第9話(セディリオ王子視点)
フィアナの腕の中で、ルミーナが小さく震えていた。
その細い肩をぎゅっと寄せるように、フィアナが抱きしめる。
見ているこちらが胸を打たれるほど、やさしく、美しい光景だった。
そして次の瞬間、ルミーナの腕がフィアナの背へまわる。
彼女は自分から、強く――本当に、強くフィアナを抱きしめ返していた。
俺は思わず、視線を逸らしそうになった。
(……彼女は、誰かに頼ることができるんだ)
ずっと一人で、気丈に、仮面を被っているように見えた。
けれど今は、ちゃんと誰かに甘えて、支えられている。
それがうれしくて、ほんの少しだけ、寂しかった。
けれど、そんな空気を打ち消すように、俺は歩み寄りながら笑って言った。
「ねえ、俺も混ぜてくれないかな?」
ふたりの腕の中に割って入るような言葉。
フィアナが小さく吹き出して、肩をすくめた。
「殿下はずるいですね。こういうときだけ、素直に甘えてくるんですもの」
「割り込みは禁止です」と笑いながら、腕を広げるしぐさをやんわり遮る。
ルミーナも最初はぽかんとしていたけれど、
すぐに目を伏せて、そっと笑った。
「……はい。だめです」
その言葉に、俺はほんの少し驚いた。
その微笑みは、とても自然で、作られた“天使の仮面”ではなかった。
頬の紅潮、伏し目がちに揺れた睫毛――そして、口元に浮かぶ柔らかい曲線。
それは間違いなく、ルミーナという“少女”の本当の笑顔だった。
その瞬間、胸がいっぱいになった。
(よかった……笑ってくれた)
平手打ちを受けたとき、声も上げず、表情ひとつ変えなかった彼女が。
今、こうして自然に、楽しそうに笑っている。
それだけで、すべてが報われたような気がした。
3人で顔を見合わせる。
フィアナがいたずらっぽく目を細めて、
ルミーナがはにかんだまま、わたしたちの間に立っていて――
ほんの一瞬、時間が止まったようだった。
中庭を吹き抜ける風。
白百合の花がさざめき、陽光が差し込むその場所に、
わたしたちだけの穏やかな午後が流れていた。
この時間が、ずっと続けばいいのに――
そんなことを思ったのは、たぶん俺だけじゃないはずだ。