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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「私の」

私の死期は二年前。

作者: 七種 菘

 「私の職業は観測者。」の続編です。あらすじにも記載させていただいておりますが、そちらを先にご覧にならなければ分からないと思います。

 更に、「私の職業は観測者。」の前書きにも記載させていただいておりますが、タグを見た方の期待通りではないと思われますので、ご注意ください。

 どうでも良い事ではある。あるが、私は今日も電子情報の世界を飛び回る。体力も何もなく、気力ももう底を突き、どうして動き回っているのかは、私には分からない。

 結局、DDのサービスは続き、そろそろ二年。私が干渉しているから、あれ以降犠牲者は出ていない。だから、問題ないと判断され、サービスは停止されない。ずっと毎日、ゲーム内からサービスの停止をメールで求めているけれど。私が助けなかったら、サービスは終わるのかもしれない。でもそれは出来ない。私が犠牲者を出したくないから。ああもう、如何すれば良いのか。

 どうしようもないに決まっている。精神力が尽きるまで、尽きようとも、私は人殺(PK)し続ける。ただ、それだけの事だ。



 私は、人を斬る感覚にもずいぶん慣れてきた。同時に、何も考えなくなってきた気がする。

 だからだろうか。予想外の事が起こってしまった。



 私は危険域レッドゾーンのHPのプレイヤーを見つけ出し、転移した。いつものように一撃で葬り去ろうとした。だが、いつものようでいつものようでなかった。私と彼の目が合った。

「ああ、駄目だ」

 私はとても焦った。『目が合った』とは即ち『気付かれた』という事だ。

「これでは殺せない」

 私は結構必死に体を捻って、一撃をモンスターの方に曲げて、そちらの方を屠った。

 彼はどこか、ぼう、とした表情で私を見た。そして、

「ありがとう」

 そう言った。

 私は彼が言った事を理解するのにとても時間が掛かった。

 彼は感謝したのか。私に。それを認識した瞬間。私は大声で泣いてしまっていた。けれど、私はその時、DDって泣くという行動こんなことまで再現できるなんてすごいな、としか考えていなかった。と、思う。

 しばらくして、涙の止まった私に、ずっとオロオロしていた彼は声を掛けてきた。

「君はとても強いのだね。あのNMネームドモブは、まだまだHPが残っていたはずなのだけれど」

 確かに残っていた。いや、まだまだ、というよりはむしろ、ほとんど、残っていたが。まあ、私は全て一撃だから。

 殺人者になる以前は、あと少しで倒せる敵を倒してしまって、ボロクソに言われた記憶もあるけれど。あれだけ敵のHPが残っていて危険域であれば、感謝されるのか。

「ねえ、君の名前はなんていうのかな」

 彼は私に問うた。DDでは隠蔽ハイドしない限り、全員に対してカーソルは表示されても、名前はフレンドやギルド関係者等以外には表示されないようになっている。私はフレンドもいなければギルドにも入っていないので、誰も私の名前を見る事は出来ない。

 出来ないけれど、登録した名前を名乗るのは、何故か気が引けた。大差をつけてランキングのトップにいるから。それは、あまり良い事ではない。正常な遊びプレイとは言えないのだし。

 かといって、本名を名乗るのは問題外だ。まあ、外見はほとんど現実のままだから、見つかればばれるのだが。私は見つからないだろうけれど。ある意味、引きこもっているし。

 外見が変わらないと、ゲーム内でも犯罪行為は減少する。ゲーム内での評価や評判が、知り合いを通じて現実の事に干渉し得るからだ。にも拘らず、犯罪をするプレイヤーはよっぽどの変人か狂人だ。

 そんな中、助けられたとはいえ、犯罪者レッドカーソルプレイヤーと話をしようとする彼は、ただの莫迦なのだろうか。莫迦なのだろうな。

 さて、そんな事はどうでもいい。問題は名前だ。ああもう、考えるのが面倒になってきた。

 いや、そもそも、転移で逃げればよいのではないだろうか。

 だが、どうしてだろう。私は彼と話してみたいと思ってしまった。けれど、名前だ。名前を考えるのは面倒だ。

「お前に名乗るような名は無い」

 あまりに面倒になって、考える事を放棄して、私は彼にそう言った。

 そもそも、私に名前は不要だ。

「そう。まあ、会ったばかりだしね」

 いや、そういう問題では無い。

「取り敢えず、このあたりは強い敵が多いから、お前みたいな奴は来ない方が良い」

 実際、HPが危険域になるプレイヤーが多発している場所なのだ。

「うん。分かった。君はここにはよく来るのかな」

 私はその問いには答えなかった。そもそも、私に関する問いには答える心算は無い。

「それじゃあ、またね」

 彼は、私に答える気が無いのを察し、そう言って去って行った。「また」ね。



 翌日も電子情報は流れ続ける。DDの世界は現実の世界の時間とリンクしている。今日も集中して危険域の人を探す。そろそろ、昨日、彼を助けたのと同じくらいの時刻だ。私はどうしてか、彼のカーソルを探してしまっていた。だが、まだ、ログインしていないのだろう。見つからなかった。

