私メイドですけど!?〜替え玉令嬢の大変な一日〜
「こうです、こう!」
今日も、私はマリアンナ様にダンスを教える。
「ええー? こう?」
「違います。こ、う!」
マリアンナ・マクスウェル公爵令嬢は王太子様の婚約者。将来の王妃に相応しい女性になるべく猛勉強中だ。
しかし、なんとも器用ではなく、物覚えもよくない。
私はマリアンナ様に仕えるメイド、ノア。
マリアンナ様の教育は王妃教育の係が行う。しかしそれだけでは全く覚えられないので私がいつも講義後の予習復習を担当している。
ただのメイドがそこまでやる必要はない。しかし、私にはある野望がある。
絶対に王妃付きの侍従長になってやる!
平民ながら王宮で良い暮らしをしてやるのだ!
そのために王妃候補のマリアンナ様にお仕えし、後押しをしてきた。めでたく婚約され、あと一歩で王妃の側近メイド。あとは出世の階段を駆け上がれば良い。
私は王妃教育の手助けができる様、必死にあらゆる勉強をした。死ぬ気でやり続けた結果、今では全て教えられるレベルだ。
だからマリアンナ様の信頼も厚い。あとはこの方が本気になってさえくれれば……。
「もう疲れましたわ〜。ノアちゃん、休憩しましょう」
「マリアンナ様! もう少しだけ! これだけやれたらお茶をご用意しますから」
「もう無理よ〜」
なんせ生まれつきのご令嬢。苦労なんてしたことがない。その家柄と美貌で王太子様と婚約したところまでは良かったけれど、実務能力まるでゼロ。
本当に手を焼いている。
「……では、休憩にしましょう」
本当は、焦らなければならないのだ。
来月の「婚約の儀」では王太子様と二人だけでダンスを披露する。それから他国の王族との社交パーティー。その高度な会話に耐えられる教養が必要だ。最低限これらを身につけなければならない。
まったく、公爵家は十七年何をやってきたのか……何もしなかったからこうなのか。
私の教育は続く。
「いいですか、我が国の同盟国は皇国で、帝国は敵対国です。今は休戦中。ここは絶対に間違えないでください」
「ええ〜、似たようなものじゃない〜」
「戦争起こしたいんですか!」
ずっとこの調子。疲れた。
でも私がやらねば誰がやる。根気よく、根気よく。
*
そして、婚約の儀が間近に迫ったある日。
「失礼いたします」
マリアンナ様の自室に入る。今日は法学の追い込みだ。
しかしマリアンナ様がいない。
はて? この時間、他にご用事があっただろうか。
ふと鏡台を見ると、一枚の紙が置かれている。
『もう無理です。婚約の儀が終わるまで遊んできます。 マリアンナ』
「に、に、逃げた〜!?」
私は大急ぎで使用人たちに伝える。
全員で館の中も外も探し回る。しかし、マリアンナ様はみつからなかった。
馬車が一台ないので、結構遠くまで行かれた可能性が高い。
「公爵閣下、これこれこういうことでして、マリアンナ様を指名手配してくださいませ!」
仕方がないのでマリアンナの父、公爵閣下へ報告&依頼。
「むう……我が娘が逃げたなどと公にするわけにはいかぬしな……」
公爵閣下も、本番での失敗のひとつやふたつは覚悟していても、まさか逃げるとは思っていなかった様だ。
「厳しく……しすぎましたかね……」
本気で取り組んでいるようには見えなかったが、マリアンナ様なりに限界まで頑張っていたのかもしれない。
「いや、わしがこれまで甘やかし過ぎたのだろう。ノアよ、お前はメイドを越える働きをしてくれておった」
ほっ、私に怒ってはいなかった。
「もったいないお言葉にございます」
「しかし、最も近しかった者として責任は取ってもらわんといかん」
「はい?」
イヤな予感。
「お主、背格好、マリアンナと似ておるな。髪も少し明るくすれば近い」
「えーと、まさかの?」
頷く公爵。
「ノア・ローデンよ! マリアンナになり代わり婚約の儀を乗り越えよ!」
「やっぱりー!!??」
*
えらいことになった。
「はいー、マリアンナちゃーん。こっち向いて」
メイド仲間のエマが私にドレスを着せている。
「うるっさいわねえ。二人きりならノアでいいでしょ」
「だめよー。今日はマリアンナ様だからねあんた」
今日は、婚約の儀、当日。
公爵は、あのあと内密に王へ話を通してきたとのこと。
王太子の婚約者が逃げたとあっては国の恥。王も二つ返事で替え玉オッケーだったらしい。
なんて国だ。
確かに王妃教育は完全にマスターしているし、他に適役は思いつかない。
でも私平民のメイドですよ?
