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魔王の救世主様  作者:
11/24

乾杯の音色



 女性陣が顔を付き合わせて宗一について頭を悩ませている頃、当の本人はいきなりトラブルに見舞われていた。


「そこの2人組、ちょっと待ちな」


 露店を冷やかしている内に路地裏に出た宗一の前に立つ影がひとつ。

 獲物を狙うような目つきにまた厄介事が起きたのだと察する。

 カイルはため息をついた。


「貴様は疫病神の遣いか?」


「そんなもんになった覚えはないな」


「ではなぜ早速喧嘩を売られている?」


「俺が知るか。治安のせいだろ」


 言葉を交わしながらも互いに相手の姿からは視線を外さない。

 身長は目測でおよそ2メートル。

 全身は緑の鱗に覆われ、爬虫類特有の細長い枝分かれした舌をチロチロさせながら、二足歩行のトカゲは表情筋が存在しないはずの顔を器用にもにやつかせていた。


(さすがファンタジー。トカゲの癖に服まで着てるし)


 などと宗一は呑気な感想を抱くが、立ちはだかるトカゲの手にはククリナイフに似た湾刀が握られている。

 そのトカゲの男は腕に自信があるのか数的不利にも関わらず宗一達を舐めきっていた。


「いいモノ持ってんな。オレに譲ってくれよ」


「喋れるのか」


「あん?」


「なんでもねぇ。いいモノってこれのことか?」


 宗一は右手の人差し指にはめた指輪を見せる。

 それは城を出る際に受け取ったマジックアイテムだ。

 どんな効果があるのか宗一は知らないが、仮にも一国の王から授かったのだからそれなりに価値のある代物だろう。


「そうそう、それだよ。素直に渡してくれりゃ痛い目に遭わなくてすむぜ?」


「うーん、そうだなぁ……」


 隣ではカイルが不逞を働く輩に対して今にも斬りかかりそうになっているが、宗一はそれを右腕で制した。

 そして小声で耳打ちする。


「まあ待て、俺にやらせろ」


「……なんのつもりだ?」


「俺の実力を図るにはいい機会だろうが。ヤバかったら助けろ」


 一歩踏み出してそう言った宗一は楽しむような口振りだった。

 確かにカイルとトカゲの力量差を鑑みれば宗一が致命傷を負う前に割って入ることは可能だ。

 ならばここは宗一の口車に乗ってみるのも一興だろうとカイルは判断する。


「わりぃがこれはやれねーや。その代わりに俺の靴の裏の味を教えてやるぜ」


「……ほー、魔導師のくせにサシでやろうたぁ見くびられたもんだぜ」


 ローブを目深に被った宗一の出で立ちはどうやら魔導師に見えるらしい。

 この世界の常識からすれば魔導師が1人で接近戦を行うなど、よほどの実力差がない限り無謀としか言えない。

 トカゲ男の言葉通り見くびっていると思われるても仕方のないことだろう。


「安心しろよ、俺は魔導師じゃねえ」


「そのナリでか?じゃあテメェは何者だってんだ?」


 宗一は不敵に言い放つ。


「救世主だよ」


「ハッ、馬鹿が!」


 振り降ろしによる斬撃。

 魔族は全般的に人間より高い身体能力を誇る。

 トカゲ男――リザードマンの攻撃も例外ではなく、その斬撃速度は人間では達人と呼ばれる者にしか到達しえぬ速さだった。


 だが宗一はそれを右半身を下げるだけでその場から動かずに避ける。

 振り切られた位置から手首を返して真横に払われた2撃目もスウェーでかわした。

 この攻防を嫌ってかリザードマンが間合いを取る。


「……今の動き、全くの素人ってワケでもねぇみてぇだな」


「アンタこそ追い剥ぎなんぞに落ちぶれるには勿体無いんじゃね?」


 それが宗一の素直な感想だった。

 呼気と筋肉の動きから攻撃のタイミングが読み取れたため回避は可能だったが、太刀筋そのものは元の世界でも目にしたことがないほどだ。


 もしかしたらこの程度は魔族にとって平均的なのかもしれないという考えが宗一の頭をよぎる。

 だとしたら戦闘で生き抜くのは愚策だろう。


「ふん、次は本気で行くぞ」


「そいつは勘弁だっ!」


 2度目の交戦は宗一が仕掛けた。

 それに気付いた瞬間、既に宗一はリザードマンの間合いの中にいた。


(なんだとっ!?)


