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世界を渡る者  作者: ELF
迷宮の森
10/24

最初の追憶


大陸の中央、帝国の北部、ここはまだ雪解けが始まったばかりの季節にしては、比較的暖かい。


大陸で最も繁栄している国である帝国は、当然のことながら優れたインフラを有している。王国との国境に近い場所ではあるが、帝国の整然とした石畳の道と、手入れの行き届かない王国の土の道とは一目で優劣が分かる。


しかし、数分前に、この丹精込めて整備された道が無惨に破壊されていた――巨大な魔物が、まるで地面をも巻き込んだ大きな穴の中に、静かに横たわっている。熱気が絶え間なく立ち上り、魔物の魔力が消散していく。


そして、この一連の騒ぎの原因となった人物が、頭を掻きながらその大穴のそばにしゃがんでいた。


「ちょっとやりすぎちゃったね、ミサ。」


「そろそろここを離れたほうがいいと思う、アカバパパ。」


「それ、偶然だな。俺もちょうどそう思ってた。」


大雪原での出会いからすでに十一年が過ぎ、ミサと桦の足跡は大陸北部のほとんどを踏破していた。


ミサは、かつての幼い少女から、しっかりとした大人の女性に成長していた。彼女の銀白色の長い髪は、まるで消え残る雪のように、朝日に照らされて美しい輝きを放っている。


一方の桦は、昔と変わらず、老いもせず、若返りもしなかった。


ここでの騒ぎに気づいたのか、遠くの魔物の群れがざわめき始め、人間の町からも多くの冒険者たちがこちらに向かって来ていた。


魔物と冒険者が遭遇すれば戦いは避けられず、大きな被害が出るだろう。その原因は、桦が魔獣を倒した際に起こした大爆発音だ。


「アカバパパ……」


ミサも、すぐに起こるであろう事態に気づいていた。二人がこの場を離れれば、それが現実となってしまう。


「はいはい、悪かったよ。誰がこの魔法がこんなに強力だなんて知ってたんだ? さあ、手早く済ませて、森に隠れて町の南門に回り込もう。」


桦が作戦を確認すると、二人はすぐに行動を開始した。冒険者たちが到着したときには、ただ大きな穴と、森ごと掃き清められた魔物の死体があり、それらは魔力となって消えていった。


最初に到着した白い人影は、少しの間その大穴に留まった後、何かを追いかけるように去っていった。


古代の遺跡から戻ってきた桦とミサは、騒ぎを引き起こした後、朝の光が高く昇る頃に町に到着した。二人にとっては、ここが三か月ぶりに訪れる文明の集落であった。


「アカバ! あっちにスパイスを売ってる店があるよ。たくさん買っておこうよ。もう何か月も焼いた魔物の肉ばかりなんて嫌だ!」


「信じてくれ、ミサ。次は絶対にこんなことにはならない。」


「信じるのは別の話、スパイスを買うのはまた別の話。」


ぷりぷりと怒ったミサは、そう言い放つとスパイスの店に飛び込んで行った。


そう、二人は少し前、新しく発見された遺跡の噂を聞きつけ、興味を持った二人は手がかりを辿り、深山に眠る古代の遺跡を見つけた。そして、意気揚々と遺跡に挑んだ二人は、遺跡内に設置されていた魔法の仕掛けによって異空間の結界に隔離され、次々と現れる魔物との試練を受けることになった。


年久しく修繕されていなかったため、試練が終わった後に結界から脱出させるはずの術式が不具合を起こし、二人は閉じ込められてしまった。仕方なく、二人は高強度の魔法を使い、結界の壁を昼夜問わず攻撃し続けた。喉が渇けば魔法で水を作り、腹が減れば魔物を食べて、こうして三か月が過ぎた。ようやく結界を維持する魔力を使い果たし、二人は解放された。


結界から脱出した二人は苛立ちを覚え、遺跡をくまなく探索し、最後に桦が爆破魔法でその遺跡を跡形もなく吹き飛ばした。そして、二人は急いでこの町に移動し、文明の恩恵を補充することにしたのだ。


