第3話:ステージと実験室の狭間で
それから2週間。タケシさんとの奇妙な共同生活は続いていた。
「今日の体温は34.5度、脈拍40、肌の壊死は右腕まで進行。でも意識は完全に明晰!」
私は興奮気味にノートに記録した。タケシさんは自分の腕を見て溜息をついた。
「ミサキちゃん、俺、明日オーディションに行きたいんだ」
「えっ!?まだ外出は危険です!完全にゾンビ化するリスクが…」
彼は真剣な目で私を見た。死にかけているのに、生きようとする輝き。
「俺、もう一度チャンスが欲しいんだ。『デッドマン・スタンディング』ってコンビ名で一発逆転するんだ!」
「でも、突然人肉を欲しくなったら…」
「だから君に特製ジャーキーを作ってもらったじゃないか!」
タケシさんは私の作った「ゾンビ抑制ジャーキー」を振り、屈託なく笑った。その笑顔に、私の心が揺れた。
次の日、私は初めて学校をサボってタケシさんのオーディションに同行した。控室で最終チェック。
「血清注射OK、ジャーキー準備OK、緊急用拘束具もOK」
「ミサキちゃん、ありがとう。君がいなきゃ、俺はとっくに完全なゾンビになってた」
彼の言葉に私は頬が熱くなった。「いえ、私も貴重なデータが…」と言いかけて、本当の気持ちを飲み込んだ。
ステージでのタケシさんは驚くほど輝いていた。ゾンビ特有の硬直した動きを逆手に取った独特のコメディ。会場は爆笑の渦に。
「実はこの体、ハーフゾンビなんです!」
冗談のつもりで言った台詞に、笑いが起きた。皮肉なことに、彼の本当の姿を見せた瞬間だった。
オーディション後、テレビ局からオファーまで来た。喜ぶタケシさんを見て、私は複雑な気持ちに襲われた。
「やった!ミサキちゃん、これで俺、生き返ったも同然だ!」
彼は私を抱きしめた。冷たい体温なのに、私の全身が熱くなった。
その夜、私は研究ノートに書いた。
「被験者の社会復帰は順調。しかし、研究者である私の客観性に問題発生。被験者に対する感情的バイアスが強まっている」
窓の外を見ると、満月が輝いていた。タケシさんの体は確実にゾンビ化が進んでいる。治療法を見つけられるのか。そして、この気持ちはどうすればいいのか。
でも、私はもう気づいていた。タケシさんを研究対象としてだけ見ることはできないと。死体に興味を持っていた私が、生きることの意味を教えてくれた彼に、取り返しのつかない感情を抱いていることに。