「はい、あとはお化粧ね」
「自分でやるわ、それくらい」
マリアンナ様の身だしなみは私だって担当していた。
「あらー、使用人の仕事取っちゃダメよ、公爵令嬢サマ」
「ぐぬぬ……」
いいようにおもちゃにされながら、私のマリアンナ化ができあがる。
「どう? 案外よくない?」
鏡の前でくるっと回ってみる。
「いや。これ相当イケてるって。遠目にはわからないわ。親しくないと近くでもわからないんじゃない?」
公爵にもご覧いただく。
「いかがでしょう、公爵」
「ふむ……。ごきげんよう、お父様と礼をしてみなさい」
「はい。ごきげんよう、お父様」
スカートをつまんでカーテシーをする。
「見事な所作ではあるのだが……なーんか違うんじゃよなー」
「そりゃまあ、実際マリアンナ様ではありませんし……ああ」
満面の笑顔でスカートを少しガサツに掴んでオーバー気味に礼をする。
「ごきげんよ〜、お父様〜」
「そうそれ! これ! これがマリアンナ! やればできるではないか」
マリアンナ様に仕えてはや四年。毎日見ていればこれくらいは余裕。
「……今日は外交の場。マリアンナ様になりきらなくともよろしいのでは」
直訳するとお前の娘そのままだと失礼なんじゃないのと言っている。
「ま、まあ、そうかもしれん。とにかく粗相のない様にな」
「善処いたします」
とはいうものの、どうなることやら……。
マリアンナ様よりは上手くできるんじゃないかなーとは思うが、さすがに不安でいっぱいである。
*
「グラハム王太子殿下のご入場〜!」
今日の主役の名がよばれる。
王族の正装に身を包んだ王太子様が悠然と歩く。
この後に私の番だ。
「マリアンナ・マクスウェル公爵令嬢、ご入場〜!」
練習通り、練習通り……。
背筋を伸ばし、平静を装うすまし顔、視線は前方やや下。腕は少し広げた形で肘を曲げ、前方で組む。右手で左手首上を握る。
あたりは見ない。一歩ずつ着実に。
人生で最高の緊張。冷や汗も流してはいけない。平常心。
おそらく周りには数百人の貴族。全員私くらい吹いて飛ばせる地位の人々。これを今日一日全員騙さなければならない。
「噂と少々異なりますな」
「やはり他人の評などあてにはならぬのでは」
嫌でも耳に入るヒソヒソ話。
しゃーないでしょ本物じゃないんだから!
「なんと美麗な……」
「歩くだけで人はこうも美しく見えるものか」
ん? あれもしかして悪評ではない?
マリアンナ様……あなたの評判……。
目的地に到着。王太子の横に並び立ち、足を揃える。
カツーン、とヒールの音が鳴り響いた。
「王太子殿下、ばんざーい!」
「王国に繁栄あれ!」
「王太子妃、バンザイ!」
それを合図とばかりに、拍手と万歳が一斉に巻き起こった。
ふ〜、とりあえず凌いだわね。
「ご苦労であった。相当研鑽を積んだ様だな」
王太子殿下が声をかけてくる。
「ありがたきお言葉にございます」
無難に返答する。
ひえ〜、平民から見たら何階級上の人なんだろう。直接喋ってしまった。
あれ、そういえば王太子様は私がニセモノって知ってるんだっけ?
知らなくて、バレたらクビと胴がさようならする、イヤな展開が頭をよぎる。
今はそんなこと考えてる場合じゃない。平常心、平常心……。
しばらく、見てるだけのイベントが続き――ついに来た。王太子と婚約者のダンス。
そもそもそれほど難しい内容ではない上に、マリアンナ様に教えるために一万回は踊ったのでさすがに大丈夫だろう。
音楽が流れ、王太子様が私に手を差し伸べる。私はその手を取り、初めてまともに王太子様の顔を見る。おおお、近っ。
堂々とした振る舞いに見合う、凛とした顔立ち。
武勲の誉も名高い第一王子、グラハム・フォン・ヒッテンドルフ様。
ダンスのエスコートも力強く、自信にあふれ、完璧である。きっと優雅に見えているはず。
これなら、大丈夫。
薄い笑顔を絶やさず、踊り続ける。
曲の半ばに差し掛かった頃。
少し油断していたら、王太子様のリードが変わった。
激しく、鋭く、緩急がつく。
いきなり、なに、なにしてんのこの人!