 私はボウッとしてしまっているのを自覚し、慌てて集中状態に戻した。

 今日の私はどこか変だ。


 しばらくして、私は危険域の人を見つけた。最近はDDで人が増え、対処しなくてはならない数も増えてしまっている。

 私はそこに転移した。昨日、彼と出会った場所だった。勿論、そこに居たのは彼ではなかったが。

 でも同じNM。NMのHPも随分減ってはいるが、そんな事は問題ではない。私は他に危険域の人がいないかを監視しながら、その人を殺す。もう慣れた感覚。

 私と他の人は、もう随分レベル差があるので、経験値なんて少ししか入らない。昔はよく聞いた、レベルアップのファンファーレも聞く頻度は少なくなっている。

 ついでに荒れ狂うNMも倒した。

 ああ、ラストアタックのレアドロップが貰えた。

 私には必要のないものだが。

「君、今、何したの」

 私は固まった。聞いた声だった。昨日聞いた声だった。

 私は振り向いた。もしかしたら、彼なら理解してくれるのではないかと、そんな幻想を抱いていた。

 でも、そんな幻想は、彼の目を見て砕け散った。

 それはとても冷たい目だった。蔑むような目だった。私はそんな目を見ている事は出来なかった。私は目を逸らし、そして、逸らした後、逸らしてしまうと私が悪い事をしていたと認めている様なものなのではないか、と考えた。そして、その考えはきっと、当たっていたのだ。だって、彼の声がやはり、より厳しいものになったから。

 彼は一歩、私に近付く。

「今の人、あと少しでNMを倒せたじゃないか」

 その通りだった。だから私は何も言えない。

 再び、彼は足を踏み出す。

「背後から気付かれないように」

 その通りだった。そう殺さないと、死んでしまうから。でも、私は言えなかった。何も。この非難に加えて、発言への疑いまでも耐えられる気がしなかったから。

 彼は、更に歩み寄る。

「ラストアタックを奪うのが目的なのか。それが、その程度で殺人者レッドカーソルになったのか」

 違う。私はそんなものに興味はない。でも、私は言えなかった。信じてもらえない、なんて事に、耐えられそうになかったから。

 いや、嫌だ。どちらにせよ、私はもう、耐え切れない。

「来ないで」

 私は彼に言った。でも彼は近付いた。

「来るな」

 再び私は彼に言った。それでも彼は近付いた。そして、私は、もう、分からなくなった。

「来るなっ」

 私は叫んだ。理性は必死に私の行為を止めようとするが、その程度で止まるような衝動ではなかった。

 私の手に握られた電子の刃は、正面から、彼の中心に突き刺さった。

 生々しい感触。最近は感じていなかった不快感。いや、今までで最高に不快で苦しい感触だった。そして彼は、死に戻った。

 久しぶりのレベルアップのファンファーレを聞き流しながら、私は膝をついた。空を見上げた。電子情報で作られたそれは、深く深く夕焼けの赤に染まっていた。

「嗚呼、どうして」

 これで、私は、本物の殺人者になってしまった。

 私は泣き叫ぶ。

 最初から、逃げればよかった。関わるべきではなかった。私はまず、己を殺しきるべきだったのだ。

 それを怠った結果が。これ。

 死に戻った彼のカーソルは動かない。二度と、動く事は無いだろう。だって、彼は死んでしまったのだから。私が殺してしまったのだから。

 私は社会に罰せられない。それが、余計に苦しい。社会とは楽にするための虚像はりぼてだ。責任だけを背負ってくれる虚像。

 何をしても、「これをすれば『赦す』」と言ってくれる自動の機械。何かあれば、「社会が『悪い』」と非難できる、そういう対象。

 民主的な独裁者しゃかいは、私を決して救わない。だって私は悪くないから。

 私は悪くない。だから私は決して赦されない。ナニモノも私を罰してはくれないのだ。

 そして、私が動かなかった間に、また一人の意識が死期を迎えた。でも、どうでもいい。そもそもきっと、私が必死に救い続けたのも、『見捨てた』という責任つみを背負いたくなかっただけなのだから。

 でも、もう赦されない。なら、どうでもいい。

 もう疲れた。ゲームは娯楽で、楽しむ為のモノの筈なのに、楽しみも何も無い。どうして私はこんな事を今まで続けたのだろうか。

 ああ、もう言葉も出ない。私は死んだ。否、二年前に既に死んでいたのだろうか。そうかもしれない。いや、きっとそうだ。私は二年前に、既に死んでいた。あれ以降、私は現実世界で目覚める事は無いのだから。

 私の死期さいごは二年前。

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