ミサがスパイス店に入るのを見送った桦は、街角の果物屋で果物を買い、壁に寄りかかって待っていた。


さすが帝国の統治下にある町だけあって、国境に位置しているにもかかわらず、多くの人々で賑わっていた。道行く人々や商人たちが、街中に露店を出し、この町特有の工芸品や小物も売られていた。


まさに、平和な時代とはこういうことだろう。


そう思いながら桦は果物にかぶりついた。甘酸っぱい果汁が口の中に広がり、数か月にわたる魔物の肉生活で疲れ切った彼の舌を癒した。


「そこの友よ、果物が食べたいならそう言ってくれればいい。そんなにずっと見られてると、俺もさすがに恥ずかしいぞ。」


まだ果肉が少し残っている果物の芯を、誰かの足元に投げた。


隣の路地の角にいた人影は、その果物の芯を蹴り飛ばしながら姿を現し、桦と対峙した。これで、桦は自分たちを城に入って以来追跡していた怪しい男を初めてじっくりと観察することができた。


少し乱れた銀白色の髪を無造作に束ね、同じ色の無精髭が口元に生えている。革でできた甲冑はたくましい体を包み、腰に吊るされた剣はよく手入れされており、彼の立ち姿からも並々ならぬ実力者であることが窺えた。


中でもひときわ目を引くのは、その尖った耳だ。同じ色の髪と合わせて、彼の種族が何であるかは一目瞭然だった。


「お前が俺たちを気にかけてる理由はわからんが、だいたいのところは察しがつく。まあ、せっかく会ったんだ、これは友達の印にやるよ。」


桦は懐から紙袋に入った果物を一つ取り出し、男の頭上に投げ上げた。それは男の顔に当たりそうになる直前、厚い手でしっかりとキャッチされた。


「俺はカバ、放浪の冒険者だ。そちらのお名前は?」


「傭兵のデュランケートだ。」


「いい名前だ。」


いつの間にか閉じていた右目を開けた桦が、何の脈絡もなく感想を述べた。他人から見れば、桦がデュランケートの名前に対して失礼な評価をしたように見えるだろう。デュランケートが怒ったとしても不思議ではない。


「それじゃ、これで友達だ。次に会う時は、もっと話題があるといいな。」


何かを確信したように、桦は背を向けて手をひらひらと振り、デュランケートに再び目を向けることなく歩き去った。


「アカバ!たくさん買ったよ!これでどこにいても色んな味の料理が楽しめるよ!」


桦が店に向かって妖精の少女に歩いて行く姿を見て、デュランケートは少し立ち止まり、その場を後にした。デュランケートだけが気づいていた、桦が言った言葉は、自分の名前に対する称賛ではないことを。桦は、デュランケートの何を見たのか、ほんの一瞬で彼の価値を見透かしたかのようだった。


デュランケートは、自分が相手を若い人間だと侮っていたことを認めざるを得なかった。数百年に渡り、命がけの戦いを繰り返してきた妖精の傭兵として、それは致命的なミスだ。


魔力の抑えを解いたデュランケートは、痕跡を残さずその場を去り、銀白の髪が町角から消える瞬間、鋭い目を持つミサだけがそれを見逃さなかった。


「こんなにたくさん!ミサ、お前、俺たちが料理する頻度を考えろよ…一部は返品してきなさい。」


ミサが興奮気味に買ったものを桦に見せると、返ってきたのは桦の無気力な嘆きだった。


彼らが自分たちで料理をすることは、キャンプの時以外ほとんどなく、町に滞在している間は常に違う食堂を試しているので、ミサの今回の買い物は二人の荷物を重くする以外、特に役立つものではなかった。


