義姉弟 ~血の繋がりは無くとも~
あたしが仕事から帰ると、親父とあたしの家に引越しのトラックが止まっていた。
「な、何だよ。親父の野郎、あたしを置いて夜逃げか?一人じゃ何もできないくせに」
あたしは急いで家に向かうと、最後の荷物を家に入れているところだった。
「ここは、あたしと親父の家だよな…」
あたしは急いで家のドアを開けると、親父が配送員と話をしていた。
「では、荷物はこれで全部ですね?」
「ええ、間違いありません」
「では、失礼します!」
あたしは親父に駆け寄った。
「おい、親父!これはどういう事だ?」
「まぁ、見れば分かるだろう。引越しの荷物が届いたんだよ」
親父は平然と居間に向かった。あたしも続くと、そこには信じがたい光景が目に入った。
「おい、親父。これ、どういう事なんだよ」
居間にはあたしの知らない女がソファーに座っていた。その隣にもあたしの知らない子供が座っていた。
「決まってるだろう。家族だ。やっとお前にも母さんができるんだぞ。嬉しいだろ?弟も一緒だ」
「こんばんわ、よろしくねっ!明美です」
「お、お、お姉ちゃん、よ、よ、よろしくっ!け、け、けけけ、健太です」
あたしは勢いに任せて親父の胸元を掴んだ。
「おい、いつあたしがお袋が欲しいって言ったんだよ!え?」
「何言ってんだ。俺はお前が、“お母さんがいたらもっと楽なのになぁ”って言うから、望みどおりにしてやったんだぞ」
「それはあたしが子供の頃の話だろ!とにかく、どこの誰か知らんこいつらをとっとと追い出しやがれ!」
あたしが激高したのを見た女と子供は突然、泣き出した。
「母ちゃぁん~このお姉ちゃん怖いよぉ~」
「まぁ、せっかく心の拠り所ができたというのに落ち着けないなんて」
(何なんだこの親子。マジうぜぇ!)
親父は謝るどころか、あたしを叱ってきた。
「お前、明美と健太を泣かすとは最低な奴だ!今すぐ謝りなさい!」
「謝るのはお前だ!あたしに断わりもなく勝手に他人連れ込んで、何が家族だ!ふざけんな」
当然のことだ。見ず知らずの人が今日から母だの姉弟だの言われても納得できるはずはない。こういうのは前もって話をして、顔を合わせるのが普通ではないのか。それなのに親父はあたしに何の断りもなく、行き付けのキャバレーのホステスだったコブ付き女と勝手に婚姻届を出し、家族にしたのだ。更に連れ子の健太とは養子縁組まで済ませている。あたしが知らない間にここまで済んでいたことに愕然とした。そんなことより親父がキャバレーに行っていたことすら知らなかった。本当に親父は身勝手で最低な男だ。だから本当のお袋と離婚したんだ。あたしは自分の部屋に駆け込み、布団を頭から被った。あたしがお袋に引き取られていたら、こんな思いをせずに過ごしていたはずだ。
「お袋、なんであたしを連れて行かなかったんだよ……」
翌朝、目が覚めると、隣から寝息が聞こえてきた。
「あたしの部屋の隣は空いてるはずだぞと…」
あたしが隣の部屋を覗くと、そこには女の連れ子がいびきを響かせていた。
「おい、あたしの隣がこいつかよ。やってらんねぇ!」
そして居間に降りると、あの女がいやがった。親父にベッタリしやがって、気味が悪かった。
「明美ぃ~、俺はお前を食べたいよ」
「ダメよあなた。あっ、おはよう、かなちゃん!」
「こら香苗、朝は食っとけよ」
(こいつがあたしのお袋ってわけか、やってらんねぇ)
あたしは物心付く前に両親が離婚し、親父に育てられた。そのせいで母親ってものがいまいち良くわからずにいる。それまで身勝手な親父と、あたしの仕事先が男臭いところだったおかげで、体以外はほとんど男と変わらないようになってしまった。一方、明美の連れ子の健太は逆に女っぽくて甘えん坊だった。当然、あたしの好かないタイプだ。
あたしは明美と健太とは何ら干渉はしないと決めた。元々は他人だからいろいろ違って当然だし、今日から親子になれと言われても合うわけがないからだ。それでも顔を合わせるだけでも苦痛の日々が続き、休みの日には外に出て時間をつぶすことが多くなった。
それから数か月後、身勝手な親父がまた身勝手なことに出た。
「香苗、父さんな、来月から海外へ赴任することになった。明美も連れてくから、家の留守はお前に任せたぞ」
「へ?おい、ちょっと待てよ」
あたしは突然のことに驚きを隠せずにいた。親父のやることは、ほとんどがあたしに相談がない。
「な、あいつはどうなるんだよ」
「香苗、あいつと言われても分からんぞ」
「チッ、言わなくても分かるだろ。健太だよ。健太。ああ、あんたの息子であたしの弟だ!あいつも連れて行けばいいだろ?あいつまだ小学生だぞ。せっかく健太も親父ができたんだから一緒にいたいはずだよ」
健太はまだ小学生だから親と一緒にいた方が無難だ。あたしはもう社会に出ているし、親父がいなくても一人で生活はできる。あたしはあの女と連れ子どころか親父の束縛からも抜け出せると思い、心の中で万歳をした。
「あいつはまだ転校したばかりだぞ。たった数か月で転校させるのは健太に悪いだろ。だから残るべきだと思ったよ。いや、一応俺は健太も一緒に行くかどうかは聞いてみたんだ。それがだな…」
親父は顔を下に向けた。
「日本に残りたいって言うんだよな。父さんと母さんが一緒なところにいさせてあげたいと思ってはいるんだけど、どうしても聞かないものだから困ったんだよ。だから…」
「だから?」
「お前に健太の面倒を見てもらいたいんだ」
「はああ?」
あたしは信じられなかった。今の状態で健太と二人で過ごせなど、無理な話だ。血の繋がりのない者同士で住むこと自体に慣れたわけではないし、お互いのことがまだ分かってもいないのだ。
「ちょっと待てよ。まだあたしはあいつらを認めたわけじゃ…」
「お前は結婚前まで加奈子(あたしの実の母)に代わって家事全般をやってくれた。それを健太との二人の暮らしでも活かしてほしいんだ」
「ふざけんなよ。またあたしは男の世話をしないといかんのか」
結局、あたしの反対は聞き入れてもらえず、親父と明美は渡航の準備をした。あたしはどうも何かを隠しているとしか思えなかった。けれども、あたしはここで騒いでも何も変わらないと思い、健太と一緒に生活する予行練習でもしておこうと思った。
「健太ぁ、姉ちゃんとキャッチボールしようよ」
「イヤ!」
健太は即答で答え、自分の部屋に駆け込んだ。
(本当に、こいつのうまくやれるのか?)
