謀
短くて中途半端。
申し訳ありません。
魔天楼への対策に頭を悩ませていたはずの会議室はやがて宗一によるディボット兄妹への質問大会となり、次いで宗一の提案した策に怒声と嘲笑が溢れ、それを宗一自身が己の力で覆した今、魔族の誰もが黙してアリシアに判断を委ねていた。
原因は当然ながら宗一が打ち出した反王家派魔天楼員への対抗策にある。
「本当に可能なのですか?」
「現状じゃ最も効果的な手だと思うね。だいたい絶対に確実って言えないのはどんな策謀だって同じことだし」
「……あまりに危険です。仮に失敗すれば取り返しがつかないと思いますが」
「今の状態じゃどんな失敗でも命取りだ。国賓とも言える魔神にサシャみたいなのが付いてる時点で王宮内での王家の力もたかが知れてる。
周囲の圧力であんなのしか付けれないか、信頼できる配下にあんなのしかいないからだろ?」
サシャの挙動不審に対して容赦のない言いようではあったが宗一の指摘はまさにその通りで、後者の消去法でサシャは選ばれたにすぎなかった。それほどまでにジェレミアス王家は力を失い、存亡は風前の灯である。
そんな王家を主と仰ぐ臣下は徐々に数を減らし、次期王家として名の上がるレイアート家にその勢力を取り込まれているのがジェレミアス王家の実状だった。
数少ない情報から状況を正しく認識・把握する能力にはやはり舌を巻くほどだが、それを顔に表さないのは王として最低限の務めだ。
「ソウイチの策は誰より貴方自身に最も危険が伴うことにもなるのですよ?」
「どっちみち俺が死ねばジェレミアス王権も倒れるんだろ?危険は直接か間接かの違いだけだしなぁ」
あっけらかんと自らの死を口にする宗一に誰も異を唱えることができない。
確かに宗一の策が嵌まれば反王家派を押さえ付けることも可能である。
さらにその策を成すために魔天楼――そしてこの世界の誰もが予期し得ない力を有していることも宗一は示してみせた。
それでも尚アリシアが決断できないでいるのには二つの理由があった。
一つは宗一が誰よりも危険な場に立たなければならない、という点。
召喚の儀に失敗した時点で召喚された者を矢面に立たせるという画策は事前にしていた。
ただしそれは相手が難色を示すことも、相手の出す条件を飲むことも織り込んでの話である。
故に見返り一つ求めることのない事態は想定しておらず、それどころか自ら進んで命を懸けようとする姿勢にアリシアだけでなくこの場に同席している魔族全員が一種の痛みを味わっていた。
まるで自分達の意地の悪さを責められているかのような痛みを。
そして二つ目。
それは目の前の青年が正義感や善意だけで躊躇いなく危険の前に躍り出る人間ではないことだ。
これまでの宗一の言動からアリシアは彼をそういう人間だと理解していたし、それは間違いなく正しい。
宗一は自分の目的を第一に行動する人間であり、自己犠牲の精神など持ち合わせていない。
そんな人間の内心を読み取れずして策の中心を任せるのは王家派が負うリスクも大きくなる。
『心音の指輪』で宗一に反意がないことは確認できているが、いざ策を実行に移すとなった時に宗一が臆病風に吹かれて裏切りに走ることも考えられるのだ。
「俺が出せる案はこれくらいだな。他にいいアイディアがあるならそっちに乗るけど?」
しかしアリシアが思案する最中、水を向けられてもそれに応えられる者はいなかった。
高いリスクを伴えど、それに成り代わる策を提案できないほどに宗一の対抗策は効果的な一手にしか思えない。
「……分かりました。ではソウイチの案を骨子として魔天楼への対策を練ることとします」
逡巡の後そう決断したアリシアを誰が責められようか。
不安要素を抱えたままながらでも宗一の策に乗らざるを得なかったのだ。
反王家派の訪城まで一刻の猶予もない状態では直ぐに基本方針を決定しなければならず、また宗一の立案及び論理は一分の隙も感じさせぬほど正論であり、さらに事前の調査で敵意を持っていないと判断できたことも決断への後押しとなった。
だが、いつかアリシアがこの時を回顧しても、到底宗一の真意を暴くことなど出来なかったと結論付けることだろう。
事実、後にアリシア達がこの策に潜む宗一の企みの全貌を知った際、誰もが宗一には未来を見通す力があるのだと口を揃えるほど彼を称えた。
それすらも宗一の企みだということに誰一人として気付けないままに。
なぜなら宗一の企みは彼女達にとって全くの見識外な思考であり、見抜けという方が酷な話であった。
アリシア達はただ偽物の魔神と反王家派の対面をいかに誤魔化すかに重きを置いており、
僅か一手で反王家派を抑え込み、
同時に反抗勢力を排除する口実を産み出し、
勇者との戦いに向けた布石を打ち、
アリシアに戦うための覚悟を求める。
それらを、そしてそれ以上の事すら見据えた采配など埒外も甚だしい。
窮地に立たされたジェレミアス王家を救い、人間との戦争に光明をもたらさんとする宗一の一手は、魔族達の目にはあたかも神の御業の如く映ったという。