僕は初めて見た。

兵士達は黒目を震わせてた。イマンさんは暫くの間、兵士達を睨みまくっていたけど「よし、行こう」と僕に言うと食堂を出て行った。気まずい空気が充満する場所から僕は急いで出口へと駆け出した。

食堂を出る時、兵士達の突き刺す様な目線を背中に感じたけど、絶対に振り返らなかった。



もしもあの時振り返っていたら、何か僕に出来る事はあったのかな……





「悪いな、嫌な思いさせちまって」


廊下を歩きながらイマンさんは大きく溜息を吐いた。本当に反省しているみたいだった。


「イマンさんが謝る事じゃないよ。僕はもう慣れた。仕方ないよ」

「……すまないな」



結局、朝御飯は食べられなかったから時間をずらしてからNOCと行く事にした。イマンさんも誘ったんだけど…


「俺は朝飯抜きだ。これからすぐに行かなきゃならねぇ」

「"ほかく"?」

「お!よく覚えたな。今回の"狩場"は少し遠いから明後日まで戻らねぇからな。風邪引くな」

「うん、分かった。イマンさんもね」


そう言って手を振るとイマンさんは僕の頭をぐしゃぐしゃと撫で、のんびりと大股で歩きながら行ってしまった。大きな背中が廊下の曲がり角で見えなくなるまで僕はずっと見送った。





ガチャ……


―「もう食べてきたの?早かったね」


部屋に戻るとNOCは既に起きていた。

ボサボサの頭のまま机に腰掛け、朝の珈琲を飲んでいる。


「NOC、昨日の夜も仕事だったの?」

「え?あぁ。あの後、書類整理をしてたら電話が掛かってきてね。お前も爆睡してたし、直ぐに終わると思って行ったらこのザマさ。結局朝までかかってしまったよ。もしかして、うるさかった?」

「ううん、全然気付かなかったよ。さっきイマンさんから聞いたんだ。NOCは朝まで解剖(ヴィヴィ)だったから昼まで起きねぇよ、って」

「ああ…イマンがね…余計な事を」

「……?」




NOCがシャワーを浴びている間にベッドメイキングと机以外の掃除を済ませた。

使ったシーツを洗濯室へ持って行くカゴに入れて、

箒でコンクリートの床を隅々まで掃いた。窓を開けて空気を入れ替え、洗面台の水道周りをブラシで磨き、水垢を綺麗に落とす。鏡に付いた汚れも少しの洗剤と新しい雑巾でピカピカになるまで磨く。



「もう全部済んだの」


頭を拭きながら湯気と一緒に出てきたNOCは僕の仕事ぶりに驚いてるみたいだ。


「終わったよ。NOCの机以外はそんなに汚れてないし、今日は月曜日だからね。明日はモップがけの日だから床に大事な物は置かないで。濡れても僕知らないよ」

「…奥さんみたいだね、お前」



頭を乾かし終えるとNOCは服を着替え始めた。

綿の生地の黒シャツ、同じく黒ズボン、その上から黒い羽織を羽織る。白い"ちょうしんき"を首から下げたら【実験医NOC】の出来上がり。


「よし、俺の耳はちゃんと起きてるかな。孤独者(アイン)、お願い」


NOCに呼ばれた僕は上の服をめくり上げる。NOCはひんやりと冷たい聴診器を僕の胸に押し当てる。目を瞑って僕の心臓の音を静かに聞くんだ。その時のNOCの顔が僕は大好きだ。トクン…トクン、と繰り返される優しい音を本当に嬉しそうに聞いている。



「いい音だ」


満足そうに言うとNOCは聴診器を離した。



機嫌が良さそうな今がチャンスだと思った。

胸がドキドキと興奮しだす。でも、今しかない。



「じゃあ仕事に…

「NOC」

「なに?」



「僕も連れて行って」


ドアノブに掛けていた手を戻すと、NOCはじっと僕を見つめ、困った様に息を吐いた。予想通りだ。それからNOCは言った。



「お前がいつか大きくなったらね」






狭い部屋の中。明るい陽が射し込む部屋の中で今日も僕はNOCの服をアイロンする。鴉みたいに黒い服、狼みたいに大きな服。蒸気の吹き出る熱いアイロンを手に、襟首から丁寧に仕上げていく。


腕が重たい。やってる事はいつもと変わらないのに、今日はなんだかとても面倒くさい。やる気もない。ため息も止まらない。



―『お前がいつか大きくなったらね』



僕が大きくなるって、いつの事なんだろう。

どうしてNOCは連れて行ってくれないの?