そして、渡航の日を迎えた。あたしと健太は空港へ見送りに来たが、親父と明美はここでも妙にベッタリして気味が悪かった。
「香苗、俺たちが帰るまでの間、健太のことを頼んだぞ!」
「かなちゃん、お願いね」
「はいはい、とっと行ってこい!」
二人は笑顔で出発ロビーを通って行った。あたしと健太は場所を変えて展望デッキへ向かい、親父と明美が乗り込んだ飛行機の出発を見た。正直、墜落して二人だけであの世へ行っちまえと思った。
「ほら健太、あの飛行機に父ちゃんと母ちゃんが乗ってるんだぞ」
健太は何も話そうとはしなかった。代わりにあたしの腕を強く掴んでくる。そして飛行機はエンジン音を響かせて空の彼方へ消えて行った。
あたしは空に消えていく飛行機を見つめながら思った。
(この間に、健太の曲がった根性を叩き直してやる)
こうして、あたしと健太の義姉弟生活が始まった。あたしは心を鬼にし、健太を男らしくさせようと決意した。それは翌朝から実行された。
「ほら健太!起きろ!」
あたしは健太の布団をはがした。
「う~ん、香苗姉ちゃん、まだ眠いよぉ」
「だめだ!ほら、早朝ランニング行くぞ!準備しな」
「分かったからどいてよぉ~」
あたしは一足先に外に出て健太が出てくるのを待った。
「遅い、あんにゃろう何やってやがるんだ」
あたしは健太の部屋を覗いた。そしたら健太の野郎、パジャマを中途半端に脱いだ状態で寝てやがるじゃねぇか!あたしの怒りはマックスに達した。
「ZZZ…ZZZ…」
「こぉら健太ぁ!お前はなぜそうやって姉に逆らうんだぁ?」
あたしは健太の胸ぐらを掴み、外に引きずり出した。
「メシ抜きでいいなら家に残れ」
「ならそうするぅ」
「許さぬ!お前も走れ!」
いつもこの調子で、朝の日課にしているランニングが過ぎていく。
「いっただきまぁす!」
「ったく、お前は食い意地だけは張ってるんだなぁ」
あたしは朝食を済ませると、健太を学校に送り出してから仕事に出掛けた。そして家に帰ると…。
「おっし!健太、筋トレやるぞ!こっち来な」
「ええっ?もうやだよぉ~」
「嫌じゃない!そのヒョロヒョロした体、見苦しいんだよ。男だったら引き締めとけ!」
健太と共に筋力トレーニング行うのが夜の日課。元々はあたしの仕事が体力をかなり使うので、鍛えておかないと続かないのだ。当然、健太にもやらせてみた。
「ううう、あぁ、はああああ!」
「なんちゅう声を出しとるんじゃお前は!そんなもん上げられないんじゃ、お姫様だっこなんかできないぞ!」
「逆に僕をだっこしてほしいよぉ~」
「だっこされたけりゃ、その鉄アレイを腕いっぱいに上げてみろ!」
「あうう~ふぅおぉ~!」
全く、健太の体力のなさには泣かされる。
たまに休みが合うと、あたしは健太をある野球場などのスポーツ会場へ連れて行く。
「かっ飛ばせ~!ハチロォー!」
これは腹の底から大声を出す訓練という名目だが、健太の声はか細くて周囲にかき消されてしまう。
「もっと大きい声出さんか!」
「野球は座ってみるのがいいよぉ」
「文句言うな!あたしの金で連れてってるんだからあたしのやることに付いてけ!」
「香苗姉ちゃんが楽しんでるだけじゃなぁい」
あたしは、女々しい健太が男らしくなることだけを考えていた。口調を厳しくし、健太の女々しいところを直そうと試みた。気分はまるでどこかの外国人が流行らせたブートキャンプ。しかし、思ったようにはいかず、健太の女々しさは悪化する一方だった。
「なんでお前はそうやってわがままなんだぁ!」
「え~っ?今までこれでやってたんだからいいじゃなぁい~」
「やかましい!お前、ここがどこだか分かってるんだろうなぁ。ここは秋元家だ。お前の旧姓、桜田家じゃねぇんだよ。お前は秋元家の長男になったんだ。ここにいるなら、秋元家のルールで動け!それが嫌なら、とっとと荷物まとめて一人で生きてきな!」
あたしは健太の服を掴んだ。健太は泣きながら自分の部屋に駆け込んだ。
「はぁ、情けねえ奴だ」
その日の夜、あたしが寝ていると、どこからか泣き声がした。
「うう~ん。うう~ん」
泣き声は隣の健太の部屋からだった。あたしは仕切りの扉を気付かれぬように開け、部屋の中を覗いた。
(あいつ何泣いてんだよ)
「お姉ちゃん、お姉ちゃん……」
(あ、あたしを呼んでるのか?)
