第4話
日が落ちる頃、学院の裏庭には誰もいなかった。
魔法障壁が張られた温室のそば、人気のない通路に足音はない。
わたしはそこに立ち、静かに指先をかざした。
周囲の気配を確かめ、薄く唇を動かす。
「……“白羽”より、“梟”へ。応答を」
魔力の波が一瞬、空気を震わせた。
応答の気配はすぐにあった。
《応答確認。“白羽”、現在の進捗を報告せよ》
幻糸通信――魔法による極秘連絡手段。
王族に恨みを持つ者たちの影のネットワーク。
わたしはその“歯車”のひとつとして動いている。
「接触は順調。第二王子との関係構築、想定より早い。
引き続き好印象を維持し、次段階へ進行可能」
《よろしい。“仮面”を崩すな。目的は“破棄”だ。王子の感情を誘導し、騒動を起こさせよ》
「了解。次回の報告は五日後」
連絡が途切れると、わたしはふうと息を吐いた。
(これで、いい。順調。感情を混ぜなければ)
でも――浮かんでしまう。あのまっすぐな蒼の瞳が。
セディリオ・リュゼルト・グランベリウス。
思っていたよりも優しくて、真っ直ぐで、真面目で。
(……ずるいわ、あんな人)
任務を遂行するのは、復讐のため。
でも、“あの人”だけは――ただの標的じゃない。
わたしは顔を上げる。
夜の空に、満月が静かに浮かんでいた。
「ダメよ。情は捨てる。あの時、誓ったじゃない――家族を殺された日、泣くことをやめたの」
けれど、風が吹いた。
温室のガラスに映った自分の顔に、わたしは知らず目を伏せる。
“天使”の仮面は完璧。
でも、その奥でわずかに、少女の心が揺れている。
(――こんなはずじゃなかった)
(それでも、進まなくちゃ。これは、わたしの復讐だから)