ビックリ箱
投稿が遅れぎみで申し訳ございません。
できれば週に一話は投稿したいんですが……。
ひとまずの指針が決まったところでいざ魔族達が動き始める中、宗一は露骨に嫌がるディボット兄妹を捕獲して再び質問大会を開催しようとしていた。
「何をそんなに聞くことがあるんですか?それともさっき話したこともう忘れました?」
「聞きたいことは山ほどある。魔法なんて俺からすればこんなに好奇心をくすぐるものはないんだぞ?」
「あなたの好奇心なんて知ったことじゃないんですけど……」
が、相変わらず毒舌な兄と黙して語らない妹は宗一に対して非協力的であった。
よほど初対面の印象が悪かったらしい。
「そう言わずにさー、勇者に勝つための礎になると思って頼むよ」
「なんであなたに魔法について教えることが勇者を倒すことに繋がるんですか?」
「だって魔法は人間との戦争で主戦力になるんだろ?使い方や対策を知ってれば効果的に使えるじゃん」
「何度言ったら分かるんですか?バカなんですか?あなたに魔法は使えないんですよ」
「別に使えなくても知ってるからこそ事前策を打つことだってできる。今回みたいにその場しのぎじゃなくて相手を封殺するための策をな。
そのためには魔法の知識を学ぶ必要があるし、その相手には二人が適任だと俺は思うんだよね」
「……どうして?」
言い切る宗一に疑問を感じてリアが首を捻る。
確かにアリシアの臣下の中でもリンとリアは魔法の扱いに飛び抜けて長けている。
しかしそれを知るはずもない宗一がなぜ自分達を指名するのか不可解だ。
リンもリアも見た目は十歳ほどの少年少女に違いなく優秀な魔導師にはとても見えないし、そんな子どもに物を教わろうなどとは普通考えないだろう。
ましてやリアにはいきなり衝撃弾を放った負い目もある。リア自身は反省も後悔もしていないが、多少距離を取られるとばかり思っていた。
「魔法に関して絶対的な信頼をアリシアから寄せられてる二人だ。魔法の知識を学ぶのに師事するにはこの上ない」
リアの疑問に宗一は確信に満ちた声で答えた。
「そう、見えるの……?」
「もう一目瞭然。カイルやレイチェルみたいな猛者を差し置いてその信頼を得てるんだから相当優秀なんだろ」
捉え方によっては白々しい世辞にも聞こえるその言葉は、精神面では年相応の幼さを残す双子の兄妹にはなかなかに効果があった。
親友同士として強い絆で結ばれたレイチェルや代々に渡る王家への忠義を捧げるカイルと同様に、過去アリシアに救われた経緯からディボット兄妹もアリシアへ心酔とさえ呼べるほどの忠誠心を抱いている。
だからこそ宗一の台詞は白々しくとも、“第三者から見てアリシアに信頼されている”という評価は二人の気分を乗せるには充分だった。
「ま、まあ僕らが王宮一の魔導師なのは確かですけど、だからって子どもに教わるなんてプライドはないんですか?」
「リンやリアほどの実力者に教えを請うなら子どもとか年下とか関係ないさ。そんなつまらないものにこだわるなんてバカな話だ」
宗一が口にする掛け値なしの称賛に、先ほどまでつんけんとしていた二人の態度にも揺らぎが見え出す。
嫌悪している人間が相手でも、自らが最も望んでいる評価をしてくれた言葉は、例え強力な魔法を使えてもまだ幼い二人の警戒心を緩めに足るものであった。
「そ、そこまで言うなら仕方ありませんね」
「とくべつ……」
「本当に?ありがとな!」
こうして宗一はディボット兄妹から魔法に関する知識をご教授願う約束を取り付けたのだった。
◇
「今のは何が狙いなのかしら?」
宗一達のやり取りを陰から見守っていたベアトリスは、リンとリアが去ったのを確認して宗一に声をかけた。
突如現れたベアトリスに驚くこともなく、宗一は肩をすくめて答えた。
「別に。ただ純粋に魔法って代物に興味があってな。知的好奇心ってやつだ」
何かを企んでいる様子などおくびも見せない宗一だが、ベアトリスとしてはその一連の言動にどうしても違和感が拭えない。
違和感といっても危険を察知したわけではなく、ただ整合性に欠けているから気になった、という程度なのだが。
「そう、この場で了承が欲しいほどソウイチは魔法に興味があるのね」
「……ああ、そういうこと」
ベアトリスの言葉を受けて合点がいったように宗一は頷く。
多少の皮肉が混ざっているものの、含まれた意味合いを宗一は正しく理解する。
それは「なぜ間もなく魔天楼の者が到着するという今この時に了承を得る必要があったのか?」という問いだ。
