付き人2
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サシャ・セノクエルは自分に任された責の重さに押し潰されそうになっていた。
その理由は眼前の扉の向こう側に鎮座しているだろう魔神の存在である。
魔神――それは人間との戦争に勝利をもたらす英雄、英傑、救世主だ。
なぜ半人前以下の給仕である自分がこれほどの大物の付き人に任命されたのかまるで意味が分からない。
だが、仮に魔神の気分を害し命を奪われたとしても文句の一つも許されないだろう。魔神の前では自分の命など塵芥に過ぎない、ということだけは理解していた。
「起こしに来たけど寝てたらどうすればいいの……?安眠を妨げたせいで殺されるかも……で、でもアリシア様がお待ちになってるって言うし……!」
扉の前でぶつぶつ呟く姿は不審者そのままであった。
やがて覚悟が決まったのか、起こす気があるのか疑うほど静かに扉をノックする。
「そ、ソウイチ様。お目覚めになられていますでしょうか……?」
此度召喚された魔神の名を呼びかける。既に起床していたようで間を置かずに返答があった。
「誰だ?」
たった一言。
敵意も殺気も含まれていないはずの一言はしかし、剣を首筋に突きつけられているのではないかと錯覚するほど冷たく鋭利な響きを宿していた。
「わ、わたくしはソウイチ様の付き人をさせていただく下級魔族のサシャと申します」
折れそうになる心を使命感で奮い立たせなんとか前以て考えていた名乗りを上げる。
「それで、どうかしたのか?」
魔神はサシャに興味などない口振りだが会話は成立するようだ。それだけは救いである。
「アリシア様がお呼びですのでお迎えに上がりましたっ!」
この言葉さえ伝えればあとは広間まで案内するだけだ。そう思うと自然と声が大きくなってしまう。
しかしそうは問屋が降ろさなかった。
「ああ、そう。じゃあ着替えるからそこで……いや、やっぱり入ってきて」
「ふぇっ!?そそそそんな、ソウイチ様のお部屋にわたくしごときが恐れ多い!」
「取って食ったりしないから。むしろここで言うこと聞かない方が反抗の意思ありと……」
「失礼致しますっ!」
死への恐怖で反射的に魔神の住まう部屋に足を踏み入れた。
中にいたのは黒髪黒瞳の青年。珍しい、自分と同じ黒髪に少なからずサシャは驚いた。
そして何よりその青年がなんの変哲もない、そこら辺の町にでもいそうなほど普通の青年だったことに驚く。
事前に言われていなければ彼が魔神だと見抜くのは不可能だろう。
そんな魔神から課せられたのはアリシアの前に出るのに適した服装を選べ、というものだった。
理不尽な命令じゃなかったことに安堵しつつ、失敗したら殺されるのではないかという恐怖で目の前が滲んだ。
無言で放たれるプレッシャーも、戦いに慣れていない給仕職のサシャには堪えた。
それでもなんとか王宮の正装に沿った衣装を選び出して事なきを得た。部屋を出た途端に腰が抜けそうになったが。
しかしすぐにソウイチ・タカムラという変わった名の魔神は部屋から出てきた。まともに心を落ち着ける時間を与えてくれないらしい。
おまけに腹も減っているという。小腹が空いたから、なんて理由で魔力を吸い取られるのではと思いながら聞いてみれば、魔力ではなく普通の食事を求めているようだった。
どうやら宗一の住む世界では魔力補給の形態が異なっているらしい。話が魔石にまで至ると、宗一は意味ありげに呟いた。
「魔石、か」
「魔石をご存じないのですか?」
「いいや。だが俺の住んでいた所では魔石の数が僅かでな。俺の魔力を補うには全然足りなかった」
魔石が足りない。
その言葉の意味を理解するのにサシャはしばしの時間を要した。
魔石とは質にばらつきはあれど、ほぼ無尽蔵に魔力を放出する鉱物だ。魔族の中で最も消費魔力の多い竜種ですら採掘途中に出る欠片で十年はその魔力を補える。