しかし、健太はあたしを香苗お姉ちゃんと呼んでいる。
「どうしていなくなっちゃったの?僕、寂しいよぉ。お姉ちゃん、帰ってきて」
(あたしのことじゃないみたいだけど。それにしても何持ってんだ)
健太は何か紙切れを手にしているのが分かったが、何であるかは見えなかった。あたしはその寝言が何を意味しているのか。この時は分からなかった。
翌日、健太は学校に行き、あたしは休みだった。一本の電話が掛かってきた。
「はい…」
「ハロー、かなちゃん。元気?」
電話の相手は海外にいる明美だった。
「ああ、お袋か。あんたんとこの息子さん、あそこまで大きくさせるの苦労だったでしょ」
「何言ってるのよ。健太は私の自慢の息子なんだから」
どうやら、健太はあたしと違って明美に甘やかされて育ったのは確かなようだ。それから明美といろいろ話をしたが、ほとんどが親父との惚気話だから反対の耳の穴から抜けていった。
「じゃ、また何かあったら電話するね。See you!」
「あ、お袋。ちょっと待って!」
あたしは危うく、聞きたいことを言い忘れるところだった。
「健太が、最近おかしいんだよ」
「健太が?どうかしたの?」
「あいつ、夜になると“お姉ちゃん、帰ってきて”って寝言を言ってるんだけど、何か心当たりあるかな?」
「ああ、やっぱり。かなちゃんには話してなかったわね……」
明美は、その理由を淡々と話し始めた。あたしはその理由に愕然とした。
「そんなことがあったのか…ああ、ありがとう。じゃぁな」
あたしは受話器を下ろすと、椅子に座って呆然となった。後であたしのパソコンに明美からメールが送られ、そこに書かれた健太と明美の身に起きた悲しい過去を知ってしまったのだ。
「あいつに、あんなことがあったのか…」
それからしばらくして、健太が帰ってきた。
「た、ただいま…」
「おう……お帰り」
あたしはなぜか弱気になっていた。健太もあたしの変わりぶりに気付いたようだ。
「香苗お姉ちゃん、どうしたの?」
「何でもねえよ。さぁ、早く宿題やってきな」
この日から、健太とのランニングと筋トレの頻度を少なくした。
数日後、健太の学校で保護者面談が行われた。両親が海外にいるので、あたしが健太の母親代理として学校に赴いた。ちなみにこの学校はあたしの母校でもある。まさか親の代理でまた来るとは思わなかった。健太のクラスの担任、福澤先生とは当然初対面だ。
「ああ、秋元さんのお姉さんですね。両親が海外に行かれている中で、健太君の面倒を見てくださってありがとうございます」
「いいえ、あたしは親父…いや、父が再婚するまでは家事はほとんどこなしてましたし、まさかあたしに弟ができるなんて思いもしなかったんですよ」
先生は浮かない顔をして、あたしに話した。
「実は、健太君のことで話があるんですけど…」
「えっ?健太が?」
先生は何か言いにくそうな表情を見せた。
「学校でいじめを受けているんです」
「えっ!それ本当ですか?」
あたしは思わぬ事態に愕然とした。健太からそんな話など聞いたことがない。もし聞いていれば、あたしは健太をいじめる奴の家に飛び込んで逆にボコボコにしていた。先生は続けて話した。
「実は、こういうことなんですよ…」
先生の話では、何度か先生が仲介に入り、仲直りをさせていたが、収まったと思えばまたいじめに遭う。これの繰り返しだったと言う。最近は親父と明美が渡航して、あたしが健太をしごき始めてからは、数人に囲まれ、“お前の姉ちゃん鬼軍曹!”、“玉無し男にしごかれる玉付き女!”と言われているそうだ。鬼軍曹と玉無し男はあたしのことを言っているのだと思う。あたしは腹が立ってきた。
「くっそお!先生、そいつらをあたしがやっつけるんで住所教えてください!」
「あ、お姉さん、落ち着いてください」
しかし、あたしは一つの疑問が浮かんだ。
「でも先生、健太がいじめられてたなんて初めて聞いたんですけど。なんであたしに連絡をくれなかったんですか?健太はなんであたしには何も言わないんですか?」
先生はその理由をこう答えた。
「健太君はお姉さんにいじめのことを知られたくないのかも知れません。実は、個人的に話をした時に、お姉さんに言おうかと言ったら、それだけはやめて!と強い口調で言ってきたんです。でも、いつまでも黙っているわけにはいかないので、この場を使って、お姉さんに伝えることにしました」
(そうだったのか…)
あたしは理由が分かった気がした。あたしに話が伝わると、“お前がだらしないからいけないんだ”だの“お前が女々しいからいけないんだ”と責められるからだろう。それを恐れて健太は何も言わなかったのかも知れない。確かに今のあたしならばそう言いかねないが、あたしのしたことが、かえって健太に悪影響を及ぼしてしまったと思うと、素直に言って欲しかった。
「健太君は、お姉さんがまたできたことをすごく喜んでいたんですよ。ですが、お姉さんがあまりにも男勝りと言いますか、ちょっとやりすぎなところがあって、それでショックを受けていたんです。たまに帰りが遅いこともあったでしょう。あの時も“お姉ちゃんが怖いから帰れない”なんて言ってたんですよ」
健太の帰りが遅い時は、決まってあたしが休みの日だった。家に帰ればあたしのしごきが始まる。それが嫌で帰りを遅くしていたのだろう。
「あなたと健太君に血の繋がりはないのは分かります。当然、育った環境も違いますから、うまくいかないのは当然です。確かに何も言わされずにご両親が結婚して、健太君と姉弟にされたのは納得できないところはありますよね。だけど、あなたは健太君のお姉さんであることは避けられません。健太君にとってもあなたは本当のお姉さんです。仲良くしないといけないですよ。一度、健太君と話をしてみてはどうですか?」
