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魔王の救世主様  作者:
6/24

考察



「……なるほど、ひとまず状況はよく分かった」


「それは何よりです」


「というわけでさっさと元の世界に帰してくれる?」


「そ、それは……」


 宗一の一言にアリシアは言葉を詰まらせる。

 なにせ召喚の儀で人間を呼び出してしまうという想定外どころの騒ぎではない状況で事前にシュミレーションしていた交渉などできるわけもない。

 幸いにして終始落ち着いた宗一の様子からある程度腰を据えて交渉に持ち込めるかもしれないと思っていた矢先の先制パンチである。

 アリシアが宗一に期待を抱いた瞬間だったのも動揺を生んだ一因だろう。


「今すぐ貴方を元の世界に帰すことはできません」


「ならいつ帰してくれるんだ?明日か?一週間後か?一ヶ月先か?」


「人間との戦争に勝利さえすれば貴方を自由にすることができます。ですから私達と共に戦っていただき……」


「いきなり戦争してって言われてもさ。勇者は強いんだろ?『召喚の儀』なんてものに頼らなきゃいけないくらいに」


「……その通りです」


「魔王が恐れる勇者をただの人間が倒せるとでも?」


「し、しかし『召喚の儀』に応じて喚び出されたものは勇者を打ち倒す存在であり……」


「そもそもそんな儀式に応じた覚えもない。一方的な押し付けも甚だしいし、ただの人間を召喚しちゃってる時点で失敗なんじゃないか?」


「…………」


 アリシアが反論することができない。宗一が述べる言葉はどれも論理的で、合理的で、アリシアにとってそれはまるで己の未熟さを指摘されているように感じられた。

 もう一度言うけどさぁ、と前置きして宗一は続ける。


「俺、人間だし。魔法とか使えないんだけど。それで勇者を倒せるとか本気で思ってんの?」


「なんでもいいから勇者を倒してくださいっ!」


 理屈でも説得でもない、己の内の偽らざる願いをアリシアは口にする。

 自分らしくないという思考さえ消え去り、召喚の儀に応じた存在を失うことへの恐怖、その心に救う不安がそうさせた。

 宗一の協力を得られなければ大切な仲間達の命を失うことにも繋がる。

 しかし宗一の言葉は止まらない。アリシアの弱い心を容赦なくえぐる。


「言っちゃ悪いが正気を疑うな。勝手に呼び出しておいて命がけで戦えってか?ふざけるのも大概にしな」


「貴様っ!」


「っ!止めて、レイチェル!」


 いよいよ無礼な態度に我慢しきれなくなった赤髮の少女が宗一に襲いかかろうとするが、主君たるアリシアに止められて制止する。

 宗一はレイチェルの憤怒もどこ吹く風で、銀と赤の主従を観察していた。


(これで二度目……確定かな。赤髪の忠誠心は高そうだが、アリシアも手綱はある程度握れてる。他の奴らも似たようなもんか。相当慕われてるな、この魔王様は)


 こちらを親の仇のような目で睨み付けながら、それでも後ろに下がったレイチェルを見て宗一はこの主従をそう評した。


「お見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ありません、主共々謝罪致します。しかし貴方には悪いですが今すぐ元の世界に帰すことは……」


「ん?ああ、気にするな。帰せってのは冗談だから」


「へ?」


 初めて見せるアリシアの抜けたような表情に宗一の胸がときめく。帰るという選択肢は宗一の中から微塵も姿を残さず消え去った。

 緊張感の漂う席でなんとも場違いな感想である。


「今のはちょっとした確認作業というか。勇者と戦うのは……まあ俺が前面に立つかどうかは別にして協力はしよう。ただし!」


「な、なんでしょう?」


「今すぐは無理。そして互いの戦力比、戦術や使用兵器、主戦場となる場所の地理、勝利条件、物流と経済力、周辺国の関係。そういった諸々のできるだけ正確な情報が必要だ」


「そういったものならある程度揃っていたと思います」


「本当か?それはどれだけ信用できる情報なんだ?」


「わ、私はあまり目を通していないのでなんとも……」


「じゃあ後で有るもの全部……はどうせ無理か。開示できるところだけは全て見せてくれ」


「は、はい……」


 淡々と進められる話にアリシアは狼狽えながらなんとか付いてこようとするがどうにもあいまいな相槌が多くなりがちだ。


(魔王ってことは戦争の指揮を取るはずだよな……こんな言われるがままに頷いてて大丈夫なのか?もしかしてアリシアってお飾り?)


