プロローグ
高村宗一が目を開けると、そこは石造りの薄暗い空間だった。
地下なのか窓の類いは一切無く、光源となっているのは石壁に備え付けられた燭台に灯る無数の蝋燭の炎と足下で薄紫に光る幾何学模様だけである。
(……は?何これ)
よく見れば宗一を囲むように描かれた幾何学模様は淡く煌めく粒子を放出していた。
蛍光塗料ではこんな光り方はしないだろう。
何か特殊な技法があるのかもしれないが、その原理は想像もつかない。
(っていうかこれは何事?)
今の今まで自室で寛いでいたのに、気が付いたら見知らぬ場所で突っ立っていた。
記憶も途切れていなければ、何かきっかけとなる出来事があったわけでもない。
本当につい今しがたまで宗一は自分の部屋に居たはずなのだ。
それが瞬き一つした瞬間に全く見知らぬ光景が目の前に現れた。
普通ならこれだけでも相当異常な出来事だが、しかし自体はそれだけに留まらない。
足下には原理不明の光る紋様。さらに――
(人の気配……はいいとして、殺気が半端ねぇな)
姿は確認できないが、暗がりの向こうからは宗一に突き刺さるような殺気が向けられている。
少しでも不審な動きを見せた瞬間に仕掛けてくる可能性も高い。
(不用意に動くのは得策じゃないな。こんな濃密な殺気を当ててくる奴らを相手取るのはごめんこうむる)
正確な力量は計れないが、殺気を放てる人間が素人のはずがない。
ましてや質量があるのではと錯覚するほどのものとなれば相当の実力者と考えるのが妥当だ。
おまけにそんな馬鹿げたレベルの人間が複数いる。
多対一の状況でそいつらに抵抗の意思を見せるなど自殺行為に他ならない。
そう判断した宗一は幾何学模様の中心に突っ立ったまま周囲から情報を探ろうとする。
(俺がいるのは台……というか祭壇?高さは3メートルに少し足らないくらいか。背後は壁、遮蔽物は無し、武器になりそうな物も無い。ここから戦闘開始ならほぼ詰みの状態だぜちくしょう。しかし祭壇の上で光る模様に包まれてるとかファンタジーの定番っぽい展開だな。ファンタジーとかよく知らねーけど)
などと考えていると、足下の光が段々と弱くなっていく。
それに伴って周囲の殺気と警戒心が増していくのを宗一は肌で感じた。
(ちょっと理不尽すぎじゃないか?まあ慣れてるけどさ)
状況が全く飲み込めない中で、恐らく自分をここに招いたであろう相手側から容赦無く叩きつけられる殺気。
そんなあまりにも自分らしい事態に、宗一は思わず苦笑を浮かべるのだった。