魔法
今回はほぼ魔法についての説明回です。
オリバーが依然として自身の胸を強打し続けている頃、さっさと闘技場を後にした宗一はさっそく小さな教師から魔法というものを教わっていた。
何故かアリシア、レイチェル、ベアトリスの姿もあったが、宗一は特に気にすることもなくリンとリアの話に耳を傾ける。
今から始まるのは空想が現実に変わる瞬間だ。
これには宗一の心であれ踊るというものである。
◇
リンの口が開く。
「では、まずは基本から。理解できなければ置き去りにしますからそのつもりで」
喉まで出かかった「んじゃ誰のためにやるんだよ」という言葉は飲み込んで宗一は頷く。
魔法とは火・水・風・土・光・闇・無という7つの属性から成り立ち、無属性を除いた6つの魔法は全て初級、中級、上級の3段階に分けられている。
前提として魔力が無ければ魔法は使えないが、魔力があったとしてもそれを制御する力がなければ魔力を魔法に転換することができないという。
扱いきれず魔力が暴走すれば死ぬことだってあり得るらしく、その秘めたる魔力で己の身を焼いた魔導師は少なくないらしい。
「つまり膨大な魔力を持ってても実力がなけりゃ宝の持ち腐れなのか」
「基本的にはそうですが一概にそうとも言い切れません」
「なんで?」
「……魔法の威力は階級に左右されないから」
リアがぽつりと呟くが、その意味を理解しきれず宗一は首を捻る。
「んじゃなんで魔法は3段階に分けられてるんだ?効果が大きい魔法ほど階級は上がるんだろ?」
「その認識で間違いありませんけど、それはあくまで個々人の話であって、魔法の威力に基準値は存在しないんです」
初級・中級・上級の区分けは熟練度、分かりやすく言うならば魔力を魔法に転換する技術の高さによって分けられている。
つまりその技術が高ければさほど魔力が無くても上級の魔法は使えるのだという。
しかし逆を言うと
「魔法の威力自体は魔力のデカさで決まるわけか」
「ええ、その通りです」
そういうことである。
これは初級の魔法を使うのがやっとであっても魔力が大きければそれだけで上級魔法を破れるということを意味している。
「ちなみに魔力って増減するのか?あと後天的に魔力を得ることは?」
「魔力を持っている者なら鍛練によってその力を伸ばすことは可能です。どれだけ伸びても元の魔力の2割程度ですけどね。
逆に肉体が老いれば魔力も低下しますが、減退率はそう高くありません。こちらも2割り程度です。
そして生まれながらに魔力を持たない者はどれだけ努力しても魔力を身に付けることすらできません」
魔力を持たずに生まれれば魔法を使える芽は皆無。
仮に100の魔力を持って生まれたとして、どれだけ頑張っても120までしか延びない。
代わりにどれだけだらけた人生を送っても80くらいの魔力は生涯有していることになる。
この±20の差がどれ程の違いなのか宗一には判断しかねるが、生まれと伸び率の上限がほぼ決定している時点で魔法は先天的な要素が大きな要因になると言えるだろう。
「魔法なのに夢の無い話だ」
「それはどういう意味でしょうか?」
宗一の呟きにアリシアが首を傾げる。
「俺がいた世界じゃ魔法は夢の力だったからな」
空を飛び、カボチャを馬車に変え、一振りで万の軍勢を消し炭にし、悲哀の涙さえ曇りのない笑顔に塗り替えてくれる。
それが、魔法。
これは宗一が元の世界の人間だからこその感覚であって、魔法が当たり前に存在しているこちらではピンとこないらしい。
未だ疑問符の消えない5人に苦笑を見せつつ、宗一は話の先を促す。
「まあそれは置いといて。無属性にはなんで階級が無いんだ?」
「それはですね――」
宗一の言葉を受けて再びリンの解説が始まる。
無属性とはその属性が確立されたものではなく、他の6属性に分類されていない魔法を総称してそう呼ばれている。
また、無属性魔法は初心者用の魔法が多くあって、あらゆる魔法の土台となる基礎基本だ。
それ故に使える者とその数があまりに多すぎて、また効果が使用者の魔力に依存することから使用頻度の高いもの以外は階級分けがなされていないのが現状。
ちなみに宗一が異世界でこうして問題なく会話で意思疏通を取れるようになった『インテリジェンス』は階級区分がなされている程度には使われている魔法である。
「無属性の魔法ってどんだけあるんだ?」
