邂逅と衝撃
この小説の正しい読み方は
魔王の救世主様
です
どうしたもんか――と宗一は思案する。
光が収まったのはいいとして、相変わらず自分の置かれた状況が理解できない。
何より殺気という名の視線と息苦しいほどの沈黙が痛かった。
チラリと視線を下げる。
祭壇の下には一人の少女が立っていた。
くすみのない透き通った白い肌、シルクのように滑らかな銀髪、深い藍色を湛えた両の瞳。
可憐という表現がピタリと嵌まる容姿がまるで絶望を目の当たりにしたような表情をしているのは気になったが、宗一にとって最たる問題は
(外人だ……やべぇよ、英語なんて話せねぇ)
ということだった。
日本生まれの日本育ち、加えてまともに勉学に取り組んだことのない宗一にとって、英会話の実践など途方もないほど不可能な話である。
「Hello,nice to meet you」
それでも怯むことなく、無駄に良い発音でコミュニケーションを試みる。
「……」
しかし対する少女は無反応だった。
正確に言うならビクッと肩を震わせはした。
(おぉう、可愛い子にこんな反応されるとショックだ……)
などと落ち込みつつ、この少女が宗一の置かれた状況を知っている可能性の高そうな人物である以上、なんとかして話を聞き出すしかない。
「ボンジュール、グーテンターク、チャオ、アロハ、ナマステ、ニーハオ、アニョハセヨ、コンニチハー……」
乏しいボキャブラリーを駆使して思いつく限りの言語で挨拶をしてみるが結果は変わらず。
それどころか少女の表情は困惑の色をどんどん深めていく。
(見下ろしてるのがダメなのか?)
そう考えて階段を降りようと一歩踏み出した瞬間、“何か”を察知した宗一の体が反射的に回避行動を選択した。
向かって左側から飛来した“何か”から逃れるため、階段から飛び降りてその段差に身を隠す。
それとほぼ同時に今の今まで宗一が立っていた場所で決して小さくない爆発音が響いた。
「マジかよ……」
宗一は階段の陰に身を潜めたまま頬に冷たい汗を流す。
国際色に富んだ挨拶を繰り返している最中にも絶えず殺気をぶつけられているのは分かっていたが、まさか警告もなく攻撃されるのは些か予想外だった。
「特離出身じゃなかったら死んでたな」
自身の忌むべき生まれで培ってきた危機回避能力に感謝する。
だからといって現状を打開する術には繋がらないが。
「…………!」
「……!…………!」
再びの襲撃に備えて警戒しながら周囲を窺っていると、聞いたこともない言語ではあったが、何やら言い争っているような声が耳に届いた。
慎重に階段の陰から顔を覗かせてみると銀髪の少女が宗一の方に背中を向け両手を広げていた。
その構図だけなら少女が宗一を庇っているように見えなくもない。
しかし宗一の目を引いたのは少女と対峙している者達だった。
(なんだあいつら?)
人間の規格を越えた巨躯の男と、燃えるような朱色の髪をした少女、そして性別は分からないがマントを目深に被った二人の子どもなどかなりバラエティー豊かな面子である。
彼等がどのような集団なのか見当もつかない。
しばらく彼等の様子を観察していると、ひとまずの結論が出たのか銀髪の少女がこちらに向き直る。同時に個性豊かな面々の視線も宗一を捉えた。
(穴が空きそうなくらい圧力を感じる)
殺気そのものは幾分軽減されたが、向こうからすれば宗一はまだ警戒対象らしい。
勝手に招いておいて酷い待遇だと思わなくもないが何やら揉めている様子からすると彼等にとってもまた不測の事態なのかもしれない。
そんなことを考えながら不躾な視線を受け止めていると銀髪の少女が宗一に向かって何やら話しかけてきた。
やはり意味は一つも理解できないが、どうやら今度は向こうからコンタクトを取りに来てくれたらしい。
宗一は自分の顔を指差して「俺?」と聞いてみる。
するとニュアンスで察したのか少女は二度、三度と頷くと、次は手招きをし始めた。
先ほどの発射方法や弾道が不明な攻撃があることを考えると物陰や遮蔽物のない空間に出向くのは愚行だが、反抗の意思ありと取られては厄介だ。
大して効果はないだろうとは思いつつ、それでも間合いは計りながら宗一は近付いていく。
10メートル程の距離になったところで手招きが止まった。
それに従い宗一も足を止める。
少女はそれを確認すると、マントに身を包んだ子ども達に指示を出す。
子ども達が何やら呟いて杖を掲げると、宗一の体は一瞬で白い光に飲み込まれた。
「うおっ、また爆発か!? ユナボマーかよ!」
自分を襲うであろう衝撃に身構えた宗一だったが、襲ったのは物理的ではない衝撃だった。
「ゆな、ぼまー?何ですか?それは」
「……日本語、喋れんじゃん」
宗一の前には、流暢な日本語を操る銀髪少女の姿があった。