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高嶺の花が入り浸る  作者: ゆー
二人で紡ぐ『これから』のこと
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雪だるま作ろう

「(さむ……)」


朝の冷たい外気に晒されて、背筋に震えが走る。

薄っすらと目を開ければ、眠りについた時はしっかりとかけていたはずの毛布が行方不明。おかげで己は肩まで丸出し。成程、そりゃ寒い訳だ。


「…………」

「すぅ」


恐らく、それをしでかしてくれた張本人殿は、絶賛、眠りの森の美女としてすやすや気持ちよく睡眠中。胸の中に俺の分の毛布を抱き締めて心地良さそうに眠る、同じく丸出しの肩に毛布をかけ直すと、すっかり目が覚めてしまった俺は、彼女を起こさないよう起き上がると、足音を殺して静かに部屋を出た。


「さむ」


廊下に出た途端、更に冷え込む空気。心の中だけで収まっていた言葉が、今度ははっきりと口をつく。

椅子に掛けっぱなしだったカーディガンを羽織ると、カーテンを開ける。今日はからっといい天気。やけに輝く朝日がああ、眩しい。


下を見る。町を一色に染め上げるのは、白の塊。

勿論、うちのロロがまさかの大分裂して町中を埋め尽くしている訳ではない。


「…寒い訳だ」


そう、雪。

昨日の夜は、稀に見る吹雪だった。故郷にここまで見事に降り積もるのを見たのは、いつ以来だろうか。

テレビの中で眺めるだけなら、大層心躍る光景ではあるが、己の住処がこうなると、途端にあれこれ面倒事が頭を過ぎる。具体的には、バスの時間。電車の時間。あわよくば今日休校にならないかな、などなど。


「あ」


と、ここで思い出す。

そう言えば、今日は休日だった。だから、昨夜はあんなに激し…いや、そうじゃなくて。


そうか。今日は休日か。だったら、もう少しくらい寝坊したところで、文句を言う人間もいない。仮に愛する妹御が泊まりに来ていたとしたら、規則正しい大和撫子が平日と変わらぬ時間に起こしに来る可能性もあるが、所詮、仮の話だ。


陰の者の休日なんて、どうせ寝るか眠るか寝っ転がるかしかないのだ。藤堂蓮、美人の彼女がいるからと言って、お前は自分が太陽の下に躍り出たとでも思っているのか。自惚れるな。お前は影だ。闇の中にどこまでも堕ちていけ。


闇…即ち、こたつ。


人間を駄目にする世紀の発明品の甘い香りに誘われて、人の目が無いことをいいことに大きな欠伸を存分に漏らすと、俺はもう一休みと洒落込むのであった。











「そのはずだったのになぁ…」


そして現在。何故か藤堂くんは、お日様の下で朝っぱらから雪遊びと洒落込んでいた。


「さむいよお、ろろぉ……」

「にゃ!!」


元気よく返事をするのは、基本"な"多めなのに"にゃ"になるくらいテンション爆上げエクストリーム状態の、実は今週から遊びに来ていたロロさん。彼女は、窓を眺めていた俺の横に緩々と並ぶと、外の銀世界を目のあたりにして態度を急変。朝っぱらから意気揚々と外へと飛び出し、はよこい、と言わんばかりに外から俺を呼んで鳴きまくった。なんでやねん。猫はこたつで丸くなれ。常ののんびりとした君は何処へ。


5鳴きくらい粘ったが、このままではご近所さんが早朝から獣が盛っていると誤解して、飼い主の監督不行き届きとしてカチこんでくる可能性もなきにしもあらず。


故に、俺に選択肢は無かった。

最低限の身だしなみだけを揃えると、身体を震わせながらマンションの外へと出る。吐いた息が白く溶けて消えていく。さくさくと、普段とは違う足の感覚が少し新鮮で、内なる少年心が騒がないと言ったなら、嘘になるのかもしれない。


「にゃー!」

「静かにね…」

「にゃー!!」

「わー…」


玄関の前に降り積もった雪の上で、ロロがはしゃぎ回っている。可愛い白猫と綺麗に輝く白雪。白と白が合わさって、つまりは素晴らしく愛らしい。惜しむらくは、携帯を部屋に忘れてきたこと。もし持ってきていたならば、俺は連写モードで飽きる程に激写したことでしょう。そして、その後、うんざりした顔のロロに頭突きされるまでがセット。


「んにゃあーっ」

「はいはい」


『何でそんな大人しいの』。そんな不満をありありとのせて鳴きながら、こちらの脚に身体を擦り付けてくる白猫に苦笑い。というか、結局雪って水分だし、あんまり擦り付けないでほしいな。何なら君、俺を使って身体拭いてないかい?


