第8話
昼休みの中庭。
白百合が風に揺れるその場所で、わたしは囲まれていた。
貴族の令嬢たち――華やかで、誇り高く、そして残酷な者たち。
わたしに向けられる笑みは、蜜のように甘く、刃のように鋭い。
「ちょっと綺麗なだけで“天使”だなんて、滑稽よね。……平民の分際で」
「誰かにちやほやされて勘違いしたのかしら。殿下に寄り添うにしては、育ちが足りないわ」
「今のうちに、身の程を教えてあげる。これも、貴族としての慈悲よ?」
その言葉のあと、音がした。
――バシン。
頬が打たれた。
何かが裂けたような音だった。
痛みは、それほどではない。ただ、心が冷える。
でも、微笑みを保ったまま、わたしは立ち尽くした。
(……予定通り。仮面を守ればいい)
その瞬間。
「――やめろ」
風が止まり、空気が張り詰めた。
その声は、静かに、けれど確実に全てを変えた。
セディリオ王子が、フィアナを伴って、そこにいた。
「人を貶め、暴力で威圧する。それが“誇り高き貴族”のやることか?」
その言葉に、令嬢たちが青ざめ、震え、沈黙する。
その中で、フィアナがわたしに歩み寄ってきた。
美しい銀髪が揺れ、ドレスの裾がやわらかく草の上を滑る。
「ルミーナ嬢……痛みますか?」
わたしは答えようとして、声にならなかった。
その代わり、頬に涙が一筋――こぼれ落ちた。
フィアナは何も言わず、そっとわたしを抱きしめた。
その瞬間、体温が染み込んできた。
細く、しなやかな腕。
胸元に触れる柔らかな温もりと、やさしい香り。
誰かに守られるという感覚を、わたしはどれほど忘れていたのだろう。
――そして、気づけば。
わたしの腕が、フィアナの背にまわっていた。
無意識に。反射のように。
彼女を、ぎゅっと――自分の意思で、抱きしめ返していた。
演技のはずだった。
感謝のフリで済ませるはずだったのに。
その温もりが、胸に刺さった。
(……うれしい。あたたかい)
「ありがとう……ございます……」
かすれた声が、自分でも驚くほど震えていた。
この涙が本物かどうか、もう分からなかった。
でもこの時、わたしは――確かに、心を許しかけていた。
フィアナの指が、わたしの背を優しく撫でた。
それが慰めのためなのか、見せるための演技なのか。
お互いに、その境界を探ることなく、しばらく抱き合っていた。