 宗一は失礼なことを考えられずにはいられなかった。アリシアはあまり交渉事には向いていないようである。


「あの……」


「何か?」


「どうして共に戦ってくれるのですか?ソウイチは魔法や戦争とは無縁の世界にいたのでしょう?」


「理由ねぇ。まあ一番の理由は元の世界に戻りたくないからだな」


「自分の居た世界に帰りたくないのですか?」


 それはアリシアにとって驚くべき一言だったが、語る当の本人は軽い口調で、それでもはっきりと嫌悪を浮かべる。

 それは初めて目にする宗一のはっきりした感情だった。


「死んでも嫌だね。だからこの世界に留まりたいし、そうするには勇者と戦わなきゃいけないってんなら戦うさ」


「でも本当に死んでしまうかもしれませんよ?」


「それはあっちでもこっちでも大差ないよ」


「それはどういう……?」


「まあ長い話になるからそこは追々」


「そうですか……それと先ほど『確認作業』と仰いましたが、一体何を?」


 完全に素なのか、アリシアは敬語で尋ねてくる。

 どんどん宗一がイメージする魔王からは遠ざかっていく。魔王とはもっと尊大で暴虐的な存在ではなかったか。


「ああ、俺の立ち位置というか……」


「立ち位置、ですか?」


 意味が理解できずにアリシアは首をかしげる。


「まあ要するに俺がそっちにとって代替可能な存在かどうかってことだ。結果は不可。現時点ではな」


 宗一の言葉にアリシアが、そして他の魔族達が息を飲む。その反応はさらに宗一の推察が正しかったことを強固に証明するものだった。


「……なぜそうお考えになったのですか?」


 再び魔王としての覇気を湛えてアリシアが宗一を問い詰める。

 相変わらず宗一がそれに怯むことはなかったが。


「さっき説明を聞くに俺は勇者と戦うために喚ばれたんだろ?勇者がどれだけ強いか知らないが、少なくとも魔法も使えなきゃ魔族でも魔神でもない人間を召喚したって利点は少ない。

 なら儀式をやり直すなり俺を殺すなりすればいいが一向にそうする気配はないし、アリシアに至っては俺を庇った。それも2度。渋々とはいえ忠誠心の塊みたいなあの赤髪――レイチェルだっけ?が引き下がったのも主の命令に順じただけじゃないよな。

 ああいう手合いは主のためにならないと判断したら命令に背いても敵を排除するタイプだ。そんな奴が動かなかったのは俺に替えが効かないのを知っているからだろう。

 とりあえずあんだけ挑発しても殺されないってことは気まぐれで生かしてるわけでもなさそうだ。そこに何かしらの理由があると考えるのが妥当だろう。そうなると理由も絞られる。

 恐らくは召喚した者を殺すと何らかの不都合が生じるか『召喚の儀』が一度限り、もしくはアリシアにしか行えない場合だ。

 いきなり攻撃されはしたけどあれは牽制程度で仮に直撃しても当たり所が悪くなければ死にはしない。つまり俺を危険視してたとしても命まで失うことは避けたかったはずだ。咄嗟の一撃だった割に威力はしっかり抑えられてたからな。

 時間をかければまた『召喚の儀』ができる可能性もあるけど、こうして生かされている以上それもすぐには実行できないんじゃないか?条件面が不足してるとか、再召喚までの時間すら惜しいとか。

 以上を踏まえて俺が現時点では代替不可の存在だと結論を出したわけだ。まあ最悪あの牽制で死ぬ可能性も捨てきれないからどこまで当てになる考えか分かんねーけどさ」


 とは言いつつ、アリシア達の反応を見る限り的外れでもないのだろう。

 そのことに宗一は心中で安堵する。


(ひとまず命の保証はできそうだ。先々はこれからの立ち回り次第だろうけど、よりにもよって戦争って。まあやるしかないだろうな、生き残るためには)


 それにしても異世界に来てまで荒事の中で生存競争を繰り広げなければならないあたり、つくづく自分はそういう星の下に生まれたのだろうと考えずにはいられない宗一だった。



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