第5話(セディリオ王子視点)
ルミーナ・エルファリア嬢が、わたしの隣に座るようになってから、まだ数日。
それなのに――目が離せなくなっている。
彼女はいつも完璧だ。
貴族より貴族らしい言葉遣いと所作。
平民であるはずなのに、まるで上流社会で磨かれてきたような気品。
だが、それだけではない。
(誰に対しても、態度を変えない)
講師にも、平民の同級生にも、近づいてくる貴族令嬢にも。
彼女はいつも同じ微笑みで、柔らかく、でも決して甘すぎず――距離を保つ。
そして時折、ふとした瞬間に、表情の奥に“孤独”が見える。
(あの目は、ずっと一人で何かを背負ってきた人の目だ)
完璧であろうとする姿。
誰にも甘えず、自分を律する姿勢。
それなのに、時折見せる、話しかけたときの“ほっとしたような笑み”。
その全てが、胸に残った。
彼女の話には深さがある。
風の魔法の仕組みについて語ったときも、歴史の授業後の一言も、
どれもが、自分の考えを持っているのだと感じさせた。
――わたしは、そんな人を知らない。
誰もが王子として扱うこの世界で、
彼女だけが“わたしの目”をまっすぐ見て話す。
(惹かれる理由なんて、言葉にはできない)
(でも、彼女のそばにいたいと思ってしまう)
その気持ちを抱いたことに、戸惑いながらも――わたしは確かに、今、恋をしている。
けれど――
視線を少し横にずらせば、そこにはフィアナがいる。
わたしの婚約者。公爵家の令嬢であり、誰よりも理知的で、誇り高く、優しい人。
(わかっている。彼女を、ないがしろにはできない)
(公爵家の後ろ盾は、王家にとっても必要だ。けれど、それ以上に――)
彼女は、何よりも“人として美しい”。
そんな彼女を、軽んじるような真似はしたくない。
フィアナを裏切るような選択をするなら、わたしは――自分自身を嫌いになるだろう。
(……なのに、なぜ彼女ではなく、ルミーナに惹かれてしまうんだ)
この想いは、王子としてふさわしくない。
でも、止めることもできない。
わたしは静かに視線を落とし、手のひらを握りしめた。