 リザードマンは驚愕する。

 自分が反応できない一瞬で間合いを詰められている事実に。


 その速度は目で追えない程ではない。

 しかし体は迎撃の体勢を整えることはできなかった。

 宗一の拳がリザードマンの顎を捉える。


 ゴン、という鈍い音と共にリザードマンの顔が跳ねる。


「――かってぇ!」


 すぐさま距離を取った宗一はリザードマンを殴った右の拳をプラプラさせていた。

 リザードマンの全身を覆う鱗はまるで厚い鉄板を殴ったような感触だった。

 動作を確認すれば幸い骨に異常はなかったが、打撃技では到底倒せないと結論付ける。


 それは正解である。

 殴られたリザードマンにダメージは殆どない。

 あくまで肉体的には、だが。


 相手の動きに反応できず急所に攻撃を受けた。

 その事実はリザードマンの心に動揺と恐怖を生む。

 もしあの一撃が拳ではなくナイフだったら、自分は絶命していたはずだ。


 ナイフさえあれば眼前の相手はきっと自分の鱗など突き破るだろう。

 リザードマンは本能的にそう感じた。

 この男が放つ殺気がそう感じさせた。


「殴ってちゃ勝てなさそうだ。ちょっとスタイル変えるぜ」


 打撃ではダメージを与えられないと判断した宗一は先程までとはうって変わって慎重にじりじりと間合いを縮めていく。

 時に体の位置を入れ換えながらその距離は1メートルまで近付く。


 痺れを切らし先に動いたのはリザードマンだった。

 最速の攻撃を最短距離で叩き込もうとした右の刺突は、しかし宗一の左手で手首を掴まれて空を切る。

 そして右手で襟首を掴まれたかと思うと世界は一瞬で反転した。


「ぐはっ!」


 浮遊感を味わった直後にリザードマンを襲ったのは背中への尋常ではない衝撃。

 突きを繰り出した威力と速度を殺さぬまま地面に叩き付けられたのだ。


「じゃーな」


 酸素を求めて大口を開けたリザードマンの顔面を、宗一は全力で踏みつぶした。

 意識を失う中でリザードマンは自分が投げられたということを理解した。













「いやー、ここの食べ物も捨てたもんじゃないな」


 大衆食堂での料理を堪能した宗一は膨れた腹をさすりながら満足そうに息を吐いた。

 西部劇の酒場もかくやという雰囲気の食堂で振る舞われる料理はどれも宗一の下を楽しませるには充分だった。

 高級料理の細やかな味わいなど微塵も分からない宗一の大雑把な舌とここの料理の相性は非常によかったようだ。

 その分を支払わされるカイルからすれば恨み言の一つも出るというものだが。


「食い過ぎだ馬鹿者」


「いいじゃんか。自腹じゃなくて経費だろ?」


「経費というのは国民の税金だ。無駄に使っていいものではない」


 宗一の指摘は的中していたが、カイルの言い分も尤もであった。


「元の世界の政治家に爪の垢を煎じて飲ませたくなる台詞だな」


「……お前の世界ではそんなものを食べるのか?」


「喩えだから引くんじゃないよ」


 食べ終えた皿を下げに来た店員にサトンという柑橘類に似た果物のジュースを二人分頼む。酸味と甘味が程好い爽やかな味わいのジュースだ。

 もちろん口にしたのは今日が初めてだが、いつか実物も食べようと早くも宗一は心に決めている。


