四節
春はあけぼの。なんて言うが、春ほど美しい季節など無いように思える。朝は肌に突き刺さる寒さと鳥のさえずり。昼は、包み込むような柔い温もりと斜陽。夕焼けは、桃色と橙色の暖色に彩りれて、浴びる哀しい風。夜は、冬も夏にも無い満天の星々。
これほど、心地の良い環境は他にもない。まるで地球が紡いできた生命の集大成のようだ。
その光景に誰よりも似合い、魅力が負けていないのが君だった。
人の心を穏やかにして、思わず美しいと思い微笑んでしまう。その感覚がとても好きだった。愛くるしくて抱きしめたくなった。
でもそれは出来ない。僕はそんな君とは反対だ。冬のような人間だ。
それでも、君と触れ合うと心の雪や氷が溶けてしまう。
最初は嫌だった。自分が自分じゃ無くなるみたいで。それでも時が経つたびに、「もう足を運ぶべきなのか」と思えてきた。
「静次の中にはさ、冷たさが多いんだけど奥に行けば行くほどにとても安心するんだよ」
いつの日か、君が僕に話した僕の心の中についての話。どこか的を得ているような気がした。確かに、僕は冷たいなんて言われることは多いが、人が困っていると身体が熱くなってしまう。これが僕の安心する灯火だと君は言った。
「僕にそんなの、、、」
「ある!だって静次って安心するんだもん!まるで、私を私のまま長く保存してくれる氷室みたいな!」
「ハルは氷じゃないよ」
「表現にそう言うものかな?」
思わず僕は口を閉じる。僕にそんな役割があるのなら、僕はどうするべきなのだろうか。
僕の心にそっと問う。
僕はどうするべきか。
答えが返ってくる。正確には答えを創り上げた方が正しい。
『君への気持ち、君との思い出、君の全てを僕の心に残して君が一人ぼっちにさせないようにすること』という答え。
あまりにも滑稽だと思ったのだが、僕は「それが僕らしいな」と感じた。
暖かみで人を包む君と冷たさで包み保存する僕。あまりにもベクトルが違う。それでもそれで君が安心してくれるのなそれで良かった。
朝焼けの涼しさと君の身体から感じる人肌の温度がその言葉を表しているようだった。
春の陽気も夏の燦々としたものに変わりかける前、僕はすっかりあったかくなってしまった朝焼けを眺めていた。桜もとっくの昔に散って、葉桜として生え変わってしまっている。
まるで、大人になっていくかつての子どもたちのように。
だからこの季節に『子どもの日』というものがあるのだろう。そんな日があると知っていても時を跨がないと、自身の成長なんて気が付かないものだ。
葉桜の下で、哀愁を感じていた。朝という哀愁を感じることも少ない時間に。
「もうすっかり、夏への下準備が整っていくね」
僕の膝の上でふて寝をしていた君はふとそう呟く。
その瞳は楽しそうではなかった。春の終末がすぐそこまで迫っていることを悲しんでいるようだ。
「私達の季節が終わっちゃうね」
「ハルはまだ分かるけどなんで僕も?」
僕がそう返すと、君は葉の間から見える空を見上げながら言った。
「えぇ、、難しいなぁ、、」
「考えていなかったのか」
「うーんと、次の季節まで静かに過ごせるって感じかな」
その言葉に対して僕は持った疑問をそのまま口にする。
「それどの季節にも当てはまらない?」
「いや、夏は祭り、秋は行事、冬は年末年始のお祝いがあるじゃん。大きく区分けしたらイベント続きじゃん」
「そうだね」
僕が肯定すると、君は僕の頬を掴み顔を引き寄せる。そして微笑むと言った。
「春は出会いと別れ。その2つが絡み合う時ってどうしようも健やかに静かに過ごそうとするもんだよ人って。だから静次は私と一緒の春を象徴できるの」
「だいぶ、こじつけの感じもするけどね」
「それが解釈の広げ方の面白味!」
僕の目を見て元気良さそうにそう言う君。全く、心がまたあったまってしまうよ。
全てが希望に塗り変えるように憂鬱な日々が輝き出した。
「綺麗だな、この景色は」
「だね」
命の集大成とも言える春の最後の灯火を五感で感じた僕ら。いつもの樹の下でただ時間が経つのをゆっくりと川のせせらぎのような感覚に身を任せた。