あたしは指導を受けているような気がして、心の奥に響いていた。いつもなら強気で言い返すあたしも、黙らざるを得なかった。
「先生、ありがとうございました」
あたしは帰りの車の中で考えた。健太はあたしのせいでいじめを受けていた。そう思うと、申し訳なさでいっぱいだった。
あたしはスーパーに立ち寄り、買い物ついでにケーキを二つ買っていった。普段は買うことなどないが、今日はなぜか手が出た。これも健太と食べるためだ。あの話を聞いて、一度でいいから健太と正面から話をしてみたい。健太を笑顔にさせたいと思うようになっていた。それがあたしのせいでいじめを受けた健太へ、今できる最低限の償いだった。
「健太ぁ、ただいまあ!」
いつもなら“ヒイイ!”と言って怯える健太だが、この時、声はしなかった。
(あれっ?おかしいな)
あたしは健太の部屋を見た。
(ここにもいねえのかよ)
そしてあたしは居間に行くと、そこにも健太はいなかった。
(おいおい、あいつどこ行っただよ)
すると、テーブルの上に置き手紙があった。
「友達と学校近くの公園に行きます。探さないでください」
「なあんだ。健太もクラスの奴らと仲良くやってんじゃねえか。いいことだいいことだ!うん…」
しかし、どうも引っかかるところがあった。
「探さないでって、何でだよ」
明らかにおかしかった。クラスの奴と遊びに行くのに、探さないでと付け加えるのはあり得ない。あたしは、先生から言われたことを思い出した。
「私が仲介していじめをやめさせましたが、またしばらくするといじめられる。そして私がやめさせる。これの繰り返しなんです…」
「まさか、健太ぁ!」
あたしは急いで学校近くの公園へ向かった。公園に向かうと、あたしの予感は当たっていた。
(うわっ、あいつら…)
健太はいじめっ子四人に囲まれていた。
「お前、福澤にチクリやがっただろ」
「お前のせいで母ちゃんに怒られたんだぞ」
健太は囲まれた中でしゃがんで泣いていた。
「やめてよぉ。もういじめはしないって約束したじゃないぁ」
「ウッセエ!そんなの、福澤の話がうぜえから、とっとと終わらせるためにしたに過ぎないんだよ。おい、もう腹が立ったからやっちまおうぜ」
「おお!」
奴らは健太に近付いた。
(健太が危ない!)
あたしはいてもたってもいられず、健太のところに駆け寄った。
「ゴルァお前らぁ!」
「うわっ、出た!鬼軍曹」
「玉なし男が出たぁ!」
あたしは健太をかばうように前に立った。いじめっ子たちは、あたしが出てきたことに驚き、腰を抜かした。
「香苗お姉ちゃん!」
「健太、あたしが来たからには安心しろ、お前は後ろに下がってな!こいつらをやっつけてやるからな」
健太は離れたところに座った。あたしはじわりじわりといじめっ子に近寄った。
「あ、ああ…」
「どうだ?あたしが噂の鬼軍曹そして玉なし男だ。おいお前ら、よくもあたしの大事な弟をいじめてくれたなあ」
いじめっ子たちは今にも泣きだしそうになっていた。
「おいお前ら、どうしてそんなに健太をいじめるんだ?何か理由があるからいじめるんだろ?そうだよなぁ」
いじめっ子たちは沈黙した。
「何だ?理由なしか」
「寂しそうにしてたから…おちょくってやろうと思ったんだ」
「何だ。寂しい奴はいじめていいとでも思ってんのか?健太が何で寂しがってるかも知らねえくせによぉ」
あたしはここで、明美から聞いたことを話すことにした。
「健太がなんで寂しがってるのか。今から健太の悲しい過去をお前らに聞かせてやる」
「か、香苗お姉ちゃん。やめてよぉ」
「大丈夫だ、心配するな。お前ら、そこに座れ」
あたしはいじめっ子たちを座らせ、仁王立ちで前に立った。
「耳の穴をかっぽじってよぉく聞け。健太はな、あたしと一緒になる前に、理恵って言う姉ちゃんがいたんだ。あたしと違って、健太と血が繋がった本当の姉ちゃんだ。健太と理恵はとても仲が良かったそうだ。それが別れることになったのは何でか分かるか?」
「そ、それは、親が離婚したからだろ?」
あたしはそいつを睨んだ。
「おお、ち、違うんだ…」
「親が離婚したのはあたしだ。あたしがすげぇ小せえ時に、身勝手な親父に耐えかねたお袋が消えたんだよ。それであたしは育児に不慣れな親父に育てられ、あたしの仕事も男臭いところだったから、おかげでこうなっちまったんだよ。って、あたしの話はどうでもいい!今は健太の話をしてんだろうが」
あたしは咳をして、健太を呼んだ。
「健太。こいつらにお前の過去の話をしてやれ」
「えっ?僕が?」
「あたしが話して間違えてたら困るからな。辛いのは分かるけど、お前のことはお前にしか分からないだろ?」
「う、うん…」
健太はゆっくりと、過去に起きた話を始めた。
明美は健太が幼稚園に入園した時に離婚し、一人で理恵と健太を育てた。明美は仕事で家を留守にするため、理恵と健太が二人でいる時間が多く、とても仲が良かった。健太にとって、理恵は母代わりでもあった。
その日は突然訪れた。久し振りに三人が揃い、公園に遊びに行き、理恵と健太はボール遊びをしていた。すると、理恵が蹴ったボールが健太の横をすり抜け、道路に飛び出してしまった。ボールを追いかける健太が公園の外に飛び出しそうになり、理恵は健太を追いかけた。
『あ!健太。待ちなさいっ!』