「分かったよ、アカバパパ…」


桦の最後の厳しい口調に、ミサの興奮も冷め、必要以上に買ってしまった分を選び出して返品しようとする。


「ところで、さっきあそこのおじさんがずっとこっちを見てたけど、店の中からちらっと見たけど、アカバ、彼と話してたよね?」


「ただの情報を探してる変な奴さ。」


「そのおじさん、妖精族みたいだったよね?」


「確かに妖精だった。それが理由で俺たちを見てたんだろう。だが、他人はともかく、お前だよ。店が返品を受け付けなかったら、お前の小遣いから引くからな。」


「え~!アカバ、ひどい!」


——


宿屋から出てきたミサは、路上の串焼きを手に歩きながら食べていた。もし桦がそばにいたら、ミサに対して「歩きながら食べるのはマナーが悪い」と口うるさく言っていただろう。


だが、今は桦はいない。先ほどの反応からすると、彼は宿の柔らかいベッドでぐっすり寝るつもりのようだった。


同じく遺跡から戻ってきたミサも、実際はそうしたい気持ちがあったが、新しい町に来たら新しい文化や風習に触れるチャンスがある。昼間のうちにできるだけ散策しないと損だ。


それに、寝るのは夜すればいいことだ。


時間の使い方に問題はない。散策用の小遣いも用意してあるし、遺跡での埃まみれの姿も、宿でしっかりと洗い流したので問題ない。


桦と相談して、ここに七、八日滞在する予定だが、予定は突然変わることもある。だから、散策の時間を大切にしたい。


まずは、町の中心の賑やかな場所に行ってみよう。


そんな風に考えていたミサは、群衆の中で自分と同じ尖った耳と銀白の髪をした人物を見つけた。


「アカバと話していた人じゃないか。」


挨拶をしようかどうか迷っていたが、妖精は非常に稀少なので、つい一瞬の迷いでその姿が見えなくなった。慌てて人混みの中で探し始めるミサ。


なぜミサがそこまで気にするのかというと、妖精という種族があまりにも少ないからだ。


妖精は、精霊族と他の種族との間に生まれた劣化種であり、精霊族はその本源的な強大な種族であるため、どんな種族が精霊族と交わっても、生まれてくる子供は髪の色を除けば精霊族とほぼ同じ特徴を持つハーフエルフとなる。


ハーフエルフの寿命は精霊の半分しかないが、優れた魔法の才能を受け継いでいる。しかし、混血のため魔法を使う際の消耗も格別に大きい。


そのため、誇り高い精霊族は血筋が汚されることを許さず、外界との交流も極めて消極的である。純粋な血統の絶対的な権威を強調するため、精霊族はハーフエルフを妖精と呼んで分け隔てし、極端な部族では異種族と交わった同族や、幼い妖精までも一緒に処刑することがあった。


そのため、外の世界で精霊族を見ることは非常に稀であり、妖精はさらに希少だ。


何らかの因果によって、この小さな町には二人の妖精が滞在していた。


何とも言えない親近感を抱きながら、ミサは微かな魔力の残留を辿り、ついに小さな路地で同族を見つけた。


「尾行なんて感心しないな、小娘。」


人混みの中で誰かを探すのはかなり体力を使うことだ。特に町中をあちこち歩き回るのは、ミサにとって息切れするほど疲れる。


だが、相手はすでにミサが自分を追っていることに気づいていたようで、意図的に遠回りしてミサを振り切ろうとしていた。ミサはそれを隠さずに堂々と追いかけていたが、体力の差が大きく、こうして路地で見つけることができたのはかなりの幸運だった。