裏を返せば並みの上級魔族なら魔石一つで生涯魔力に困ることはないのだ。
だというのに、サシャの前にいる魔神は魔石の一つや二つでは一日の空腹を満たすにも足らぬと切って捨てたのだ。
「さ、さすがは魔神たるソウイチ様……拳ほどの大きさでも竜種の魔力を十年は補える魔石がいくつあっても足りないとは……」
それだけでも口にできた自分を褒めてやりたいとサシャは思う。
宗一の語る内容はそれほどまで現実離れしたものだった。
しかしそこでサシャはとある違和感に気付いた。
宗一の魔力があり得ないほど低いのである。先ほど初対面で普通の青年に見えたのもその魔力の少なさにあった。
サシャはインプという小悪魔である。
戦闘には向かない小柄な体、人間と変わらない膂力、魔力値が低い種族として知られる。
そんな自分と魔力量に差がない魔神など存在するのだろうか。
そんな疑問を見抜いたかのように、会話の合間を縫って宗一が問いかけてきた。
「あ、そうだ。聞きたいことがあるんだよ」
「は、はい!何でございましょう!?」
「サシャから見て、俺の魔力ってどう?」
「あの……どう、とは?」
「竜種を凌駕するような魔力を持ってるように見えるか?ってこと」
なんとも答えづらい質問に言葉が詰まる。いったいどう返答するのが正解なのだろうか。
いくら考えてみてもサシャの脳裏に窮地を脱する台詞は浮かんでこなかった。
「え゛っ……それはそのぉ……あ、溢れ迸るほどにぃ……」
「言っておくが俺は嘘をつく奴を見るとくびり殺したくなる」
「わたくしとあまり違いない魔力量だと思いましたっ!命だけはお助けください!」
サシャは直立不動でそう答える。殺されるのだけは絶対に勘弁してほしかった。
しかし宗一はサシャの返答に気分を害した様子はなく、沁々と呟いた。
「なるほど……俺もまだ未熟だな。『抑え込んだ魔力を下級魔族に感じ取られるなんて』」
気に留めるのが難しいほど何気なく放たれた言葉に、今度こそサシャの口と表情は凍りついた。
実力を持つ魔族ほど魔力を抑制し、気配を悟らせないことに長けているのは、魔族なら子どもでも知っている。同様に、サイレントの魔法を使いでもしない限り、その気配遮断はどうやっても完璧には行えないことも、魔族なら常識である。
上級魔族であれば魔力の抑え込みに長けると同時に魔力量の高さから少なからず魔力は滲み出てしまうが、それほどの魔族となれば当然ながらサイレントの魔法など片手間で行使できる。自力での魔力遮断は意味も効果も薄い。
故に大きな力を持つ魔族は通常時、一定以上の魔力を常に放出している。無論それは本当の実力の一端に過ぎずそれだけで相手の力量を推し量ることは不可能だが、それでも大抵は一見して上級魔族だということは隠しきれない魔力ですぐに分かる。
だから魔力遮断はあくまで魔力の最小値を見せるのではなく最大値を隠すために行われているのだ。
だが魔力遮断に長けていればいるほど、それも実力の高さを証明する手段に他ならない。
こうして姿を見、会話もしているのだから宗一がサイレントを行使していないのは一目瞭然。
だとすればこの魔神は竜種をも軽々と超越した魔力を、己の力のみで下級魔族と同等まで抑え込んでいるのだ。
どれだけの才があれば
どれだけの修練を積めば
どれだけの死を振り撒けば
何を犠牲にし、何を得ればその領域に到達することが可能なのか。
サシャは否応なしに認めるしかなかった。
ソウイチ・タカムラという魔神は、途方もない高みに存在する、正真正銘の怪物なのだ、と。
この『付き人2』を含め、投稿してから気づくミスが多すぎる……。
修正だけ出来ればいいんですが、方法が分からず改めて投稿する形になってしまってしまい申し訳ありません。
PV数稼ぎになってしまうので、こういった修正の方法は今後控えていきます。