なんで誰も僕が知りたい事を教えてくれないの?

僕は…どうしてここにいるの?



「……ちくしょう!!」


持っていたアイロンを思い切り壁にぶつけると、何もかも置き去りに廊下へと飛び出した。



***********************


――『シェーン…独りで、大丈夫だな』



あの時、父さんはとても苦しそうだった。

真っ赤に濡れたお腹に手を当てて、息がしにくそうだった。それなのに、笑ってた。


父さんの事はここまでしか覚えてない。

気付いたらNOCの隣にいて、名前は孤独者(アイン)になっていた。父が何処に行ってしまったのか僕は知らない。


***********************


「あったかいミルクだよ」


目の前にほんわりと湯気の立つマグカップを置くとルミは僕の隣にちょこんと座った。


「ありがとう。しごとは、いいの?」

「うん、今は休憩の時間だから」


ふふふ、と笑うとルミは僕のほっぺにキスをした。

照れくさくなってミルクを飲むと余計に顔が熱くなった。



「でも、どうしたの?この時間にアインが部屋のお外だなんて珍しいね。先生(ドクター)は?」

「仕事に行ったよ。僕もちゃんとアイロン掛けをしてたんだよ」

「じゃあ何でここにいるの?」

「それは……部屋に居たくなかったから」

「なにそれ」

「僕もよく分からない。何だか初めてなんだ。こう、胸がぐしゃぐしゃするの…」

「ぐしゃぐしゃ?」

「うん…」



短くて細い腕を組んで考えるルミはまるで大人の女の人みたい。隣にいると大きくてキラキラ光る茶色の瞳に吸い込まれそうだ。


「"すとれす"だよ。それ」

「…す、とれす?」


聞いた事がない言葉だ。


「ご飯食べてる兵士さん達がよく言ってるもの。『イライラする。ムシャクシャする。ストレスだ』って」

「ふぅん。じゃあ"ストレス"って悪い風邪みたいなものなのかな」

「多分そう。だからね、あなたは今風邪を引いてるの。お薬飲んでぐっすり眠れば明日には胸のぐしゃぐしゃも良くなっているわ」


ルミが話す言葉はいつだって真っ直ぐだ。嘘やごまかしの一欠片も混じらない。だから僕もルミに嘘はつかないし、ごまかさない。


「じゃあ、そうするよ」


ぬるくなったミルクを飲み干すと席から立ち上がった。ルミも一緒に動く。休憩が終わったみたい。


「ミルク、ありがとう。お腹空いてたからとっても美味しかったよ」

「え、朝御飯は?食べてないの?」

「うん、だって混んでたから」

「…ちょっと待ってて」



厨房に走って行ったルミはすぐに戻って来た。

その手には大きめの包みが二つ握られていた。


「おにぎり。先生(ドクター)の分も」


温かい包みを受け取った僕は、ルミの薄いほっぺにキスをした。下手でぎこちない僕のキスに、ルミは顔を赤くした。





―部屋に戻ると、床に転がっているアイロンを拾った。怒りに任せて壁に投げてしまったから先端が少し欠けていた。NOCに怒られる。僕は素早くそれを棚の奥に隠した。


シワシワのままのシャツはNOCのロッカーへぐしゃぐしゃに突っ込み、倒れてくる前に急いで閉めた。

今日はもうやる気が無くなった。その時僕が考えていたのはこれだけだ。



「おにぎり!」


お腹が空いて死にそうだった僕はくるりと回り、ルミのおにぎりが待つテーブルへと走った。冷たいステンレス製の椅子に座り、銀色の包みを開ける。


中から顔を出したのは、大人の拳位はありそうな大きな3つのおにぎりだ。落とさない様に崩さない様に手に持った。まだ温かい。大きく頬張るとホカホカのお米が口いっぱいに広がる。少し塩が利きすぎていたけど、僕は味が濃い方が好きだ。暫く食べていくと、味が変わった。甘く味付けされた細かい肉が口から零れ落ちる。テーブルに落ちた肉を僕はつまみ上げ、再び口にほおりこんだ。




―おにぎりを食べ終わった僕はNOCが仕事から帰って来るのをベッドに寝転びながら待った。時間は11:00。仕事がスムーズに終わっていればNOCはこの時間に一度帰って来る。熱い珈琲を飲みに帰って来るのだ。