「あなた……はぁ…ふぅ……歩くの速すぎるよ。挨拶するのにどれだけ大変だったか……」


ミサは不満げに相手の鼻先を指さして文句を言った。


額と鼻先に滲んだ汗を袖で拭いながら、ミサは真っ直ぐ妖精を見つめた。


「それで、妖精族の娘さん、何の用だ?」


「何よ、その言い方。あんたも妖精じゃない!しかも、あんたが先に私たちを尾行してたんでしょ。」


「用がないなら、もう行くぞ。」


反撃されるとすぐに背を向けて去ろうとする相手を見て、ミサは慌ててその前に立ちはだかった。



「私、私の名前はミサ! 同族に会うのはこれが初めて。」


 相手が何を考えているのか分からず、ミサはじっと見つめられて少し居心地が悪くなり、無理に笑みを浮かべる。


「ドゥランケイト、客は普通ドゥランと呼ぶ。」


 ミサの熱意に応えたのか、ドゥランケイトはため息をついたように、短く自己紹介をした。


 ドゥランの言葉を聞くと、ミサの顔はたちまち喜びに満ち、飛び上がりそうなほど嬉しくなった。


 彼女は勢いで握手をしようとしたが、手を半分差し出したところで、目の前の人影が消えたことに気付いた。


 突然、背筋に悪寒が走り、ミサは急いで飛び上がった。


 スパッ——


 風を切る音が響く。


 ミサが見下ろすと、ドゥランケイトが先ほど自分がいた場所に立っていた——剣を振り下ろす姿勢で。


 彼がいつ背後に回ったのか、全く気づかなかった。もし今の一撃をかわしていなければ、間違いなく真っ二つにされていたことだろう。


 地面に降り立つとすぐに戦闘態勢をとり、魔力が体内を巡り、いつでも魔法を発動できる状態に保つ。


「なんで突然襲いかかってくるの——」


 文句を言おうとしたその時、ドゥランの剣がもう目の前に迫っていた。彼女は瞬時に風魔法で自分を横に弾き飛ばし、躱しきれなかった髪の毛が一瞬で切り裂かれた。


 術者にとって、自分の体の一部は重要な魔法の素材であり、特に髪の毛は最も便利で、自身の魔力循環の中で長い間浸っていたため、体から離れても自由に魔力を操り、術式を構築することができる。


 今まさに空中で舞い上がる髪の切れ端は、ミサの魔力によって硬くなり、方向を少し調整した後、数百本の強化された髪の破片が猛スピードでドゥランに向かって飛んでいった。


 空振りしたドゥランはすぐに後退し、それらが石造りの地面に突き刺さるのを任せ、避けられない部分は剣で防いだ。


 しかし、これは明らかにドゥランの思い込みの罠だった。


 これらはただ体を刺すだけの針ではない。


 誰も、離れた術者の素材が一つの魔法術式しか発動できないとは言っていない。


 不敵な笑みを浮かべたミサが念じるだけで、ドゥランの剣に接触した瞬間、これらの細い髪の毛は激しい爆発を引き起こし、炎がドゥランケイトの姿を呑み込んだ。


 自身の魔法で吹き飛ばされたミサは、壁に激しくぶつかり、背中を擦りながらうめき声をあげた。緊急事態で風魔法に大量の魔力を注いだためだ。


 ミサは先ほど爆発が起きた場所をじっと見つめ、煙が晴れるのを待った。


 またしてもあの嫌な感覚が襲い、ミサは震え上がった。


 素早く身を翻し、魔力を駆使し、そのまま地面に寝転んだまま対応した。


 高濃度の魔力で固めた石塊が、自分を攻撃から守った。その隙に、再び尖った石を生み出し、相手の胸元に向かって放った……


 物体が衝突する音が響いた。


 ミサは目を見開き、自分の石の棘がいつの間にか現れた氷の壁に遮られ、一歩も前進できないのを目にした。同時に、漆塗りの塊がそっと自分の首元に触れた。


 見上げると、ドゥランケイトが柄を握っており、その塊は柄に繋がっていた。


 どうやら、彼の剣は鞘に収まったままだったらしい。それにもかかわらず、その鋭い殺気はミサにとってはまさに剣が抜かれたかのように感じられ、戦闘態勢を取らざるを得なかった。


 彼は魔法も使えるのか? 妖精族の魔法適応能力は確かに高いが、彼はこれほど優れた剣技と体力を鍛えた上で、なおかつ魔法の学習にも時間を割いているなんて!


