今宵は甘い悪戯で
「10月と言えばハロウィン」
「ハロウィンと言えば仮装」
「仮装と言えばコスプレ」
「コスプレと言ったら私」
「私と言ったら?」カチッ
\ エッチナオネーサーン /
「何だその音声」
「『ナギナギwith志乃さん読み聞かせキッズ』よ」
「何してんですか」
「ふっふっふ………」
「…………………でもその後、志乃さんにバレて『凪沙はこの子達に一体何を言わせているのかな?』ってばちくそ怒られちゃった…………ぐすっ」
「泣きたいのはこっちじゃい」
「どうも。エッチ=ナ=オネーサンこと真鶴凪沙です」
「お帰りください」
「ここが私の帰る場所よ」
人が文机に向かって熱心にペンを走らせていたところに、突如として殴り込んで来たるご機嫌な声。
大変気は進まなかったものの、椅子を回して振り向けば、上体を反らして両腕を頭の後ろに回す謎のポーズを決めたキマってる自称えっちなお姉さんがそこに。
彼女は頭に大きな魔女の三角帽子を被り、吸血鬼が着ていそうなマントで全身を覆い隠し、こめかみには太いネジが刺さっており、額には『すうちゃん命』と達筆で書かれた御札が貼られていた。俺は静かにツッコミを放棄した。
「ハロー良い子ちゃん。トリックオアトリック。お菓子とか洒落臭い。イタズラされたくなければイタズラさせなさい、性的に」
「開幕早々頭が痛くなる台詞をありがとうございます」
「どういたしまして。お礼といってはなんだけど」
「押しかけ強盗に従う義理はありません」
「つまり強盗ならば何をしても構わないということよね?」
勝てねぇ。
「ふふん。コスプレ回ね、久々の」
「生きてたんですねその設定」
「そうね。私も忘れていた気がしなくもなかった、ぶっちゃけ」
口元に手を当てて、子供の様にくすくす愉しそうに笑いながら、魔女兼吸血鬼兼フラン兼…何かもういいやキメラの化け物が優雅にこちらに歩み寄ってくる。
そのわきわきと妖しく動き回る両手から計り知れない恐怖を感じ取ったので、俺はちょうど脳へのエネルギー補給用に摘んでいた、手元に置いてあったチョコレートを一粒摘むと彼女に差し出した。
「あむ」
指ごといかれた。
「…これで見逃してもらえます?」
「ふぁ〜め」
「食べたのに」
「君が勝手にくれただけ。求めてないもの、私は」
差し出した手ごとはむはむもぐもぐしながら、化け物は無慈悲な宣告を告げる。
そして、そんな食べ方をしていたからか唇の端に付いてしまったチョコをぺろりと舌で、見せつける様に妙にゆっくりと舐め取ると、化け物は子供の様に無邪気に笑いながら俺の膝に横向きに座り、首に手を回して抱きついてくる。
「はぁ…。参考までにお聞きしますけど、どんなイタズラをするつもりですか?」
「ふふ…。構えないで?そんなに。大したイタズラじゃないわ、別に。あくまでも可愛らしいものよ――」
絶対そんな訳が無い。そんな感情を隠そうともしない俺に苦笑しながらそう言うと、彼女は黒マントの下から謎の液体が並々と入った容器と、健康の為に使用するそれ以外の用途など決して存在しないマッサージ器をぬるりと取り出した。それを目の当たりにした瞬間、何故だろう。全身が総毛立った。気の所為だろうか。
「私がとある伝手で極秘裏に入手したこの感度を3000倍にするという特製ローションと、独自カスタムした電動マッサージ器の『スーパーカイラくんMk-III』によって君を終わらない絶頂の渦に叩き落とすくらいだもの」
気の所為であってほしかった。
「それでその後君が可愛らしくア◯顔ダブルピースキメてる映像をすーちゃんにビデオレターとして送るくらい」
「それは可愛らしいではなく、おぞましいというんですよ」
貴方は知らないかもしれませんけれど。何度目だこれ。頭いいはずなんだけどなぁ。
あれかな?俺がお馬鹿だから、一緒に過ごす内にIQ下がっちゃったとか?やはり、勉強せねば(使命感)。
「『いえ〜いすーちゃん見てる〜?今から君のお兄ちゃんの身体にキモチイイことい〜っぱい教え込んじゃいまーす♡』」
「生半可なシリアルキラーでもそこまで残酷なこと考えつきませんよ」
