第1話
鏡の中に映る自分を、わたしは無表情に見つめていた。
淡く輝く銀髪、透き通った碧の瞳。
純白のケープに、小さな花のブローチ。
清楚で、儚げで、誰もが「守ってあげたい」と錯覚するような“外見”。
――これが、今日からの“仮面”。
王立アルセレナ魔法学院。
貴族の子女と、選ばれた才能のみが集うこの場所に、
平民出身のわたしが“特待生”として入るのは異例中の異例。
けれど、それこそが計画の要だった。
王家に近づき、第二王子の信頼を得て、婚約破棄を起こす。
王族を混乱させ、信用を失墜させる――それが、わたしに課された“任務”。
(演じなさい、エルネスタ。今日からあなたは“ルミーナ”)
(誰よりも美しく、誰よりも優しく、誰よりも――完璧に)
講堂に一歩踏み入れた瞬間、ざわめきが起きた。
「綺麗……」「平民なのに、あれは……」
「まるで妖精……いや、天使……!」
期待と羨望と、混ざった視線が降り注ぐ。
けれど、心は一滴も揺れない。
こんなものは、わたしにとって――“演目の観客”でしかない。
壇上に進む足取りは、完璧にコントロールされたものだった。
笑いすぎず、怯えもせず。
守ってあげたくなる距離感と余白を、正確に計算する。
「ごきげんよう。わたくし、ルミーナ・エルファリアと申します。
本日より、皆さまと学びを共にできますこと、光栄に思いますわ」
予定通り。拍手と感嘆が返ってくる。
少しだけ微笑む。ほんの数秒だけ。
それ以上は“完璧すぎる”と警戒される。
少しだけ不安げな表情も、織り交ぜて。
(……次は、王子)
視線を上げれば、王族席に座るひときわ目立つ青年と目が合った。
蒼い瞳。優しすぎるほどの瞳。
思った通り――感情が顔に出やすい人だ。
そして、その隣にいるのが――
(あの子……公爵令嬢、フィアナ様)
(……やっぱり。あの目、あの気配、覚えてる)
わたしの秘密を知っているかもしれない唯一の人。
そして、今でも“あの夜”のまなざしを、持っている。
ルミーナの仮面が、彼女にどこまで通じるか。
それは、今後次第だ。
わたしは静かに一礼し、壇上を降りる。
静かな息を吐いて、心の奥で呟いた。
(始まったわ、復讐劇)
(この学院全体を“舞台”にして、わたしは――すべてを演じてみせる)