「まあ正直な話、正式な顔合わせまでに了承をもらえれば良かったし、絶対あいつらに教えてもらいたかった訳じゃない。断られてもいいから“俺がリンとリアを評価してる”ってことが分かってもらえりゃよかった」
「どういう意味かしら?」
「単純な話だ。いがみ合ってるよりは多少信頼関係を築いてた方が物事はスムーズに進むだろ?」
「ええ、当たり前の話ね」
「優秀な魔法使いなら戦闘でも工作でも作戦の中心を担うことも多くなる。ましてや信頼できる人員が不足してるならエース格の働きを求められたっておかしくない」
「その為にソウイチがリンくんとリアちゃんを評価してるって意識させたのね。少しでも嫌悪感を薄めるために」
「その通り。信頼は徐々に築いていくとして、取り急ぎ敵対心だけは収めてもらいたくてさ。そのきっかけはできるだけ早い方がいいかと思ったんだよ。
まああいつらの魔法の腕を買ってるのも事実なんだけど」
「そうなの?」
「ああ、インテリジェンスやサイレントは実際にかけてもらったけど驚きっぱなしだ。マジですげぇよ」
そう言って笑う宗一の瞳は玩具を与えられた童子のように純粋な輝きを放っていた。
「ところで“マジ”って何かしら?」
「“本当”って意味だ。感激したときに使うといい」
「ソウイチは面白い言葉を使うのね」
「カイルには控えろって注意されたけどな」
「随分と仲良くなったみたいだけど?」
「そう見えるか?できれば徹夜でエロい話に花を咲かせるくらいの関係になりたいとこだ」
「……この世界とソウイチの世界じゃ仲良くなるって意味合いに大きな違いがありそうね」
「んなことねーよ。どんな世界だろうと男は性癖一つで固い友情を結べるもんだ」
「そんな友情見たくないわ……」
「冗談だよ、半分は。話を戻すけど俺はリン達をどうこうするつもりはない。
ただ敵対心や嫌悪感から誘発される不安要素を取り除いておきたいだけだ」
「不安要素?」
「例えば俺の策がうまく嵌まって魔天楼を黙らせることに成功したとする。で、他の魔族から多少なりとも評価をされたとしよう。
それをリン達が受け入れるか面白くないと感じるかで大きな違いが出てくる」
「でもそれはリンくん達に限った話じゃないでしょ?レイチェルちゃんやオリバーだってそう感じるかもしれないわけだし……」
「んーとな、俺の視点じゃなくてあいつら側の立場に立った話をしてるんだよ」
「……意味が分からないのだけど」
「つまりさ俺の評価が上がるのが面白くないと、次第に俺を評価する奴も気に食わなくなる危険があるってこと」
宗一が危惧しているのは子どもらしさからくる嫉妬心でリンとリアが王宮内で孤立してしまう可能性だ。
仮に宗一の株が上がることに不満を抱き、その不満を宗一に向けるだけでは治まらず他の魔族にすら反発して孤立してしまったら?
そういった子どもの嫉妬心を理解して受け止める余裕が、戦争を間近に控えた魔族達にあるか定かではない。
かといって魔族達の信頼を勝ち取らないと生き残るのが難しい宗一からすればリン達の評価を気にして手を抜くなどできるわけもないのだ。
しかし不満を無視し続ければいずれ何らかの形で爆発するだろうし、策の中心を担ってもらう可能性の高い二人が足を引っ張れば国家ごと共倒れの危険さえ招く。
ならばリンやリアと無害等な関係を築ければ無用な不安要素を抱え込む必要はないし、リン達が王宮内で孤立することもなくなる。
となれば戦争の勝率――ひいては宗一が生き残る可能性だって高くなるだろう。
「そういうわけで俺はあいつらの敵対心を薄めたいのさ」
「………ソウイチって」
「ん?」
「なんていうか、面倒見がいいのかしら?」
「あー、まあ昔は兄弟みたいなのがいたし、リン達と同じくらいの子どももいるからな。そのせいじゃないか?」
「ええっ!?ソウイチって父親なの!?」
「しかも二児のな」
得意気に宗一はピースをベアトリスに向ける。
驚愕の事実にベアトリスは疑問を口にすることもできない。
(ソウイチが二児の父親?しかもリンくん達と同い年くらいだと……ソウイチが十九歳だから……え、ソウイチって九歳の時から父親なの!?)
「ベアトリス?何固まってんの?」
ベアトリスを混乱に陥れた張本人はそ知らぬ顔で首を傾げる。
そんな態度に、ベアトリスはこの言葉を返すので精一杯だった。
「ソウイチってまるでビックリ箱みたいな人間なのね」
「そりゃどーも」
果たして良し悪しどちらの意味のビックリかは判別できなかったが、宗一はとりあえず良い意味で捉えることにするのだった。
というわけでなんと宗一は二児の父親です。
が、宗一の子どもがストーリーに直接関わってくることはありません。