ちょうどその時、一台の自動車が健太に接近していた。健太は動けずその場で立ちすくんでしまった。身の危険を感じた理恵は健太に体当たりし、車道から歩道に突き飛ばした。その前後で、急ブレーキの音が響いた。
『健太!理恵!』
ベンチでうたた寝していた明美は、理恵の声で気が付いて駆けつけたが、その時は既に事故が起こった後だった。
理恵に突き飛ばされた健太は、幸いなことにすぐに立ち上がれる程の軽傷だった。問題は健太を突き飛ばした理恵だ。
『お、お姉ちゃん!』
『理恵!』
健太を突き飛ばした理恵は、車にはね飛ばされ、意識不明の重体だった。
明美と健太は病院で理恵の回復を願った。理恵は治療を終えたが、事態は深刻だった。数日後、理恵はゆっくりと目を開け、健太の姿を見た。
『健太…無事だったんだね…良かったぁ』
『お姉ちゃん…ごめんなさい。僕が…僕が道路に飛び出しちゃったからぁ…お姉ちゃんがぁ』
『ううん。お姉ちゃんがボールを強く蹴りすぎちゃったのがいけないの』
健太は自分のせいで理恵が事故に巻き込まれたことを悔やんだ。
『理恵、なんであんな危ないことしたのよ?』
理恵は思いも寄らぬ答えを返してきた。
『健太を、守りたかったの。お母さんが仕事でいない分、私が健太を守らなきゃって決めてたの。だって、私の…私のかわいい弟なんだもん』
『バカね。だからって自分を犠牲にすることなんてないじゃない!私が、お母さんがあんたたちをちゃんと見てなかったのがいけなかったのよぉ』
明美は理恵の手を握り、親としての責任を果たせなかったことを詫びた。理恵は息が絶え絶えになりながら話した。
『お母さんは悪くないわ。私たちのために、いつもお仕事で大変なんだもん。本当は疲れて寝てたいけど、無理して私たちを公園に連れてってくれたんだから、感謝しないとね』
明美は理恵の大人びた発言に涙した。
『り、理恵…』
理恵は健太の方を向いた。そして、手を差し伸べて健太に握らせた。
『健太…』
『お姉ちゃん…』
『お姉ちゃんが死んでも、お姉ちゃんのこと、忘れないでね。健太、大好きだよっ!』
『お姉ちゃん…死んじゃやだよぉ』
理恵は笑顔を見せ、まるで自分の死が近付いてきたことが分かったかのように涙を流しながら話した。
『お母さん…短い間だったけど、産んでくれて…育ててくれて…ありがと……』
理恵は両手を明美と健太に繋がれながら、息を引き取った。
理恵が亡くなった後、明美は再び働きに出たので健太は家で一人でいることが多くなった。その上、自分のせいで姉を亡くしたことを責めるようになっていった。
『お姉ちゃん、僕が悪かったから帰ってきてよぉ……』
明美はその度に健太をなだめるが、変わりは無かった。そこで明美は、健太より年上の娘を持つ男性と再婚しようと考えたが、思うように見つからず、諦めかけていた。
「そこで、お袋が勤めてたっつうキャバクラで偶然、客として入ってきた親父と出会って、気が合って勝手に結婚して、それであたしに弟ができたってわけだ」
いじめっ子たちは全員涙していた。
「なんて弟思いの姉ちゃんなんだ」
「健太に、そんな悲しい話があったなんて…」
「知らなかったぁ」
そして最後に、あたしは眉間にしわを寄せ、とどめの一言をいじめっ子たちに言い放った。
「あたしと健太は、血の繋がりがなくとも立派な姉弟だ!健太をいじめる奴は、姉のあたしが許さねえ!お前ら、あたしのこの右手拳を顔にお見舞いされたくなかったら、健太をいじめないと誓って消えな!ここまで言ってもまだ健太をいじめるつもりか!」
「ご、ごめんなさい!もう健太をいじめませぇん!」
「お、俺も、健太をいじめてごめんなさい!」
「分かった!健太と仲良くしますから許してぇ!」
「あ…あ、あ、ひぇぇ怖えよぉ!アイテッ!ひぇぇ…」
いじめっ子四人は公園を走って逃げていった。あたしは表情を緩め、健太がいる方向へ歩いた。健太は怯えて顔を隠していた。
「健太、もういいぞ。あいつらはシッポ巻いて逃げてったからよぉ。あたしにビビッてたから、もうお前をいじめないと思うぞ。顔上げな」
健太は顔を上げ、あたしを見た。
「うっ…ううっ、香苗お姉ちゃん!」
健太はあたしに抱きつき、泣き出した。あたしも健太に合わせ、膝を地面に付けて健太を強く抱き締めた。
「健太、あたしのせいでお前がいじめられてただなんて知らなかったよ。ごめんな。これからは優しい姉ちゃんになるからな。許してくれ」
「香苗お姉ちゃん、苦しいよ…」
「ああ、ごめん」
あたしと健太は手を繋いで家に帰った。あたしと健太に間にあった他人という壁はなくなり、本当の姉弟のようになっていた。
「香苗お姉ちゃん。助けてくれて、ありがとう」
「何を言ってんだよ。あんな置き手紙されておかしいと思わないわけないだろう。しかも、律儀に公園の名前まで書いてあって、あれじゃ探してくださいって言ってるようなもんだよ。学校をまともに通ってないあたしでも、あれは変だと分かるよ」
「香苗お姉ちゃん、小学校行ってなかったの?」
「んな訳ねぇだろ。いくらあたしでも小学校の六年間は通ってたよ」
「じゃ、中学校は?」
「中学校…は、そこそこ通ってたな。授業抜け出すことはあったけど」
「ふぅん、香苗お姉ちゃん悪い子だね」
「悪かったなぁ!こんな姉ちゃんで」
あたしは健太の言う事に思わず笑ってしまった。
その夜、あたしは食後に、スーパーで買ったケーキを出した。
「どうだ、おいしいか?」
「うん」
「そっか、買ってきて正解だったぜ」
あたしは、今日の保護者面談で先生と話したことを健太に聞いてみた。先生から健太のことを聞いていても、それが健太の本心とは限らないからだ。