「………」


しゃがみ込むと、玄関前に積もった雪を手で掬う。まだ真新しく、ちょうどいい具合に水分を含んでいる。試しにもう少し掬って圧縮してみると、いい感じに丸く固まった。


…これは、作れるなあ。雪だるま。


気付いてしまうと、身体は勝手に動き出す。

雪だるまとは言ってもそんな、大きな雪玉を転がして作る様な話ではなく、あくまでもちょこんと手に乗っかるくらいのものを細々と作る程度だけれど、藤堂に流れる職人の血が、俺を昂らせるのだ。…あ。俺、藤堂じゃなかった。いや、藤堂だけど。


「にゃ?」

「ちょっと待ってねー」


道端でしゃがみ込んで動かなくなった俺を心配してか、それとも単に興味があっただけか、はしゃぎ回っていたロロが横に並ぶと、お利口さんに大人しくなってじーっと俺を見上げてくる。

子供の様な無垢な視線につい吹き出しつつも、手は止めない。胴体を作り、頭を作り、てきぱきと作業を進めると、足下に転がっていた適当な石や枝を拾い、白い玉にお顔を形成。あっという間に


「はい、ロロだるま〜」

「にゃ!?」


尖った石を耳に、枝をヒゲに模した雪だるまは、中々の自信作。モデルよりも大分スマートではあるが、可愛さは負けず劣らずなのではないだろうか。いっつびゅーてぃほー。

手に乗せたロロだるまをだるま(身体)のロロさんに見せてやれば、悪くない出来栄えに満足そうなお声をあげて、てしてしと俺の膝を肉球で叩いてくる。言われずとも分かる。『やるじゃあねえの、小僧』。そう言いたいんですね?旦那。


「にゃ!にゃ!」

「…え?もっと?」

「にゃ!」

「……じゃあ、小石とか枝とか持ってきてくれる?」

「にゃあ!!」


違ったみたいです。

地面にロロだるまを置くと、彼女は楽しそうに鼻先でだるまをつんつんして遊び始める。やばい写真撮りたい。何で俺は携帯を忘れたんですかこのばかちんがぁ。

後悔に身を焦がす俺を他所に、ロロは既に軽やかに駆け出していた。


心の中の記憶領域の深奥に、目の前のパラダイスをこれでもかと焼き付けると、俺は再度、作業を再開。上司の命に従って、厳しく辛い、肉体労働に従事する。下請けの辛いところである。


「………」

「にゃ!」


作る。今度は身体を大きくして、よりロロに似せたフォルムにしてみた。うん、悪くない。


「…………」

「にゃ!!」


作る。何と、今回は身体を長くして、四足歩行みたいにしてみた。どうです社長。い〜い仕事しているでしょう。


「……………」

「にゃ!!!」


作る。今度は顔に拘りを入れてみた。見たまえ、この完璧なまでの左右対称なご尊顔。細かいところが気になる。僕の悪い癖。


「………………」

「…にゃ!」


作る。えへえへ。やばい。止まらない。次はどんな雪だるま作ろうかな。とりあえずネコ型十体作ったことだし、今度は大きい順に並べてみようかな。いや、いっそお雛様みたいに並べるのもいいかも。作るか……!雛壇……!!


「…………………」

「………にゃ」

「………………………ふふ…ふふふふ………」

「……にゃ、…にゃあ……」

「ふふふふふふふふふふ」


作る。作る。作る。

た、楽しひぃ〜。忘れていたあの頃の童心が、今ここに帰ってきたかの様だ。そうだ、何も知らなかったあの頃の俺は、こうしてしょっちゅう、アホみたいに朝から晩まで母か凪沙が迎えにくるまで雪遊びに興じていた。うおオん、俺はまるで人間雪玉製造所だ。


「にゃあ…」

「…………」

「にゃあー」

「ちょっと今いいところだから待って」


どれくらい経っただろうか。夢中で雪玉を固めていたら、上から、ロロが背中を指でつんつんと突いてくる。悪いとは思ったが、肩を小さく揺らすと、俺はそれを跳ねのけた。

全く、最近の若いもんは辛抱というものを知らん。俺が今雪玉に全集中して命を燃やしているのが分からんのか。大人しくしとれ。


「にゃあー」

「だから待ってって…」

「お腹空いたにゃあ」

「はいはい後でご飯あげるから……………………」


……………。


ん?


