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第11話

午後の授業が終わった直後、教室の扉を開けたとたん、廊下の空気が少しざわついた。


「……あれ、セディリオ王子とフィアナ様?」


「ルミーナ嬢を……待ってる?」


 周囲のささやきが聞こえる。


 


 確かに、扉のすぐ外に、セディリオ殿下とフィアナ・ノアール様が並んで立っていた。

 王族と次代を継ぐ公爵令嬢――そんな二人が、わたし一人のために訪れてくるなど、前代未聞だ。


 


「ルミーナ嬢。少し、お時間いただけますか?」


 王子が笑顔でそう言った。

 その声はやさしくて、けれど真っ直ぐで、断る余地などなくて。


 


「殿下、どうか静かに……ご学友の注目を浴びすぎてしまいますわ」

 フィアナ様がくすりと笑いながらささやく。


「……ごめん、つい。でも、ちょっとだけ、付き合ってもらえたらうれしいな」


 


 差し出された手に戸惑いながらも、わたしはそっとうなずいた。


 


「……はい。喜んで、お供します」


 


 教室の視線を背中に受けながら、わたしはふたりに導かれるまま廊下を歩く。

 向かったのは、普段は生徒が足を踏み入れることのない――学園の最上階。


 


「ここは……?」


「“王族専用の控え室”みたいなところ。生徒にも滅多に教えない場所なんだ」


 王子の言葉に、フィアナ様がそっと補足する。


「殿下のご許可がなければ誰も入れませんわ。でも今日は……特別です」


 


 重厚な扉が静かに開かれる。


 中には、静謐な空間が広がっていた。

 陽光を透かすステンドグラスと、上品なカーテンの揺れ。

 白を基調としたソファに、薔薇の香りが漂う空間。


 


「どうぞ、お入りになって。今日は、ルミーナ嬢を“おもてなし”する日ですわ」


 


 促されて、わたしはその部屋へ一歩、足を踏み入れた。


 その瞬間、教室とはまるで違う空気に包まれる。


 静かで、あたたかくて、守られているような空間。

 わたしは、ほんの少しだけ――心の仮面を緩めてもいいのかもしれない、と無意識のうちに感じてしまった。


ーーーーーーーーーー



 サロンの奥に設えられたテーブルには、淡い色のティーカップと銀のケーキスタンドが並んでいた。

 フィアナ様が淹れてくれた紅茶は、ほんのりバニラの香りがして、

 それだけで少し、心が落ち着いた気がする。


 


 焼き菓子を一口つまみながら、三人でいくつかの話題を交わしたあと、

 セディリオ王子がふと、穏やかな声で尋ねてくる。


 


「……ルミーナ。あの後、何か言われたりしてない?」


 


 その一言に、鼓動がわずかに速まる。

 わたしのことを、ずっと気にかけてくれていたんだ――その事実に、少し胸が熱くなった。


 


「いいえ。もう何も……殿下とフィアナ様が、助けてくださったから」


 


 そう言うと、セディリオ王子はふっと息を吐いて、ほんの少しだけ、肩の力を抜いた。


 


「それなら……本当によかった」


 


 その言葉に、まるで家族を安心させたような、あたたかさがあって――

 わたしは、どうしようもなく心を揺さぶられてしまう。


 


 けれど、どうしてだろう。

 こんなに優しい時間の中にいても、心の奥が少しだけ痛む。

 だから、わたしはぽつりと口を開いた。


 


「……おふたりは、すごく社交的ですね。誰とでも、自然に話せて……」


 言いながら、カップを両手で包み込むようにして持つ。


「わたしは……誰かと笑って話したあとは、決まってすごく疲れてしまうんです。

 上手く話せているふりをしても、内心は緊張でいっぱいで……」


 


 こんなことを打ち明けたのは初めてだった。

 でも、ふたりは驚くことなく、やさしく頷いてくれた。


 


「わたしも同じよ」

 フィアナ様が微笑む。


「人と接するときは、いつも“完璧な私”を演じているもの。

 本音なんて、そうそう簡単には出せませんわ」


 


 そして、セディリオ王子が少し照れたように笑いながら言った。


 


「多分、そういう内気な貴族って少ないよな。

 王族の中でも……俺だけだと思う」


 


 その言葉に、くすっと笑ってしまう。

 けれど、その笑顔はどこか優しくて、親しみがあった。


「じゃあ、三人とも……同じですね」


 


「ふふ。“秘密のサロン”で交わした、秘密の告白。

 これは三人だけの、内緒ね?」

 フィアナ様が冗談めかして言う。


 


 セディリオ王子も笑い、わたしもつられて微笑んだ。

 その空気は、柔らかく、あたたかく、まるで本当の“友達”のようで――


 


 セディリオ王子がふと、わたしを見つめる。


 その視線に、戸惑いと……何か強い感情が宿っているのを感じた。


 


(この子は――繊細だけど、弱くない)


 言葉を選びながら、それでも自分の想いを伝えようとするその姿に、

 傷ついても笑おうとする強さに、セディリオ王子の心が静かに揺れ動いていた。


 


(守りたい、なんて簡単な言葉じゃない。

 この手で、そっと触れられるような存在になりたい……

 でも……でも……フィアナを裏切ることはできない。

 それに王族じゃなくなった俺がルミーナを幸せにできるのか……?)




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