「健太、お前、どうしていじめられてたことを黙ってたんだよ」
健太は下を向いた。
「香苗お姉ちゃんが知ったら、きっとさらにしごかれると思ったからだよ。お前がしっかりしないからいじめられるんだって、絶対言ってきそうだもん」
「確かに、あの時のあたしならそう言いそうだな。けど、あたしのせいでいじめられたんだから、素直に言えば良かったじゃないか」
「でも、香苗お姉ちゃん、怖いから。何されるか分からなかったんだもん。だから言えなかったんだ」
「バカだねぇあんた。あたしはそこまで鬼じゃないよ。あたしは困った奴はほっとけないのさ。まぁ、親父の育て方が悪かったのか、男っぽくなっちまったってだけだ。だからあたしを怖がることなんかないんだよ」
「本当に?」
「何言ってんだよ。健太、あたしとお前は、血の繋がりはなくとも立派な姉弟なんだぞ。困った時は力を合わせて助け合わないとな。あたしはいつまでもお前と一緒だよ」
「うん、香苗お姉ちゃん、あしたからも僕をしごいてよ」
「おっ、お前やる気になったなぁ!よし、早朝ランニング再開な!しっかり起きれるようにな」
翌日、あたしと健太は早朝ランニングに出た。
「はぁ、はぁ。お前、なんでそんなに早いんだよぉ」
「え?僕、いつも通りだよ。香苗お姉ちゃん、体なまってるじゃないの?」
「何だとこの野郎。余計なこと言いやがってぇ!」
こうして、あたしと健太の距離はぐっと縮まった。お互いに冗談が言い合えるようになり、他が見ても完全な姉弟だった。健太も自分でできるところは自分でやるようになっていった。お腹の底から声も出るようになり、最初の頃の女々しさはどこへ行ったのだろうか。そんな健太との二人暮らしは、一年近くに渡った。
そんなある日、あたしに親父から連絡があった。
「もしもし、あ、親父。どうしたんだよ…えっ?日本に帰るんだ。良かったじゃねえか。で、いつだよ…ああ、分かった。どの飛行機で帰るか分かったらすぐに教えてくれよ。健太とお迎えに行ってやるからよ。じゃあな」
親父と明美が帰ってくることになった。それは同時に、健太とあたしの二人暮らしが終わることを意味していた。
「香苗お姉ちゃん。どうしたの?」
「おい、健太!喜べ。父ちゃんと母ちゃんが帰ってくるぞ!」
「本当?やったあ!」
健太は大喜びだった。やはり親の顔が見られるのが一番嬉しいのだろう。その様子を見たあたしは、逆に寂しくなってしまった。
一ヶ月後、親父と明美が帰国した。あたしと健太は、行きと同じく空港で二人を待った。
「お土産、楽しみだね!」
「ああ、いっぱい買ってきてるかもしれないぞ」
「健太!香苗!こっちだぞ!」
「あっ、父ちゃん!母ちゃん!」
健太は親父と明美に近付いた。しかし、あたしはおかしな点に気が付いた。
「あの、お袋。その手に抱えてるのってさあ。まさか…」
「えっ?この子?かわいいでしょ?」
「おお、こいつは、お前たちの妹の真鈴だ!」
親父と明美は、恐らく向こうで激しく愛し合ったのだろう。その結果、あたしと腹違いの妹、真鈴が誕生したというわけだ。まぁ、親父と明美が好きでやったことだから文句は言わないが、家族計画を考えずに産んだのは目に見えて分かった。
「こいつ、俺のをしっかりと股にくわえて離さないんだよな」
「何よぉ、あなたがガンガン腰振って離れてくれないから、結局中に出してくるんだもん。だからこうして真鈴が産まれてきたのよ。ねえ~!」
この二人、本当に大丈夫なのか不安になった。
「ねえ、何の話ししてるの?」
「ああ、健太は知らなくていいんだよ」
あたしは健太の向きを変えさせた。
「おい、健太の前で下ネタを堂々と話しやがって…少しは考えてくれよな」
「ああ、すまん…。俺たちが何も考えなかったのがいけなかったんだ。俺は本当に身勝手な親父だ!許してくれ。香苗、健太」
親父と明美は黙ってしまった。
「あ、ああ。別にそこまで落ち込ませるつもりはなかったんだけどな…家族が増えたんだ。あたしは大歓迎だよ。な、健太!お前に妹ができたぞ!」
「うん!香苗お姉ちゃん、真鈴ちゃんかわいいね!」
「こいつは健太かあたしのどっちに似るんだろうな。でも、あたしに似てもらっても困るから、健太に似てほしいな」
親父と明美は、健太とあたしの仲の良さを見て驚いていた。
「おい、お前たち、そんなに仲良かったか?」
「前は話もしなかったのにね。何かあったの?」
「え?別に、普通だよね。香苗お姉ちゃん」
「ああ、あたしと健太は、血の繋がりはなくても、立派な姉弟なんだからな!だろ?」
親父と明美は、その様子を見て笑っていた。
「香苗、お前に健太を任せておいて良かったよ」
「久し振りに健太の笑顔を見たわ。私の知ってる健太じゃないみたい。かなちゃん、ありがとう」
「本当だよ。お二人さん、健太をここまでさせるのに、けっこう苦労したんだからな」
この時初めて、この家族に笑顔の輪ができた。こうして新生秋元家四人揃って…じゃなかった。五人揃っての生活がまた始まった。親父と明美は産まれたばかりの真鈴にベッタリしていることが多いため、結局はあたしが健太の面倒を見ることになった。ここまで分担できるのも家族の証かもしれない。
もし親父と明美がキャバレーで出会って、勝手に婚姻届を出すことがなければ、健太とは姉弟の関係になることなどなかった。今まで家族と言えば親父しか知らなかったあたしに、母と弟、それに妹ができ、今はこうして楽しい日々を過ごしているのだから、本当は親父には感謝するべきかもしれない。ただ、事前に相談がなかったことだけは許すつもりはない!
