蠢き
前話投稿後、初めて感想をいただきました。
感謝感激であります。
しかし久々の投稿の割りに短い……本当に短い。
こんなチマチマ&スローテンポな投稿で、いつになったら完結まで辿り着けるのやら。
「お待ちしておりました、ソウイチ様」
広間へと続く長い廊下の中程で待ち構えていたカイルが恭しく頭を下げて挨拶をする。
事情を知らないサシャの手前というのもあるのだろうが、何となく面倒事が起こったのだろうと宗一は察する。
「サシャ、ここからは彼に案内してもらう。俺が呼ぶまで下がっていろ」
「は、はい!畏まりましたっ!」
ビクビクと肩を震わせながらサシャが元来た廊下の奥に消える。
サシャを追い払ったのを確認してから小声でカイルに尋ねた。
「何があったんだ?」
「少々面倒なことになった。魔天楼の貴族が魔神への面会を願っていてな」
「顔合わせまでは時間があるって聞いてた気がするんだが」
「無論、正式なものではない。だが魔天楼の申し出を無下にするわけにはいかないのだ」
「その“魔天楼”が何なのかは後々聞かせてもらうとして、要するに事情を知らない奴が来るからそいつの前で魔神っぽくしてればいいわけ?」
「まあそう言うことだ。ソウイチが失態を犯さないよう、我々も可能な限り手助けを行う」
「そりゃ頼もしいね」
一度喉を鳴らした宗一は改めてカイルに向き直ると、先ほどのカイルに倣うようなお辞儀をみせた。
「ひとまずはこんな感じで如何かな?カイル殿」
宗一が見せた礼は姿勢も所作も間も、文句のつけようがない完璧な“礼”だった。
思わずカイルは感嘆の声をあげる。
「……ソウイチに礼儀作法の心得があるとは驚きだ」
「俺は礼儀を重んじる国の生まれだからな。使う機会はほとんどなかったけど」
即座に恭しい態度を崩した宗一の言葉に説得力は皆無だったが、それでも礼儀を心得ているのは事実なのだろうとカイルは納得した。
「とてもそうは思えん言動の連続だったがな……」
「普段から畏まるのは性に合わないもんで」
「だが今は我慢してもらおう」
「オーケー」
「おーけー?」
「了解した、って意味だ」
「できれば元の世界の言葉を使用するのも控えてもらいたいものだが」
「善処はする」
怪訝そうな顔をしたままのカイルを置いて、宗一は広間に向かう。
その三歩ほど後ろから付いてきたカイルは、何かを思い出したように口を開いた。
「ところで、先ほどの娘はなぜ真っ青な顔をしていたんだ?」
「さあ?心臓に悪い冗談でも信じ込んだんじゃないか?」
「……程々にしておけよ」
カイルの忠告に、宗一は肩を竦めて応えた。
◇
ジェレミア城の広間には肌を刺すほどの緊張感が張り詰めていた。
それもそのはず、フィガード王国の政治の実権を握っている魔天楼から直々に2名の貴族が宗一との面会を求めてきたのだ。恐らくは反王家派の企みだろう。
例を見ない申し出ではあるのだが、現在のジェレミアス王家と魔天楼の力関係を考えれば無下にはできない。それがたとえ、反王家と言われている貴族派からの申し出でだと解ってはいてもだ。
こちらが晒す手札は最低限に抑え、いかに煙に巻く為にはどういった対応が望ましいのか。
アリシアが頭を悩ませていると、苦悩の一因である宗一が姿を見せる。
「お待たせ致しましたアリシア様。本日はどの様なご用件でございましょう?」
「「「………」」」
敬意を払って下げられた頭と共に発せられた言葉に、アリシアを含めその場にいた魔族全員が凍りついた。
そんな空気を無視して宗一の口は尚も回る。
「如何なさいました?盟友たる我らの固い絆を前にしても易々“以心伝心”とはいかない故、やはり言葉にして意思の疎通を明確にしておいた方が後々禍根を残すような事態を避けられるのではないかと思いますが」
「……あの、どなたでしょうか?」
たまらずそう尋ねたアリシアだったが、それは無理もない、というのが臣下一同の思いだった。
それほどまでに昨日の宗一と今目の前にいる宗一の姿がかけ離れていた。
言葉遣いは元より、きちんと正装に身を包んだ宗一は一端の貴族に見えなくもない。
仮にこれが初対面で名のある家の出だと言われれば何ら疑うことなく信じる者が大多数だろう。
「おお、なんとも豪胆な。アリシア様にとっては一介の魔神など記憶にも留まらぬ矮小な存在であると。人間達との戦争に向けこれ以上無いほどお心強い言葉にございます」
「今しがた悪ふざけも程々にしろと申したはずだが?」
「即座に止めるから背中に剣を突き付けるのはよせ」
「鞘には収めているが?」
「ついでに殺気も納めてくれる?」
更に言えば宗一とカイルの距離の近さも気になった。
昨日の段階でもカイルは宗一をある程度認めていたが、それを差し引いてもカイルが僅かながら心を開いているのはアリシアにとって驚きである。
アリシア、そしてジェレミアス王家への忠義が高いことで知られているカイルだが、同時にその気難しさも魔族の間では有名だ。そんな彼がこうも打ち解けていれば、宗一によって籠絡されたのではと勘繰る噂が立つのも自然なことである。
が、少なくともアリシアにはそのような歪な関係ではなく、まるで旧知の友人同士が軽口を交わしているように感じられた。
これまで義に生きてきたカイルに親友と呼べる存在がいれば、きっと宗一と交わすような応酬を目にする機会が多くあったのではないだろうか。
「それで早速魔神の振りをしなきゃいけないみたいだけど」
「え、ええ……」
思考が脱線したところでいきなり素の状態に戻った宗一に話しかけられ、その落差の大きさにアリシアは戸惑う。
やはりこの砕けた態度が宗一の自然体らしい。
「今のも自分なりに魔神っぽさを意識してみたんだけどどうだった?」
「……率直に申し上げれば、魔神というよりも気位の高い皮肉屋の貴族のようでした」
「手厳しい……そして例えが具体的すぎる」
まさか魔王にツッコミの才能があるとは、などという宗一特有の理解不能な台詞は捨て置いてアリシアは話を進める。
「ギリアム派の魔天楼員が此方に到着するまであまり時間がありません。至急対策を練ります」
「魔天楼だのギリアム派だのワケ分からん単語が続出だな」
「宗一と言葉を交わす時の我々もそれと同じ心境だと理解しろ」
「そりゃすまなかった。俺ならそんな奴との会話は放棄するよ」
「此方としては放棄されると困るのですが……」
「さすがにこの状況ではしないって。もう俺達は一蓮托生なんだし、勝って生き抜くためには全力を尽くすさ」
再びアリシアには理解不能な元の世界の単語を駆使する宗一は、音が鳴った腹部をさする。
「ただ、できれば何か腹に入れながらで頼むわ」
全く悪びれず言い放たれたその言葉に、先ほどまで緊張感が漂っていた広間は、魔族達のため息で埋め尽くされた。