「反応が速く、判断も的確だ。年齢にしてはなかなかだ。」


 ドゥランケイトは氷の壁を消し、剣を鞘に納め、腰のホルダーに掛け直した。


 まだ地面にぼんやりと横たわっているミサを見て、彼は剣の柄を指でトントンと叩き、腰を屈めて手を差し伸べた。


「小娘、飯でもどうだ? この通りを抜けた先に良い店がある。俺の奢りだ。」


 まだ心臓がバクバクしているミサは、ドゥランの顔と手を交互に確認し、危機が去ったことを確認してから、ためらいながらも手を差し出した。


 そして、触れる直前に、顔を赤くしたミサは歯を食いしばり、何の予兆もなく後方に跳ね返った。


「プワッ——」


 思いっきりの蹴りが、前屈みになっていたドゥランの無防備な顎に炸裂した。


 彼の目が白目を向いた。


 ——


「またのお越しをお待ちしております。」


 ミサは腹をさすりながら、気持ちよさそうに伸びをし、満足げにレストランを出ると、背後で公式的な笑顔を浮かべた店員の送客の言葉が聞こえた。


「はは、ほんとに美味しかった! 明日はアカバを連れて来よう~ゲップ——」


「奢るのは俺だと言っても、全部一番高いものを頼むのはやりすぎだろ……」


 最近の依頼の報酬がほぼ無くなった——ドゥランは中身の少なくなった財布を上着のポケットに戻し、肩をすくめた。


「ドゥラン爺、他の妖精に会ったことある?」


 久しぶりの美食に夢中で、この質問を忘れていたミサは、今になってようやく思い出した。


 ミサの呼び方に、ドゥランは少し顔を歪めた。自分が年老いて見えるのは確かだが、そこまでではないはずだ。


 妖精族の中では、五百歳を超えている彼はまだ壮年とされる。


 ミサの質問に対し、少し考えた後、彼は答えた。


「妖精が少ないのはこの大陸の常識だ。俺が見たことがあるのは七、八人だな、皆奴隷として扱われていた。あの金髪の連中はよく見るが。」


「そうなんだ……」


 ミサは元々、あまり同族の情報を期待していなかった。ドゥランが言った通り、それは常識だ。ドゥランが精霊を「金髪の連中」と呼ぶのを聞くと、同じ家族であるはずの二つの種族の間に埋めがたい溝があることを感じずにはいられなかった。