必死についていく。
カッ、カカッと靴がなる。余裕がない。
王太子様のリードで手を引かれ、されるがまま二回鋭くターンして腕の中に倒れ込む。そのままポーズ、でフィニッシュ。
「おおー! お見事!」
「ブラボー!!」
巻き起こる大歓声。
ぜー、ぜー。なんとかなった……。
息が上がってしまった。
そりゃ国の行事でこんな本気ダンスする人いないだろうから、見てる方は面白かったろうよ!
やってる方は死ぬかと思ったけどな!
「やるではないか。その方、名は」
婚約者の名を改めて聞くでない。空気読めー。
知ってたのか知らなかったのかわからないけど、いやー、これはもう完全にバレてるな。
「マリアンナ・マクスウェル、ですわ。……今は」
「フッ、そうか」
口元を緩める王太子様。
こんな顔して笑うんだ。初めて表情を崩しているところを見た。
「今宵は楽しめそうだ」
なんかまたイヤな予感がする……。
*
儀式は終わり、パーティの時間に。
国内はもとより、各国の重鎮が集まる。
「なに、普段の通りで良い」
私が何者か知ってか知らずか、王太子が声をかける。メイドの普段の通りだと給仕する側なんですけど? ほんとにいいの? よくないでしょ、ねえ。
「はい、王太子様」
そんな内心は微塵も出さず、王子の腕を取る。主役として最後に入場する。いちいち注目される演出、やめてほしい。まあ、そのための日なんだけれど……。気苦労で今日だけでだいぶ老けたんじゃないだろうか。
ここが今日の最難関。嫌でも色んな人から話しかけられるはず。あらゆる話題を無難に終わらせなければならない。
あっ、給仕にエマいる。駆り出されたか。
「これはお美しい方を射止められましたな、グラハム卿」
ものっすごく偉そうな知らないおっさんが寄ってくる。
「ありがたきお言葉です、皇帝閣下」
同盟国のトップきたー! いきなりきたー!
さすがに手に汗が。
ご挨拶、ご挨拶……。
「お初にお目にかかります、ヨーゼフヴァルト皇帝閣下。マリアンナ・マクスウェルと申します。貴国におかれましては先般の諸国会議でのご活躍、ならびに南方の平定、一層のご繁栄を聞き及んでおります。我が国のことの様に嬉しく存じます」
「ほう、その若さでよく余の国の事まで押さえておるな」
「寡聞の身に恐縮でございます」
……なんとかなった!? 言いすぎたか!? もっと可愛い事言うべき!? どうなのそのへん!?
とにかく知識はある。あとはどう出すか。バランスが難しい。
「おう、帝国の若いの。お前もこの様な娘を娶れると良いな!」
皇帝陛下が通りかかった若者を呼び寄せる。
王太子様より少し若いだろうか。私よりは上か。
帝国の、ということは敵対国の使者。
「ふん。グラハムよ、貴公は女にうつつを抜かしておる場合か? 休戦の中だから祝いに来てやったが、早晩妻を泣かすことにならなければ良いな」
うわーこれはめんどくさい。こんなとこでケンカ売るなっつーの。
「その様なご心配は無用だ、ジード。貴様、我が妻が羨ましくてたまらんのであろう?」
私の肩をぐいっと引き寄せる王太子様。
おいこら、こっちもケンカ買うなっての!
ジード、ジードね。えーと。帝王の息子か。
「これは我が主が失礼をいたしました、ジード・グランベルム殿下。せっかくお越しいただいたのですから、我が国の名産、白葡萄のワインを振る舞いたく」
にこやかに、しかし堂々と割り込む。
私の意図を察したエマがサッとグラスとボトルを持ってくる。いよっ、プロだね、エマ!
「ほう、貴公自ら注ごうというのか」
「はい、ぜひ開けたばかりの最高の一杯をお楽しみください」
コルクをキュッと抜き、ボトルの向きを整える。サーブのためのナプキンを添え、グラスに注ぐ。
「ほう」
手つきの良さに周りの方々が軽く驚く。
ふっふっふ、本職メイドのサーブをなめてもらっちゃ困る。こちとらこれでメシ食っとんじゃい。
「皆様も、ぜひ」
半ばヤケクソで周りのみんなにも注いで回る。
周りに人だかりができ、ごちゃごちゃになる。これでうやむやにする。
「貴国にもなかなか骨のある女性がおるものだな」
皇太子も毒気を抜かれたようだ。
よかったよかった。
*
宴のあと。
王宮前で来賓を見送り終えた。
「ご苦労じゃったの」
王が私に声をかける。
おっ、これはお役御免!? 合格? 合格ですか!?