一家で過ごす時間は楽しかった。けれども、あたしは一家を離れる時が少しずつ近付いていた。実はお付き合いしている会社の先輩から“結婚しよう”と言われた。最初は軽いノリで付き合っているだけだったのに、まさかあたしに結婚を求められることなど考えもしていなかったので、本当は嬉しかった。
しかし、すんなりとは了承できなかった。心配なことがあったからだ。あたしが家を離れると、健太がまたいじめられないか。健太が女々しくなってしまうのではないか。そう思うと、すぐには返事ができなかった。結婚の話は、最初に親父と明美に伝えた。
「おお、お前が結婚か。そりゃいいじゃないか!俺はいつお前の花嫁姿が見られるか心配だっだんだぞ」
「かなちゃん、良かったわね。お嫁さんになれて嬉しいでしょ?」
あたしは顔を下に向けた。
「不安なことがあるんだ」
「んっ?何が不安なんだ?」
「健太のことだよ。あいつ、本当の姉ちゃんを事故で亡くして寂しがってたんだよな。それであたしが健太の姉ちゃんになって、最初は怖がってたけど、次第に打ち解けるようになっていって、今じゃ立派な姉弟だ。だけど、あたしが離れたら、健太は悲しむんじゃないかって。そう思うと、先に進めないんだ」
あたしは一番大きい悩みを親父と明美に打ち明けた。
「何だ。そんなこと気にしてたのかよ」
「そこまで健太を心配してたのね。嬉しいわ」
二人はなぜか、笑顔を見せていた。
「健太のことは心配しなくてもいいぞ。健太は俺たちの大事な息子だからよ。しっかり見ておくよ。それに…」
「それに?」
親父は、後ろを指さした。後ろでは妹の真鈴が眠っていた。
「健太の奴、学校から帰ると、真っ先に真鈴のところへ駆け寄って様子を見てるんだよな。あいつにも兄ちゃんという自覚が出てきたかも知れない。健太は確実に成長している。だから、お前が健太のことを心配することはもうない。お前は、愛する人を幸せにしてあげなさい。今度そいつをここに連れてきてくれ、また息子が増えるから顔を見ておかないとな」
こうして、あたしの結婚は認められた。
「香苗お姉ちゃん、それ、本当?」
「ああ、あたしは嘘はつかないよ」
「嫌だ!行かないでよ」
健太はあたしに抱き着いてきた。
「ずっと一緒って言ったよね?それなのに何で離れるんだよ。嘘付くなんてひどいよぉ」
「健太、これは母ちゃんもやってきたことなんだぞ。母ちゃんだって本当は家を離れたくないって思ったはずだ」
「でも、香苗お姉ちゃんがいなくなったら、僕はどうすればいいの?」
あたしはため息を一つして話した。
「あたしはお前を守ってきたんだ。だから今度は、お前が真鈴を守ってやる番じゃないのか?」
「真鈴を…守るの?」
「そうだよ。だって真鈴は半分だけどお前と血が繋がってる本当の妹なんだぞ。だからもっと大事にしてあげないといけないんだからな。できるよな?難しく考えるな」
「でも僕、香苗お姉ちゃんがいないと寂しいよぉ」
健太は今にも泣きそうになっていた。
「健太、いつまでそうやって弱虫でいるんだよ。そんなことしてたら、またいじめられるぞ。あたしがいなくなったら、またいじめてくるかもしれないんだからな。それでもいいのか?」
それでも、健太はあたしから離れようとはしなかった。もしかしてと思い、健太に聞いてみた。
「お前、あたしが二度と戻って来ないと思ってるのか?」
「うん……」
健太は実の姉を、自分の過ちから発生した交通事故で失い、寂しい思いをしてきた。そして一緒になったあたしを実の姉のように見てきたから、結婚して家を離れると聞いてもう二度と戻って来ないと思い、寂しくなったのだろう。
「バカだなぁお前。家を離れるったって、あたしとお前の関係が切れるってわけねえだろ?」
「え?」
「お前とあたしは、これからもずっと姉弟なんだぞ。あたしが結婚したって、名字が変わったってそれは変わらないんだからな。たまには顔を出してやるから、心配すんなって!ほら、泣くんじゃねえよ。また女々しくなるつもりか?」
「うん、分かった!」
本当に健太があたしの結婚を理解していたかどうかは、分からなかった。
そして挙式当日、あたしは式場で白いドレスに身を包んでいた。一生着ることなんかないと思ったけど、意外と似合っていて恥ずかしくなった。あたしの隣には、夫となる会社の先輩が、あたしの手を繋いでいた。まさか男勝りで女っ気ひとつもないあたしを好きになってくれたのだから、感謝しなければならない。
「なんか化粧すると、お前じゃないみたいたいだな」
「バカ言うなって。じゃあ今までのあたしの化粧は何なんだって話しだよ」
しかし、この時もあたしは、健太のことが気になっていた。
(あいつ、まさかこんなところで暴れたりしないだろうな…)
「どうした?」
「あ、いや、何でもない。そろそろ時間だな」
「じゃあ、行こうか」
あたしは、愛する人と共に式場へ入った。周囲が拍手で迎える中、家族を見ると、健太だけはあたしを黙って見ているだけだった。あたしは笑顔を健太に見せると、健太は急に泣き出した。
「香苗お姉ちゃあ~ん!」
「おい健太、もう泣くのかよ。お前泣かないって姉ちゃんと約束したんだろ?簡単に約束を破るなよ」