同時に、彼女はまた母親のことを思い出した……


 顔に寂しそうな微笑みが浮かんだ。


 「次は俺が聞く番だ。今朝、郊外の森で起こったこと、お前たちの仕業だろう。」


 デュランの口調は質問というよりも、確信を帯びており、まるで確認ではなく強調しているかのようだった。


 ミサは急に視線をそらして少し焦った。注意を引かないように遠回りして町に入ったのに、すぐに見破られてしまったのだ。


 「ははは、あそこはまさか私有地で、賠償金を請求される……なんてことはないよね?」


 ミサは「話し合いは可能」という口調で試しに尋ねた。もし事が悪い方向に進むなら、すぐに宿に飛び込んでアカバを連れて逃げるつもりだった。


 もちろん、それはデュランが彼女とアカバを賞金稼ぎに引き渡そうとしない場合に限る。そうでなければ、ミサの能力では追いつかれるのも時間の問題だった。


 「心配するな。誰もお前たちを捕まえには来ない。俺だけがお前たちの魔力の動きを感じて、ついてきただけだ。隠すのは上手かったな。」


 デュランの確約を聞いて、ミサはほっとため息をついた。どうやら、空想の賠償金の心配や逃げる方法を考える必要はなさそうだ。



---


オレンジ色の光が雲を染め、空が燃える火のように見えた。屋根の上に残った雪の塊も夕日に照らされて輝いていた。


 「初めて会ったとき、あなたがすごく怖い人だと思ったんです。」


 もう遅い時間だ。ミサは宿に戻ってアカバを起こし、夕食を食べさせなければならない。


 「そうか、それなら俺のイメージはうまく保ててるってことだ。俺の商売は、少し威圧的じゃないと客が安心しないんだ。」


 ミサの評価を聞いて、デュランは満足そうに顎の髭を撫でた。


 五百年以上の人生で、再び同族に出会ったことはデュラン・カイトにとって驚きと喜びだった。いつも険しい顔も、夕食後の会話の中で次第に柔らかくなっていった。


 目の前の風景が見覚えのあるものに変わり、ミサはデュランとの会話に夢中になっているうちに、いつの間にか宿の近くに着いていたことに気づいた。


 デュランの好意を理解したミサは、素直に受け入れ、明るい笑顔を浮かべた。


 本来なら、会ってすぐに別れる関係だというのに、これが大人の風格というものなのか。それとも、久々に会った同族への特別な配慮なのかもしれない。


 ミサはそんなことを考えながら、手足が少しうずいているのを感じた。


 もちろん、子供が一人で帰るのを心配してのことかもしれないが、それは言わないでおいた方がいいだろう。


 ミサは自分の能力ではデュラン・カイトに敵わないと思っていたが、もし一般のチンピラが問題を起こしたら、彼らに本当の問題が何かを教えてやるつもりだった。


 「デュランおじさん、ありがとう!」


 「普通の客だったら、この護衛には金がかかるぞ。」


 やっぱり。


 これが同族割引ってやつか。


 ミサはアカバが言っていた「人情」って言葉を、なぜか思い出した。


 「さあ、早く戻れよ。弟子が心配してるぞ。」


 え?


 デュランの言葉が脳内を直撃し、まるで自分に向けられたものではないような感じがした。


 弟子?


 誰のこと?


 デュランおじさん、ついにボケちゃったのかな?


 ミサの困惑した表情を見て、デュランも考え込んで、ゆっくりと尋ねた。


 「まさか、あのアカバって男はお前の弟子じゃないのか?」


 ミサは一瞬呆然としたが、すぐに理解した。


 他の人から見れば、自分が年上に見えるのかもしれない。長寿種は年を取るまで年齢がわからないものだ。


 アカバお父さんが若く見えるのも悪いことだし、彼はまるで長寿種みたいだ。ずっと若々しいままだ。


 ミサが呆然と立っているのを見て、デュランも何か違和感を感じ取った。


 「お嬢ちゃん、まさかまだ成人してないのか?」


 大人ぶっていたミサは、デュランに反論したくなったが、思い返せば、自分は妖精の成人年齢にも、人間の成人年齢にも達していないことを認識した。


 顔を赤らめ、口を尖らせながら簡単に肯定して話題をそらした。


 「そうそう、アカバは私のお父さんだよ。」


 デュランは何か理解したように頷き、それがミサには少し恥ずかしく感じられ、嘘が見破られたような気がした。


 「さあ、早く帰れよ、小娘。」


 デュランは角を曲がったところで足を止めた。そこを出ると、ミサが泊まっている宿の正面玄関が見える。


 再び子供扱いされたミサは、悔しそうに舌を出し、一旦走り出した後、振り返って手を振った。


 「デュランおじさん、さようなら!」


 デュランはただ笑って、無言で手を振り返した。



---


数日後。


 ぐっすり眠り、髪が跳ねているアカバは、腹を掻きながら欠伸をし、部屋に備え付けの椅子に腰を下ろした。そして、机の上に置かれていたラップサンドを手に取り、気にせず食べ始めた。隣でミサが呆れた顔をしているのもお構いなしだ。


 これはミサが朝早くに外の屋台で買ってきた二人分の朝食だが、ミサはすでに食べ終わっていた。


 しかし、今はすでに昼食の時間だった。


 「どんなに見られても仕方ないさ、起きられないものは起きられない。」


 そう言って、アカバはまた欠伸をした。


 「だって、アカバったらこの数日、毎晩酒場で深夜まで過ごしてるんだもん。」


 アカバは冷めたラップサンドを一口で食べ終えた。それはすでに冷え切っていたが、昨夜甘酒を飲み過ぎて、今お腹が空っぽだったため、気にならなかった。


 いわゆる「空腹こそ最高のスパイス」だ。


 アカバは満足そうに指を舐めたが、まだ寝ぼけた表情をしていた。


 「娯楽が少ないからな。酒場で冒険者たちのホラ話を聞くくらいしかないんだよ。」


 アカバの言葉を聞いて、ミサも少し納得した。ここ数日、彼女は町中を歩き回り、最初の新鮮さが薄れた後、次の場所に行くことを提案した。



カバについて言えば、彼女は毎日街を歩いて旅館に戻ってくる姿を見ることができる。もし見かけなければ、必ず酒場で誰かと自慢話をしているか、誰かのホラ話を聞いているはずだ。


カバの酒量といえば、度数の低い甘い酒しか飲めないのは当然のことで、ミサも他の酒を飲んでいるところを見たことがない。果汁や他の飲み物があるとき、甘い酒は大抵控えの選択肢になる。


「それで、いつ出発する?」


「今だ。」


そんな急に?