「とりあえず苦いものを飲まないと吐き気が止まらないんだ」


砂糖もミルクも入れてない珈琲を苦そうに飲み干し、僕の頭を撫でて、NOCは仕事に戻って行く。僕はただ黙って後ろで手を組みNOCを見送った。NOCが僕の方を振り返る事は一度もなかった。




ガチャ……


「ただいま」


NOCが帰って来た。

ベッドから起き上がると、NOCが僕に疲れきった笑顔を向けていた。無理しなくていいのに。


「おかえり、NOC」

「いい子にしてたかい?孤独者(アイン)


一瞬壊れたアイロンが頭に浮かんできたけど、すぐに消して頷いた。僕は悪い子だ。





「今日はどんな事をしてるの?」


僕がそう聞くとおにぎりを食べるNOCはおでこに皺を寄せ少し考え込んだ。そして、おにぎりを持っていた手の指をぴいんと僕の顔の前で伸ばした。長くて少しゴツゴツした指だ。


「手?」

「指」


そう答えられ、僕もNOCと同じように自分の指を伸ばしてみた。白くて短い指だ。


「一度切り離した指を再びくっつけてみるのに、どの指が一番難しいと思う?人は親指が無くなると何が出来なくなるんだろう。指の指紋って言うのは人工的に造れるものなのかな?」


僕は目を丸くした。

訳の分からない事を次々に言われて頭の中がくるくると回る。


「今日はそういう事を調べてるんだよ」


最後の一口をぱくりと食べるとNOCは得意気にそう言った。その顔はとても楽しそうだった。羨ましいくらいに……



「今日は何時(いつ)帰ってくるの?」

「ん?そーだなー。21:00か23:00には帰れると思うけど、先に寝てていいよ」

「嫌だ。起きてる」

「別にいいけど…手術(オペ)が長引くかもしれないよ」

「なんで?」

「さっき親指を切り離した時、意外にも出血が止まらなくてね。血を失い過ぎて実験体(モルモット)の容態が少しばかり悪くなっちゃったんだ。安定するまでとりあえず待機状態なんだよ。だから手術(オペ)も一時おあずけ」

「ふぅん」


NOCの話を聞きながら僕は右手の親指をコキコキと曲げた。指を切り離すって……どんな風なんだろう。


「……痛い?」


僕の問いにコップを洗っていたNOCは流し台から振り返った。


「え?」

「指を切るんでしょう?切られた人は痛いんじゃないかなって思った」

「ああ…確かにね。でも麻酔はしてあるし、お前が考える程痛くはないはずだよ」

「どうして?」

「……何が?」

「どうして切られた事が無いのに、痛くないって分かるの?」


僕は本当に分からなかった。だから、聞いたんだ。

けど、NOCは困った様に首を傾げただけで答えてくれなかった。本当に知らないみたいだった。



「さて…そろそろ行ってみるか」


30分位経ってからNOCがベッドから立ち上がった。

上で寝てた僕も急いで身体を起こした。


「行くの?」

「うん、行ってくる。待たなくていいから早く寝ておくんだよ」

「僕も行く」

「だからそれは…


「行きたい。お願い」



しん、としてしまった空気を吸い肺が痛くなりそうだ。僕がそうしてしまったんだけど…

NOCの顔はいつになく怖かった。でもそれは決して「しつこいなぁ」って顔ではなかった。難しい問題を出されて悩んでいる人のような、そんな顔。


「……行きたいの?」

「うん」

「どうしても?」

「うん」

「どうしていきたいの?」

「知りたいから」

「知りたい?」


机に軽く腰掛け、長い腕を組んでNOCは首を傾げた。僕は答える前に残っていたカスタードミルクを一気に飲み干した。とっても甘くて余計に喉が乾いた。ふぅー、と息を大きく吐いた。


「僕はNOCの事を知りたいんだ。NOCが毎日何をして、何を見て、何を感じていて……ただそれだけ。」

「……」

「それだけなの」


そう言い切ると、喉の乾きに耐えられなくなった僕はNOCの隣に歩いていき、NOCの隣で水道の蛇口をゆっくりひねった。僕が水を飲んでいる間、NOCはずっと僕を見ていた。怒っているような、悲しいような、そんな顔で。














































































































































お読み下さりありがとうございます(*^^*)

アドバイス、誤字脱字あらば教えて下さい。

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