何だろうか。今、おかしなことが無かっただろうか。

細い指が、今度は背中にのの字をくるくると描きはじめ、こそばゆさと謎の焦燥感で大きく肩が跳ねる。そして、ついに動きを止めた俺は、頬に一筋の汗を滴らせながら、ゆっくりと、ゆっくりと振り向いた。


「………」

「楽しそうだにゃあ」

「……………」

「凄いにゃあ。玄関前が雪だるまだらけだにゃん」


後ろ手を組みながら腰を曲げて、こちらを実に素晴らしく愉しそうに口角を上げながら覗き込んでいるのは、当たり前ではあるがロロの擬人化などではなく。


「な、なぎ………っ」

「はい、ナ・なぎっ沙ちゃんです。おはよう、れんちゃん。たのちい?雪遊び」

「………………すぅー……」


大変優しい手つきで頭を撫でられたことで、ゾーンに入り込んでいた意識が、羞恥と共に急速に覚醒していき。俺は冷えた頭で深く呼吸を吐き出すと、ゆっくりと辺りを見回した。




見渡す限りの小さな雪だるまが、辺りを囲んでいた。




「……………………おぅ」

「あー寒い…っ。さむさむ……さむぅ…っ」


お洒落なコートをばっちり着こなした凪沙が、言葉通り寒そうに両手を擦る。

つられた訳でも無いが、自分の手を見る。見事なまでに真っ赤っ赤だった。


「あらら、しもやけ確定演出ね。ちゃんとケアしなさい?後で」

「……すみません」

「別に謝る必要はないけど。でもまあ、懐かしくはあったかな、少しだけ」


くすくすと愉快そうに肩を揺らしながら俺にハンカチを持たせると、凪沙もまた、隣にしゃがみ込み、雪を掬ってこね始める。


「懐かしいですかね」

「懐かしいです。君、最近は大人ぶること多いじゃない?割と」

「そう…ですかね?」

「そうです。ま、例外はあるけれど。映画とか、すーちゃんとか」

「ん?映「はい出来ましたー」


何故か俺の言葉に被せ気味に、凪沙が俺に手を差し出した。


「雪うさちゃん」

「おー…」


つぶらな瞳に大きなお耳。そこには、彼女らしい丁寧な作りでぴょこんと鎮座する、小さな雪うさぎ。

シンプルながらもバランスよくまとまった出来栄えに感嘆の息を漏らす俺。凪沙は楽しそうにくすくすと笑みを漏らすと、目の前の白猫軍団七番隊の真ん中に雪うさぎを置いた。物々しい軍隊の中に一匹だけ紛れ込んでいる一頭身。集合場所間違えた感半端ないな。


「知ってる?雪うさぎは縁起物って」

「聞いたことはあります。南天を使って『難を転じる』とか、高く飛ぶから『飛躍』…とかでしたっけ?」

「そう。よく知ってるわね。やっぱり好きなのかにゃ〜?雪遊び」

「…………まあ、もう否定はしませんよ」


雪に負けず劣らずの美しさを誇る美白乙女が、にゃんにゃん猫の手を作って可愛らしく煽り散らしてくるので、俺はばつの悪さで静かに顔を背けた。こんな白猫キングダムを建国しておいて、『雪遊びとかガキかよくだらねー』とか言える訳が無い。俺だったらお前何様じゃ!って殴るレベル。いつの間にかロロ屋内で丸くなってるし。


「でも、私が気にいってるのは、それとはまた別かしら?」

「他に何かありましたっけ?」


ニヤリ。笑みを深めた凪沙が、徐ろに俺の腕に抱き着くと、お互いの冷えた指を絡めて、耳元で囁きかけてくる。


「『子孫繁栄』♡」

「……………」

「なんちゃって」


途端に顔に灯る熱。満足そうにこちらの指を何度も握り直す彼女の横顔を眺めながら、俺は何か言葉を返そうとするも、身体が冷えてしまったせいか、ついくしゃみをしてしまう。


「…ま、とりあえず未来よりも我が身。お風呂かしらね?今は」

「ですね。今更寒くなってきました」

「そうだと思った」


反対の手を口元に当てて、仕方ない子、とでも言いたげな顔で苦笑いを漏らす凪沙。何とも格好のつかない自分に頭を掻くと、鼻を啜る。


「沸かしておいたから、温まりましょうか。一緒に」

「……そうですね」


そう言って、俺達は笑い合うと、立ち上がり、家へ帰る為に踵を返す。他愛ない笑い話で心を温めながら。また来年の冬も、こうして笑い合えることを願いながら。


絡まったまま離れない指から伝わる温もりが、どうしようもなく心地よかった。











白猫キングダムは、その日ちょっとだけバズった。











今年残り一月って嘘やろ……

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