Prologue1:誕生
腕を上げ、下ろす。地面まで持っているものが着いたら、一歩後ろに下がってまた上に上げる、そして下ろす。輪郭を沿って塩水が一滴落ちる。それでも青年はひたすらに腕を振り続ける。昔の事を思い出しながら...
彼は、王の夜伽の相手の間にできた子。けれども彼女は後に出身地がバレてしまい、元いたスラム街へ戻ることになる。この世界では、顔が良けれど、スタイルが良けれど、出身地が全てなのだ。スラム街へ戻った彼女は、腹の中で大きく育った名もまだ決めていない子を生むことになるのだ。そう、医学の進んでいないこの世界では...。幸い繋がりを大切にするスラム街では、多くの友人がいた、中には好意を抱く者もいた。それもしかたがない。買い物のため街を歩いていただけで夜伽のために招集されるほどなのだ。そんな友人達に助けられながら、彼女の出産の日になった。中の子供に栄養を取られていたせいか、彼女はずいぶんと痩せ細っていた。それでも彼女は力いっぱい力んだ。押し出すように力んだ。ゆっくりと、力強く...。そうして生まれてきた男の子は元気だったが、彼女は自分の子を見た後、亡くなってしまった。みな、悲しかったが、今はそれどころでない、彼女が命に代えて産んだこの子をどうするか、皆が悩んだ、誰もが明日自分が生きるだけで精一杯なのだ。そんななか一人の女性がこういった。
「・・・あの孤児院に任せてみてはどうだろう」
その一言をきっかけに全員がざわつき始めた。「あの孤児院」と言われて思いつくのはひとつしか無い。そもそも孤児院自体がスラム街にはひとつしか無い。正確にはスラム街よりにある城下町の孤児院である。しかし「あの孤児院」には良くない噂しか無い。親から暴力をうけ、そこに逃げ込んだ子がさらに痣を増やした、だとか、衰弱した子供は孤児院長にバラバラにされて食べられるなど、不気味な噂ばかりである。そのせいか、子供の内でも、あの孤児院だけは近寄ってはいけない、と暗黙のルールがあるそうだ。しばらく沈黙が続くと一人、また一人と人々は頷き始めたのだ。そうして子供は孤児院の前に拳と同じサイズの芋と手紙とともに孤児院の扉の前に置いていかれた。
翌朝、孤児院長バウスが目を覚ますとドアの前から鳴き声が聞こえてきた。とてつもなく大きな鳴き声であり、二部屋も離れている院長の部屋まで聞こえていた。バウスは慌てて起き、ドアを開けた、足元には籠の中に入った小さな赤ん坊と芋、そして手紙があった。手紙にはこう記されていた。
「スラム街で生まれた子ですが、母親は亡くなってしまいました。どうか罪のなきこの子を助けて下さい」
短い文章だったが、ボロボロの布切れに黒のインクで書かれていた。彼はすぐさま赤ん坊を部屋へ連れて入った。赤ん坊を籠のまま机の上に置き、布切れのすべてを見たが、名前らしきものは書いていなかった。きっと母親は名付ける前に死んでしまったのだろうと察したバウスは赤ん坊に名を付けることにした。かと言って、名付け親になったことなど一度もない彼は部屋を見渡した。彼の部屋はたくさんの本が詰まった本棚で壁が埋まっていた。その中に彼の目に一冊の本が止まった。「ハンロの冒険」内容は捨てられた子供が世の中の逆境に逆らいながらたくましく育っていく話である。
「・・・この子はこの本の主人公のようになれるだろうか」
彼は無意識にそう呟いた
3日に1日ぐらいのペースで更新していきますので、よろしければお付き合いお願いします。