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西のおじいさんと東のおばあさん  作者: 御霊のみーちゃん
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♪ 人間さんは欲張りだ なんでも一人で食べちゃうよ ♪ 

 西のおじいさんは広い畑でたくさんの野菜を作っていました。トラクターに乗って畑仕事をします。たくさん出来た野菜は市場へ売りに出します。

 東のおばあさんは庭の小さな畑で少しの野菜を作ります。子供たちが砂場で使うような小さなシャベル・移植ゴテを使って畑仕事をします。小さな畑で出来る野菜は自分たち家族が食べるためのものです。


 西のおじいさんは 自分の畑の野菜に虫がとまっていた、自分の畑の野菜を虫がかじったと言っては怒ります。私の作る野菜は大きくて形もいい、傷がない。虫食いになどなったら市場で売ることができなくなってしまう。そしたら私は困るだろう。おじいさんの心配は尽きません。私が毎日汗を流して、一生懸命労働して作った野菜だ。虫が食べるなどけしからん。怒ったおじいさんは虫を退治しようと野菜に毒を振りかけました。虫たちはこれはかなわんと畑を逃げ出しました。

♪ 人間さんは欲張りだ なんでも一人で食べちゃうよ

人間さんは欲張りだ なんでも一人で食べちゃうよ ♪ 


 東のおばあさんは夏の朝、庭の畑からミニトマトをもぎます。

「おやまあ、虫が食っている」

赤くなるのを楽しみにしていたのに、虫が先に食べてしまった。おばあさんはがっかりです。その時、陽気な歌声が聞こえて来ました。

♪ 人間さんは欲張りだ なんでも一人で食べちゃうよ

人間さんは欲張りだ なんでも一人で食べちゃうよ ♪ 

「歌っているのは虫たちかい? 楽しい歌だね」

おばあさんは、虫たちがこんなふうに歌うなんておかしくて、微笑ましくて、トマトに穴を開けられた無念も消し飛んでしまいました。そうしてミニトマトの枝を見ると、虫食いでない赤い実が残っていました。虫は十のうちの三つしか穴を開けていませんでした。虫は自分で三つ食べ、おばあさんに七つ傷のないものを残しておきました。本当に、十のうち十を全部食べようだなんて、お前たちの言う通りだね。

♪ 人間さんは欲張りだ なんでも一人で食べちゃうよ

人間さんは欲張りだ なんでも一人で食べちゃうよ ♪ 

おばあさんは虫たちと一緒に歌い出しました。

「道理が分かってないのは私たち人間だよ、お前たちのお陰で私は今日一つ賢くなったよ」

とおばあさんは言いました。来年はもっとトマトの苗を植えようね。そしたら私の家族もお前たちもたくさん食べられるだろう。私たち家族の口のほかに、お前たちの口も数に入れておくよ。


 翌年、おばあさんはちゃんと虫たちのことを覚えていて、ミニトマトの苗を1本余計に植えました。こうして虫たちの分もちゃんと勘定に入れました。トマトは次々に赤くなっていきました。今朝もいでも、次の朝にはまた赤いトマトが出来ています。おばあさんは毎日ミニトマトを食べました。食べ切れるものではないので、りんごジュースと一緒にミキサーにかけて生ジュースを作りました。おばあさんは毎朝おいしくて栄養のある生ジュースを飲みました。食べ間に合わない・食べ切れないトマトを前に、

『今年は虫たちがなかなか来ないな』

とおばあさんが気にしていたら、やっと来ました。

「虫が食べたのは虫の分。虫食いでないきれいなのは私の分」

とおばあさんは言いました。こんなにたくさんあるんだもの、わざわざ虫食いを食べなくたって、きれいなものを食べたらいい。私が食べ、家族が食べ、虫が食べ、お隣さんにお裾分けしたって、余る。そうだ、トマトが食べ切れないないほどこんなに実をつけるのは、神様は最初から虫の分を考えに入れていたのだ。わざわざ虫の分を植える必要もなかったことにおばあさんは気づきました。私が虫の分を考える前から、神様はちゃんと虫の分を考えていた。これだけたくさんあれば、虫も人間も仲良く分け合って食べることができるだろう、それが神様のお考えだった。それは民家の庭先のビワの木を見ても、イチジクの木を見ても、柿の木を見ても、同じだった。木は食べ切れないほどの実をつけていた。おいしいものが溢れている時代、ビワも柿も人に見向かれないのだろうか。

「虫でもいいから食べておくれ。鳥でもいいから食べておくれ」

熟れた実をたわわにつけた木が言っていた。おばあさんは老いた自分の乳房に痛みを感じた。乳飲み子を抱いている頃は、その顔を見るとお乳が湧き出て来たものだ。赤子が飲んでも飲んでも乳は出て来たし、赤ん坊が飲んでくれないと乳房はパンパンに張って痛くなった。誰にも食べられることなく、たわわに果実を実らせている木を見た時、おばあさんは過ぎた日を思い出し、そんな胸の痛みを感じた。汲んでも汲んでも枯れることのない無尽蔵な母親の愛と、実を痛いほどいっぱいにつけた木・神様の愛が重なった、その痛みが重なった。

「虫も、鳥も、食べておくれ。猿も食べておくれ」

木は、虫にも、鳥にも、動物にも、無分別・無差別な愛を差し出していた。人間だけが何か特別なのだろうか。人間は、人間だけがその愛に値する、その愛を一身に受けている、それは自分たちのものだとでも思っているのだろうか。

 虫は私が食べ飽きた頃にやって来た。虫の口は小さい、虫のお腹も小さい。これだけたくさんのミニトマトの中から、虫食いを見つける方が難しい。虫たちは大食漢の人間のおこぼれに預かっているだけだった。庭に小さな菜園を持ったおばあさんは食べるに満ち足りていた。食べ切れないと言うおばあさんの食べ残しを減らそうと、虫たちは食べる手伝いをしていた。

「お手伝いが出来るなんて、なんておりこうな虫たちだろう」

とおばあさんは言いました。


 実は、おばあさんも野菜作りを始めた最初の頃、自分の野菜が虫に食われるんじゃないか、葉っぱに穴が開いている、虫が隠れているに違いない、葉っぱの色が変わった、葉っぱに斑点が出来た、病気に違いない、虫や病気の害をあれこれ心配しました。心配して本を読んだり、ネットで調べたり、虫や病気のことをあれこれ勉強しました。病気には葉っぱに酢をかけるとのがいいと聞けばそのようにしました。虫の嫌うハーブや唐辛子で虫除け液を作って葉っぱにかけたり、虫の気孔を塞いで窒息させようと虫に油分をかけたりしました。だけどそんな知識を得れば得るほど、野菜を食害する虫がどれほど多くのいるのか、野菜がかかる病気がどれだけの種類あるのか知って、怖くなり、心配になり、始終気を揉み、疲れてしまったのです。あれこれ世話をし、転ばぬ先の杖のような先回りした世話までし、心身共に疲れてしまったのです。おばあさんは余計な知識を一度全て捨て去ることにしました。すると、野菜たちの声が、虫たちの声が、天の声が耳に入って来たのです。それからというものおばあさんは、気をもむことなく、のんきに、虫たちと会話しながら陽気に、畑仕事をするようになりました。

「なんだ、お野菜作りって簡単じゃない。ただ、お野菜や虫の言うことを聞くだけでよかったのね」

とおばあさんは言いました。



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