「これで終わりにするからそんな顔するなって」


 呆れ顔をしたカイルに弁明をしてみるが、そんなものは何の効果もない。宗一が飲み食いした量を鑑みれば当然であろう。


「最後と言いつつ二人分頼みおって」


「あん?カイルの分も頼んだんだから当たり前だろ」


「何?」


 カイルが心底意外そうな反応を見せる。

 宗一からすればその反応こそ意外なのだが、これも魔族と人間の確執が原因なのかもしれない。


「好きなんだろ?サトンジュース」


「……なぜそう思う?」


「露店回ってるときは何も口にしなかったのに、ここに来て最初の注文の時に頼んでたじゃんか」


「喉が渇いていたから適当に頼んだだけだ。別にサトンジュースを飲みたかったわけではないぞ」


「『経費というのは国民の税金だ』って言い切るくらい無駄遣いを嫌う奴がその税金で適当に物を頼むとは思えないけどな」


「それは……」


「いやいや、そんな図星突かれましたみたいな顔しなくても。むしろ好ましい姿勢だと思うけどね、俺としては」


 そう言って宗一は運ばれてきたサトンジュースを一つ、カイルの前に置いた。

 カイルはそれに手をつけず、しばしジュースが入ったグラスを見つめてから宗一に尋ねた。


「お前は魔族が怖くはないのか?」


「少なくともカイル達は良い奴そうだから怖がる必要はないわな。町の魔族も気さくな人?が多いし」


 あっけらかんと言い放つ宗一に、しかしカイルは衝撃を受けた。

 人間が魔族を怖くないと、それどころか親しみを向けている。

 俄には信じられない話だが、事実目の前の宗一はどの魔族に対しても恐怖や嫌悪、敵意などの感情を見せていない。

 むしろ積極的に関わりあっていた。


「リアに魔法を撃たれてもそう言えるのか」


「リア?……ああ、あの金髪の爆弾娘ね。まあアイツの立場を考えたら仕方ないんじゃねーの」


「あれを仕方ないと切って捨てられる感覚が俺には理解不能だ」


「育ってきた環境の違いだよ」


「先程柄の悪いリザードマンにも襲われたが」


「あれはじゃれ合いみたいなものだろ。むしろちょっと楽しかった。しかしトカゲがマジックアイテムを欲しがるとはなぁ」


「追い打ちをかけておいてそんな感想か」


「靴裏の味を教えるって言っちまったからな。俺は有言実行の男だ」


「まさかそれだけの為に?」


「あれでも手緩いくらいだぜ。やるなら徹底的にやらないと」


 まったく悪びれる様子もなくアイツ頑丈だったよなぁと宗一は漏らした。

 宗一の経験ではあの投げ技だけでも相手を殺すことはできる。

 おまけに前歯が砕けるほどの威力で顔面を踏み降ろしたにも関わらず生きていたのだから、その防御力と生命力の高さに感嘆するしかない。


「お前は一体どんな世界にいたのだ……」


「落ち着いたらその内話してやるよ。とにかく俺には魔族を毛嫌いする理由はないな」


「……人間は例外なく魔族を嫌うものだと思っていたが」


「人間だから好き、魔族だから嫌いって割り切れるほど感情って簡単じゃないだろ。人間同士、魔族同士でも嫌いな奴ってのはいるだろうし、ならその逆があっても不思議じゃない」


