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魔王の救世主様  作者:
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未知の人間



 凹凸が目につく均された程度の畦道を駆ける馬車、土が付いたままの野菜を竹籠に背負って歩く女性、動物の干し肉らしき物を売り捌く露店商、騒がしくそこら中を走り回る楽しげな子ども達。

 活気溢れる通りを行き交う大勢の魔族を見て、宗一は感嘆の声をあげた。


「思ってたより普通だなぁ」


「お前はどんな想像をしていたんだ」


「常に陽は昇らず禍々しい空気が漂い、秩序もなく血の臭いと暴力が蔓延る殺伐とした大地かと思ってたな」


「……」


 悪びれることもなくそう口にする宗一にカイル――今の見た目はどこにでもいそうな青年だが――は押し黙ったまま怪訝そうな顔を向ける。

 文句の一つでも言われるかと思っていただけに予想外の反応だった。


 宗一とカイルの二人が連れ立って訪れているのは魔城ジェレミアの城下町・アグノーツである。

 魔神のために用意されていた部屋があまりにも絢爛豪華かつ広すぎて落ち着かなかったので変更してもらうことにしたのだが、その間に時間をもて余すのも何なので少々無理を言って外出することにしたのだ。

 本音を言えば城内を散策したかったのだが、全く情報がない状態で彷徨くほど宗一は命知らずではない。不用意に顔を晒せないという理由もあった。

 城から出てくる際もリンの「本当に消え去ればいいのに」という台詞と共に『サイレント』の魔法をかけてもらい、気配どころか姿さえ消して脱出する徹底ぶりだ。


 まあそれは城下町に出向いても変わらず、宗一は紺色のローブを目深に被っている。傍目には男か女かも分からない。

 これでは逆に怪しくないかと思ったが、町に出てみれば宗一と似たような出で立ちの魔族も多かった。というか尻尾が生えている者、爬虫類のような肌をした者、空を飛んでいる者などインパクトの強い魔族が多すぎてローブごときでは目立ちようがない。

 対してカイルはマジックアイテムでその姿をどこにでもいそうな青年魔族に変えている。麻の上着に革のパンツと靴という簡素な服装だ。

 魔王アリシアに仕える騎士として知名度も高く民衆に人気もあるカイルは気軽に出歩くことは出来ないのだという。

 ちなみに「そんな便利なものがあるなら俺にも使わせてくれ」と宗一も頼んではみたのだが、マジックアイテムは魔法を使える者にしか効果は発動できないということで仕方ないと諦めた。


「んじゃ市井調査といきますか」


「何を調べるつもりだ?」


「目についた物を色々。まずは食い物だな」


「遊びに来た訳ではないのだぞ」


「分かってるって。千里の道も一歩から、ローマは一日にしてならず。これも勇者御一行を倒す一歩になる」


「お前が何を言っているのかさっぱりだ」


「いずれ分かるさ。あ、おっちゃん、その串焼きちょうだい」


 さっそく露店に並ぶ宗一を見て、カイルは苛立ちながらも懐から財布を取り出すのだった。













 アリシアの自室には彼女が特に信頼を置く女性陣が集結していた。

 主従関係ではあるが公の場ではないので少々ながら砕けた空気が流れている。彼女達のことを知らない者が見れば、年齢の差こそあれ仲の良い友人同士に見えるだろう。

 ただし、その表情はあまり芳しくない。理由は他でもなく宗一が原因だった。


「困りましたね……」


 頬に右手を添えながらアリシアがそんな言葉を呟く。それに同意してレイチェルとリアが頷いた。


「運動能力と洞察力は優れているようですが、結局は人間です。戦力として期待はできませんし人間だとバレればギリアム派を筆頭に大人しく黙っているとも思えません」


 レイチェルが言うように、最大のネックは宗一が人間である、という点なのだ。

 元より魔神を喚べなくとも召喚された者を矢面に立たせて、そこに注意や攻撃を集中させようと『召喚の儀』に踏み切ったのである。

 それがいざ召喚してみれば魔族の宿敵である人間が現れたのだ。アリシア達の思惑はいきなり暗礁に乗り上げてしまった。


「でもいいじゃない、多分ソウイチって普通の人間じゃないわよ?使い道はあると思うけど」


「普通じゃないから危険なのだ。人間側の間諜かもしれんのだぞ」


「それは難しいです。たとえ魔族の手引きがあったとしても『召喚の儀』に割り込むのは……」


 レイチェルの意見にリアが異を唱える。宗一を警戒していることに変わりはないのだが、それが儀式自体に工作を仕掛けた結果かと問われれば否と言わざるを得ない。

 魔神は喚べなかったものの儀式そのものは成功していたのだから、宗一は純然に儀式によって召喚されたと考えるべきだろう。

 加えて言うならば“他者の魔法に割り込む魔法”などリアは知らないし聞いたことも無かった。


「むぅ……」


「私もソウイチが間諜とは思えません。異世界の人間だという言葉を鵜呑みにはできませんが」


「結局静観するしかわよね。本人から監視を付けていいって言われているんだし」


「私はやらないぞ!アリシア様の護衛があるからな」


「わたしも嫌です」


「ならあたしが立候補しようかしら。人間ってどんな感じなのか興味あるのよね」


「ふん、不埒な理由だ」


「ソウイチに関してはひとまず人間であることを意識しないようにしましょう。彼にはこれから魔神になりきってもらわなければいけないのですから」


「はい、アリシア様がそう仰るのならば」


「それが賢明かしら。それと立候補の件は忘れないでね、アリシアちゃん」


「…………」


 レイチェルとベアトリスが肯定を示す中、俯いたままのリアにアリシアが首を傾げる。


「どうかしたの?リア」


「おかしな疑問かもしれませんが……」


「何かしら?」


「……あの人って本当に人間なんでしょうか?」


「「「………」」」


 リアが漏らした言葉に一室の空気が固まる。それはあの場にいた魔族の殆どが考えた事であった。


「リアちゃんはソウイチが魔族だと思ってるの?」


「確かに中々の身のこなしではあったがあれはまだ人間の範疇内の動きだ。魔力に関しては完全にゼロだったし……」


 “あれ”とはリアの衝撃弾を回避した動きのことだ。あのタイミングで避けられるかは別にして、見せた動きそのものは人間が到達できるレベルだとレイチェルは判断していた。

 しかしリアは首を左右に振って続ける。


「衝撃弾を避けたからとか魔力のありなしじゃなくて……感じたことのない空気をまとっている気がします」


 再びアリシア達は口を閉じた。リアの指摘は、実のところ全員が感じているものである。

 ただの人間でも、勇者のそれでも、ましてや魔族とも異なる独特の空気。張りつめたかと思いきや、次の瞬間には緩んでいるような……。


 掴み所がなく、しかし嫌でも感じ取れるほどの威圧を持ち、正と負、善と悪が渾然一体となった、言葉では言い表せそうもない空気の持ち主。


「もしかするとあれが『異世界の人間』なのかもしれません」


「どちらにしてもカイルは貧乏くじを引いたわけですね」


 こちらの思惑をすべて見透かすような男が見せた背筋の凍る笑みを思い出して、レイチェルは心中で今まさに宗一と行動を共にしているカイルに憐れみの篭った祈りを捧げるのだった。




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