「だって、涙が止まんないんだもん。父ちゃんだって、泣いてるじゃないか!」
「俺だって、香苗がいなくなると思うと、寂しいんだよぉ~!」
「あらあら、二人とも泣いちゃって、情けないわね。ね!真鈴」
式は滞りなく行われ、無事に終了した。あたしが心配していた、健太が暴れることもなかった。
あたしたちは場所を空港に移した。新婚旅行で渡航するためだ。出発口で双方の一家があたしと夫を見送った。
「香苗、楽しんでこいよ!信次君、後のことは君に任せたよ」
「は、はい。お義父さん」
健太は、明美の隣であたしを見ていた。あたしは健太の前でしゃがみ、視線を合わせた。
「健太、あたしがいなくても、しっかりできるよな?弱虫や女々しくなったりするなよ。父ちゃんと母ちゃん、それに真鈴を心配させんじゃないぞ!分かったな?」
「うん、香苗お姉ちゃん。いってらっしゃい!」
「おう!お土産、たぁんと買ってやるからな。楽しみにしろよ!」
あたしと健太は互いに笑顔を見せ合った。夫の両親は、この様子を不思議そうに見ていた。
「健太君と香苗さんは、血が繋がっていないのに、すごく仲良しですねえ」
「ええ、出会った時は最悪だったんですよ。でもこうやって、お互いを信頼することで、血の繋がりに負けない関係を築けたと思うんです」
「あなた様は、立派なお子様を持ちましたなあ!」
「そんなあ、褒めないでくださいよぉ!」
親父はあたしと健太の関係を褒められ、照れていた。
「それじゃ、行ってきます!」
「気を付けてね」
あたしと夫を乗せた飛行機は目的地に向かって空を飛んだ。あたしは窓から外を見ていた。なぜだか空には健太の顔が空に浮かんでいるような気がしてきた。
(健太、大丈夫かなぁ……)
「何外見てんだよ」
「弟のことを思い出してたんだよ。あいつ、あたしと一緒になる前に姉ちゃんがいたんだけど、交通事故で亡くなっちまって、寂しい思いをしてたんだよ。あたしと一緒になって最初は怖がってたけど、次第に打ち解けるようになって、今じゃすっかり本当の姉弟同然の関係になったのさ。だからこうして、あたしが離れて、あいつが寂しくならないか不安なんだよ」
夫はあたしの肩に手を掛け、体を引き寄せた。
「お前と弟の仲の良さにはお手上げだよ。心配するなって、俺が弟以上にお前を可愛がってやるからよ!」
「あん!どこ触るんだよこの変態が!まだ早いだろ?向こうに付くまで我慢しろよな」
「お前も本当は我慢できないんだろ?」
「もう、バカ…」
飛行機は無事に現地へ到着し、いろんなことがあった新婚旅行はあっという間に過ぎていった。
無事に日本に帰国すると、あたしは夫の名字、小野田を名乗り、夫と共に生活をしている。全てが初めてのことばかりで戸惑うことが多く、大変だった。夫との関係は非常に良好である。当然、夜のお勤め(?)にも励んでいる。
新婚生活はとっても楽しい!でも、そんなあたしの本当の楽しみは……。
「ただいまぁ!健太、真鈴、いるかぁーっ?」
「あっ、香苗お姉ちゃん、お帰りぃ!」
「おーっ!健太ぁ。お前、けっこう背伸びたんじゃねえか?おお、真鈴もデカくなっちまって!」
たまに帰っては健太の顔を見ることだ。やっぱりあたしは、健太のことが大好きだ!
(終)
最後までご覧いただきありがとうございます。
この話は、赤の他人二人が親の再婚で姉弟の関係になった時を想定して書きました、もちろん私に離婚の経験はないので、実際に離婚された方は不満があるかもしれませんが、ご了承ください。
『登場人物』(年齢は初登場時)
*秋元(結婚後は小野田)香苗(あきもと{おのだ}かなえ)・25:
秋元家の長女、健太と真鈴の姉。小さい頃に両親が離婚し、父に引き取られた為、実母の顔は知らない。男勝りで女っ気がない。父が勝手に再婚し、健太の義理の姉になる。健太をしごくうちに付いたあだ名は“鬼軍曹”か“玉なし男”。会社の先輩と結婚。
*秋元(旧姓・桜田)健太(あきもと{さくらだ}けんた)・8:
桜田家の長男。実の姉がいたが、事故で失い心を閉ざす。母の再婚で香苗の義理の弟となる。甘やかされて育ったのか女々しい性格だが、香苗にしごかれ、改まっていく。
*秋元修三・50:
香苗の実父。自分勝手な性格が災いし、前妻と離婚。再婚まで娘の香苗を育てたが、不慣れな育児で男勝りにさせてしまった。行き付けのキャバレーに勤めていた明美と勝手に婚姻届を出し夫婦になったため、明美の連れ子、健太の義父にもなる。自分勝手なところを香苗に指摘されるも聞く耳を持とうとはしない。
*秋元(旧姓・桜田)明美(あきもと{さくらだ}あけみ)・35:
健太の実母。夫と離婚してからは子供二人を養う為に昼夜問わず働き、健太と顔を合わせることが少なくなっていた。夜に勤めていたキャバレーで修三と意気投合し、婚姻届を出して夫婦となり、香苗とは義理の母となる。
*桜田理恵・享年10:
健太の実の姉。健太とのボール遊びで、道路に出たボールを追った健太に体当たりし、事故に巻き込まれ死亡。
*秋元真鈴・0:
修三と明美の間に誕生した次女。修三の海外就任で同行し、熱い夜を過ごした結果、海外で誕生。香苗、健太にとっては初めての妹である。