「そういうものか」


「そういうものだ。ま、新参者の俺が言えることじゃないかもしれないけどな」


 宗一はグラスを手に取ってカイルに向ける。


「なんだ?」


「乾杯だよ。もしかして知らないか?」


「聞いたことがない」


「元の世界じゃ祝いの席なんかでグラスを軽く打ち鳴らすんだ。“乾杯”って言いながらな」


「だが祝う事など無いぞ」


「元の世界にはこんな乾杯の台詞があるんだよ」


 ごほんと咳払いをしてから宗一はグラスをカイルへと差し出す。


「俺達の出会いに乾杯、ってな」


「出会い……」


「一緒に勇者を倒すんだろ?なら今日は俺にとって戦友との出会いの日なんだよ」


「……本当におかしな奴だな、お前は」


 苦笑ではあったが、カイルは初めて見せた笑顔と共にグラスを宗一に向ける。


「「乾杯」」


 キン、と甲高い音が食堂の喧騒に紛れて響いた。













 宵闇も深まりソウイチが眠りに就いた頃、広間ではカイルによる報告が淡々と行われていた。

 その内容は淡々とはほど遠いものだったが。


「――以上がソウイチ・タカムラの調査報告になります」


 カイルの言葉が広間に木霊する。

 報告と同時にリンが遠視の魔法で記録していた宗一の様子が虚空に写し出されていた。

 その報告と映像を受けて誰一人言葉を発しないのは、魔族なら誰もが持つ人間への価値観をことごとく覆されたからである。


 人間が自分達魔族に好意を向けている。

 共に命を賭けて戦う戦友だと言うのだ。

 魔族達はそれに対してどのように反応すればよいのか誰にも分からなかった。

 しかしいつまでも無言でいては話が進まない。


「……我々に恐れをなして媚びているだけではないのか?」


 突破口を開いたのはレイチェルだった。

 否定から入るのは宗一への警戒心からだが、その口調はどこか弱々しい。


「それは考えにくいと思うがのぅ。リザードマンとの戦闘は恐れを抱いたままできる動きではなかったぞ」


 オリバーの反論に誰も言葉を返せない。

 いつもであれば単純思考の発言に多数の突っ込みが入るのだが、それが出来ないほどオリバーの指摘は的確であり、魔族を恐れていないことを宗一自身がはっきりと証明してみせたのである。

 レイチェルの口調が弱々しいのもそれが原因だった。


 リザードマンは全身を硬い鱗で覆われ、またその膂力は人間を大きく上回る。一対一では並みの騎士などでは相手にならない。

 そのため二人以上の前衛が囮となって時間を稼ぎ、後衛の魔導師が魔法を打ち込む、というのが人間側の基本的な戦術である。

 もちろん勇者や優秀な騎士、魔導師であれば単騎での撃破は充分可能だ。

 しかし……


「まさか素手でリザードマンを叩き伏せるなんて……」


 感嘆したようなアリシアの声。

 宗一は武器も使わずリザードマンを倒したのだ。

 それも相手を遊ぶかのような余裕を見せて。

 本人の言葉を借りれば「ちょっと楽しかった」というが、あの戦闘を見せ付けられればその言葉が嘘でないことが嫌でも分かった。


「しかしあ奴の戦闘方法はなかなか興味深いもんじゃ。特に最後の投げ技は見たことが無い」


 回避の仕方、間合いの詰め方など気になる所はいくつかある。

 その中でも最もオリバーが目を引かれたのは体格も筋力も上回るリザードマンを投げ飛ばした技だ。

 計算されたかのような無駄のない動き、掴まれれば抵抗できない流れるような体捌き、そしてリザードマンを叩き伏せるだけの威力。


 魔法と武器による戦闘が主体になっているこの世界では、素手での戦闘はほとんど発展しておらず、宗一が見せた柔道紛いの投げ技もオリバー達には新鮮なものとして目に映る。


「そして容赦もないな」


 顔面を踏みぬかれるリザードマンを見ながらレイチェルが呟く。

 死んではいないが回復にはしばらく時間がかかるだろう。


「とにもかくにも『心音の指輪』にも反応がありませんでしたのでソウイチの言動はほぼ真実かと」


 カイルの言葉に臣下達にざわめきが広がる。

 宗一に取り込まれたのではないかと疑いを向けていた臣下達も、なぜ堅物で知られるカイルが人間を肯定的に捉えているか理解した。


『心音の指輪』とは対象者が嘘を吐くと青から赤に変色する、王家に伝わる二輪一対のマジックアイテムだ。

 これをはめれた者はどれ程些細な嘘でも隠し通すことはできない。

 それほどの物を持ち出したが故に、カイルも宗一が真実を語っていると認めたのだ。


 魔神の代わりに召喚されたのは魔族を恐れずに好意を向け、勇者を倒すための戦友だと宣い、魔法を回避したかと思えばリザードマンを単独で打ち倒し、おまけに相手の心を見透かすほど頭も回る人間。

 魔族は、そして恐らく人間側も、そんな人間が存在するなど想像したことすらないだろう。


 しかしそれがソウイチ・タカムラという男なのだということを、やがてこの世界の者達は知ることになる。

 こうして数多の波紋を残して、宗一の異世界生活一日目は幕を閉じた。



ようやく一日目終了。

各話短めとはいえ少しテンポが悪いですね。

もっと読みやすく書けるよう頑張ります。

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