第10話(フィアナ視点)
ふわり、と。
ルミーナが私の胸元に顔をうずめ、そっと――でもしっかりと、抱きしめ返してくれた。
その瞬間、胸の奥が熱くなった。
あたたかい。
細くて儚げな身体から、こんなにも強い力が返ってくるなんて。
演技のふりをしていたのは、私の方だったのかもしれない。
(嬉しい……)
心の奥で小さく震える声がした。
その感覚は、遠い昔の記憶を呼び起こす。
あの夜。
街角で悪漢に絡まれていた私を救ってくれた“彼女”。
銀の剣を抜き放ち、私を後ろにかばってくれた“無名の騎士”。
目が合ったとき、すべてが奪われたような、そんな感覚。
……今、私の腕の中にいる少女と、あのときの“騎士様”が重なる。
同じ人じゃないかもしれない。
でも、瞳の奥に宿る強さが、まるで同じ。
(やっぱり――あなたなの?)
確信も証拠もない。ただ、心が叫んでいる。
あの人を、もう一度見つけた気がするの。
あの日、恋をしたあの瞳に――もう一度、出会えた気がして。
抱きしめる腕に、ほんの少しだけ力がこもる。
ルミーナの髪が、頬にかかる。
ほんのり甘い香りがして、呼吸を忘れそうになる。
「ルミーナ嬢……」
このまま、名前を呼んで、もう一度抱きしめたい。
あの時言えなかった“好き”を、今ここで伝えてしまいたい。
でも、それはできない。
(あなたには、目的がある。王子様がいて、秘密がある)
それを壊すようなこと、私にはできない。
そのとき、王子が間に入って言った。
「ねえ、俺も混ぜてくれないかな?」
思わず、くすっと笑ってしまった。
まったく、この人は――空気を壊さない、絶妙なタイミングで入ってくる。
「殿下はずるいですね。こういうときだけ、素直に甘えてくるんですもの。
殿下はダメです。いまは“乙女たちの時間”ですので」
そう言ったとき、ルミーナが、ほんの少しだけ笑った。
それが――愛しくて、愛しくて、たまらなかった。
(好き、だよ)
言葉にすることはできないけれど、
この胸の奥に渦巻く想いは、確実にその名を持っている。
あなたが王都を去るとき、私のこの想いは、どこへ向かうのだろう。
“騎士様”への恋と、今この“あなた”への想いが重なって、
私は、もう後戻りできない。
どうか――
ほんの少しでも、あなたの笑顔の記憶に、私が残っていられますように。