「分かりません。6属性の魔法はそれぞれ多くても100個にも満たないですが、既存の無属性魔法だけでもその1000倍以上と言われています」
「……正確な数は誰も知らない」
「なるほど、そりゃ階級を分ける前に数を調べる気も起きねぇな」
「そういうことです」
階級分けがされていない無属性魔法とは要するに役に立たないか使う機会がない魔法ということだ。
中には使いようによっては何かしらで役立つ魔法が埋没しているかもしれないが、それもほんの一握りでしかないだろうし、他の属性魔法で代用できるならわざわざ掘り出す労力は無駄になるだろう。
魔法という割になんでもかんでも万能というわけではないらしい。
「ん?」
そこでふと宗一は自分の指にはまった指輪に目を止める。
『心音の指輪』。
その名称を宗一が知るよしもないが、この指輪について解っていることがある。
それは装着した相手に“魔力を付与する”マジックアイテムだということだ。
アリシアの話を全て信じるなら、この指輪は魔力の無い人間にも魔力を付与するはずである。
であればあとはそれを魔法に転換できれば魔力を持たない人間でも魔法を使えるのではないか?という考えが宗一の脳裏を駆け巡る。
(魔力を転換する技術に魔力が必要なのか?いや、でもそれ自体をマジックアイテムでカバーできるならあるいは……)
少なくともアリシアは不可能だと言った。
それは事実かもしれないし、もしくはまだ知られていないだけでマジックアイテムの力だけでも魔法を使えるのかもしれない。
(またはその事実を向こうは隠したがっているか、だな)
使えないのならそれでもいい。元から宗一は魔法など無い世界から来た人間だ。
しかし仮に後者2つに正答があるならば、手札を1枚握ることが出来る。
この世界では知識・情報といった武器を持たない宗一にとってそれは貴重なアドバンテージとなる。
(この質問はしない方がいいか。その代わり魔力の転換についてはそれとなく聞いてみる必要がある)
宗一は知っている。
殺し合いにおいて相手が知らない武器を持つことがどれだけ有利に立てるのかを。
◇
「どう?少しは魔法について分かったかしら。いくつか聞いていたことがあったし何か気になることでもあった?」
第1回魔法勉強会を終え、そこで得た情報を脳内で整理していた宗一の背にかかる声。
妖艶という言葉を体現したかのようなベアトリスがその手に蠢く“闇”を宿しながら宗一に問いかける。
ベアトリスの掌で揺れる引き込まれそうな黒。中々に非常識な光景だった。
しかしそれでも豊満な母性の象徴の方に目が行ってしまうのは男の性か。
「素晴らしい物をお持ちで」
「それはどっちを言ってるの?」
「気にすんな、どっちもロマンの塊だ」
露骨な視線に気付いたベアトリスの指摘に、尚も宗一は涼しい顔で返す。
ベアトリスからするとからかい甲斐のない反応だ。
ため息を吐いて闇の塊を霧散させる。
「女性には慣れているのかしら?」
「まあそれなりに」
「そういえば子どもがいるんだったわね」
宗一の年齢であれば子どもの1人や2人いてもおかしい話ではない。
だが、それがディボット兄妹と同い年くらいの子どもとなれば話は別だ。
その話に未だに疑念は尽きないが、それでも女性経験値が低くないのは間違いなさそうである。
「そういえばありがとな」
「あら、何が?」
「アリシアを連れてきてくれたのはベアトリスだろ?お陰でスムーズに進んだからな」
「なんのことかしら」
(いい女だなぁ)
惚けるベアトリスに、宗一は声には出さず感嘆する。
恐らく宗一が懸念したリンとリアの孤立を防ぐためにアリシアを同席させたのだろう。
リンとリアはアリシアの手前、必要以上に宗一を邪険にできない。
そうすることで宗一は魔法について円滑に情報を吸収でき、アリシアやレイチェルの中で2人が宗一に大きく敵対していないことを印象付けられる。
(後は俺の態度と努力次第。まあなんとかなるだろ、人に媚びへつらうのは得意だからな)
なんとも情けない言葉を胸中で呟く宗一。
そんな態度では信頼関係を築くのは無理でも、取り急ぎ敵対心を削るのには有効な選択肢だろうと推察する。
「はあ……まったく、話を逸らすのもお上手ね」
「なんのことやら。むしろ視線は逸らすどころか釘付けだ」
「ソウイチの好みに合ったようで何よりね」
聞きたいことを訪ねる雰囲気を作る前に崩されたベアトリスは、そんな言葉を残してその場から立ち去った。