ミサの困惑を察したかのように、自分に水を注ぎながらカバは人差し指を立てた。


「決めたことはすぐに行動しないと、先延ばしにすると、絶好のタイミングを逃してしまうからな。」


今、大層なことを言いながらあくびを一つしたカバに、ミサは明らかに「どうでもいいよ」という表情を見せた。


「はいはい。」


軽くあしらうように一言を返して、ミサは自分の部屋に戻り荷物をまとめ始めた。


「ああ、これが反抗期ってやつか、なるほどな。」


カバは水の入ったコップを持ちながら、何か思いにふけっているように独り言を言った。


しばらくして、ミサは小さなバッグを背負って出てきた。


もともと持ち歩くものは少なく、大きなものや重いものはカバの学んだ空間魔法の中に入れている。寝袋、鍋、焼き網、遺跡で見つけた戦利品などがそれだ。


ミサが空間魔法を学んだものの、作り出せるのは引き出しほどの収納スペースで、日常品を少し入れられる程度だ。香料などを買った時もその中に入れていた。それに対して、カバは屋根裏ほどの広さを作り出せるが、大きな物を収納するのはまだ難しい。しかし、旅行の雑多なものを入れるには十分だ。


そして二人にとって、空間魔法の維持に必要な魔力の消費は、自然回復する魔力の速度を超えることはない。


ただし、魔力供給を止めてしまうと、その魔法が循環する魔力を消費しきったとき、作り出した空間とその中のものはすべて消えてしまい、二度と戻ってこない。


カバはカウンターで会計を済ませ、ミサと一緒に南門へ向かった。


町の外では、数日の陽光で雪がほとんど溶けてしまっていた。


「ああ、これはデュランさんじゃないですか?」


「おや、こんなところで小娘に会うとは。」


町を離れて、日が沈む前に野営の準備をしていたとき、ミサは見覚えのある人物を見つけた。


ミサの視線をたどって、カバも道端の空き地で休んでいる人々の中にその人物を認めた。


「ミサ、私は知らない人に話しかけるなって言ったはずだが。」


カバの言葉を聞いて、ミサは無意識に背筋を伸ばし、視線をあちこちに泳がせ、カバと目を合わせないように努力した。


「デュランさん、この二人は?」


石に座って額の汗を拭いていた、黒い長髪を持ち、肌に淡いシンプルな模様が描かれた文雅な男が、歩み寄ってくるカバとミサを見て、隣にいたデュランに丁寧に尋ねた。


「この二人はさっきの町で一度顔を合わせた友人だ。あの小娘は私の同族でもある。」


「それは偶然ですね。デュランさんも喜んでいることでしょう。」


デュランはカバを見て、「友人」という言葉を強調して言ったが、カバはそれを気づかないふりをして軽く頷いた。


デュランの答えを聞いて、男は少し感慨深げに応じた。


カバは一歩前に進み、閉じていた右目を開け、軽く頭を下げた。


「こんにちは。私たちは大陸を巡る冒険者です。私はカバです。」


「私はミサです、よろしく!」


カバが普段のだらしない態度とは違い、真剣に自己紹介をしたことに、ミサは特に驚かず、元気よく挨拶を返した。


「紹介するよ。こちらは最近の雇い主で、久しぶりの大口客だ。」


デュランの紹介に、男は少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべ、デュランに助けられて立ち上がり、カバとミサに一礼した。二人はその時、彼のローブの下にある右脚が木製の義足であることに気づいた。


「はじめまして。私は魔族の学者、イーサン・ブライディールです。」



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