「不肖の身ながらお役に立てたのであれば幸いでございます」
「良い働きであった。褒美をとらさねばな」
王はそう言って王妃と共に王宮に戻っていく。
さーて私も帰るかー。コルセット苦しすぎるんじゃー。
「おい、お前はどこの家の娘だ。マクスウェルの令嬢にできる真似とは思えぬが」
王太子様が声をかけてくる。
「本日は大変ご無礼を致しました。王の命により代役を務めました、ノア・ローデンと申します」
「ローデン? 我が国にその様な貴族がいたか……?」
「僭越ながら、平民でございます。マリアンナ様付きのメイドにございます」
あーもう招待バラしてもいいだろ、さすがに。王様も認めてくれたし。
「なんと!? そなた平民なのか!? それであの所作振る舞いを!?」
替え玉は気づいていても、さすがに平民と婚約ゴッコしていたとは思っていなかった様で、驚く王太子様。
「はっはっは! これは愉快。久しぶりに愉快だぞ! 気に入った。よし、ノアよ、お前我が妃になれ!」
「はぁ?」
いかん、素がでてしまった。
「何もならぬ女を娶るなど気も乗らなかったが、貴様であれば面白そうだ。平民としてマクスウェル家に勤めているのならば家人になってしまえば釣り合いも取れよう。我が取り計らおう」
なんてこと言い出すのこの人。身分ロンダリングかい。人のことなんだと思ってんの。
「いや、あの、あー、さすがにほら、実家の両親にもそういうのは確認取らないと……」
「そうか、道理だな。よし、ならば我も参ろう」
本気かこの男。
*
「お母さーん」
久々の実家。畑で見かけた母に声をかける。
「あら、ノア。どうしたの急に帰ってくるなんて。あら、あの行列は、お貴族さまかい?」
「あー、後で話すから。お父さんもいる?」
「家にいるよ。……あんたお貴族さまになんかやらかしたんじゃないだろうね」
なんか、どころではないのだが、順を追って話すべきだろう。
「じゃあ、すぐいくからお父さんと家で待ってて。……できるだけいい服着といて」
一旦母と別れ、車列に戻る。
「ほう、本当に平民なのだな」
「貴族だったらそんな嘘つきませんわ。ほんっとーに、よろしいのですか?」
間違いなく、王太子様が来る様な家ではない。
「お前の家なのだろう? 構わん。よし、参るか」
しばし歩き、家に到着。
「ただいまー。ちょっと、お客さん連れてきたから、失礼のない様にね」
命が惜しければ、とは言わないでおく。
「お、おう。久しぶりじゃねえかノア。どうしたってんだい」
お父さんが、一応一張羅を着て待っている。
「失礼する」
王太子と、護衛がぞろぞろと入ってくる。
「ええと……こちらはグラハム・フォン・ヒッテンドルフ王太子殿下。私と、その、結婚したいそうです……」
『はぁ?』
見事に父母の声がハモる。
気持ちはわかる。
「うむ。楽にせよ。お前の娘は面白い。気に入ったので我が妃に迎えることとした」
「ええと、つまり……?」
だめだ、お父さん頭追いついてない。
「私、王太子妃になるらしいです!」
「お、おうたいしひ……」
あっ、お母さん泡吹いて倒れた。
「大丈夫か? 形式的にマクスウェル公爵家に入ることにさせてもらう。だがお主らも当然我が父母として扱おうぞ」
「王太子サマの父母!? 王様といっしょ!?」
あっ、お父さんも泡吹いて倒れた。
二人とも急な話すぎてすまぬ。私がいちばん驚いてるから。
「よし、では城に戻って手続きを進めるぞ。おい、ご両人を介抱差し上げよ」
王太子は部下に命じて泡吹いてる両親を介抱させる。
「また今宵も酒を注いでもらおう。今宵こそ祝杯だ」
こりゃ覚悟決めるしかないわねー。侍従長目指してたはずなのに、王太子妃とはねえ。
「給仕はお任せください、得意ですから!」
二人を乗せた車列は、ゆっくりと王宮へ戻って行った。
お読みいただきありがとうございました。
こんなメイドがいてもいいじゃない、と、気軽に読めるお話に戻ってみました。
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