理解が及ばない呪文を唱えながら御札を剥がし、肩を組んでご機嫌に自撮りしようとしてくる化け物の肩を押して、そっと引き剥がす。?…何だろうか。触った時、手に妙な違和感があった様な。言葉にするのが少し難しいのだが、この、温かさというか柔らかさ、というか。だが、彼女に特に気にした様子は無い。
「今まで生きてきた人生で目にする事が無かったであろうその光景。それを見てすーちゃんはずっと目を逸らしてきた己の業と向き合うことになるの。即ち……『私も姉様を◯◯したい』…」
「いつの間にか別ルート入ってるし…」
「…夢だったの。愛する君の◯へ顔ダブルピース……それを目の当たりにした快感で私も同じくダブルピース…二人合わせてフォースピース…」
「業の深い夢」
釣れない対応も何のその。上を見上げて自分の世界に恍惚と浸っている化け物。成程、確かにこの発想は化け物以外に考えつくことは出来ないだろう。恋人を壊す光景を撮影し、あまつさえその恋人の妹に送りつける。人類はまだそこまでの境地に達していないはずだから。というか壊れちゃうよ、うちの翠。
「一体全体、何が楽しくていきなりそんな拷問をされなけりゃならんのです」
「………分からない?」
「痛つ…」
呆れ顔でそう言えば、一転して笑顔を引っ込めた化け物…いや、凪沙は、俺の首元に顔を埋めると、僅かに歯を立てて徐ろに噛みついてくる。ちゅっ、と、わざとらしい大きな水音が耳に届き、間違いなく鎖骨の辺りに赤い虫刺されが出来ているであろうことを察する。明日は首元は出さない様にした方が身のためだろうか。
「…凪沙?」
「…近頃勉強ばっかりで可愛い恋人にちっとも構ってくれない可愛くない頭でっかちさんも、いっそ快楽に堕ちてしまえば、少しは肩の力が抜けて私を見てくれるんじゃないかと思って」
「………」
素っ気ないながらも、何処か寂しげな言い方に、急速に頭が冷えていった。
…そう言えば、最近は少し熱が入りすぎていたかもしれない。別に成績が堕ちてしまえった訳でも、取り立てて悪い訳でもないし、気負いすぎているという自覚も無かったが、彼女の隣を歩く男として、また無意識に悪い癖が出ていたということか。いけないな、どうにも。そして、そんな俺の背中を呆れて眺めていたお姉さんは、ハロウィンにかこつけて俺をマッサージにて優しく癒そうとしてくれた訳か。………いや、癒されるか?
「…やり過ぎはよくないわ。一人ぼっちになるわよ、誰かさんみたいに」
回された手が、俺の背中を優しく撫でる。耳元で囁かれた静かで昏い声が、俺達の過去の記憶を想起させた。
…そうか。そう言えばそうだったな。始まりは、背負い込み過ぎたことだった。
背負い込み過ぎて、いつの間にか前しか見えなくなって、やっとの思いで目的地に辿り着いて荷物を下ろして。でも、振り向けばもう誰もついてきていない。
俺と彼女の後悔にしてトラウマだ。
「…気をつけます」
「ううん。いいの、別に」
顔を離せば、少し上から彼女が俺を見下ろす形になる。
微かに熱が灯る俺の頬を優しく撫でながら、凪沙は穏やかに微笑んだ。
「…あの頃の私達はいつも一緒にいたけれど、一緒にいただけだったわね」
「今は違いますか?」
「ええ。こうして言葉と行動で素直に伝えられるくらいには」
頬に手が添えられて、愛おしそうに撫でられる。頬を赤く染めた凪沙の顔がゆっくりと近づいてきて、温かく、柔らかな感触が唇に降り注いだ。
角度を変えて、何度も啄む様に落とされていた唇は、回数を重ねるにつれて次第に深く、熱を深めていく。彼女の熱さを更に求めようと、俺はその細い身体を掻き抱き、
「………」
違和感を確たるものとした。
「…凪沙」
「んー?」
「………コスプレ、してるんですよね?」
「分かるじゃない、見れば」
「何か嫌な予感がしまして」
「例えば?」
「………その、マントの下とか」
「…………………………………」
俺のその言葉を聞き、彼女はにや〜〜〜っと、唇を三日月の様に歪めて笑った。待ってましたと言わんばかりのやらしい笑み。俺の頬に冷たい汗がつたう。
「大丈夫よ?」
そして彼女はちらりとマントを捲り
「ちゃんと巻いてるから、包帯」
「やっぱ着てない!?」
さっきから妙に柔らか過ぎると思ったんだよ!!
魔女に吸血鬼にフランケンにキョンシー。そして大きなマントの下はミイラ女ということかい!欲張りにも程がある!
「…ふふ。君が思ったより熱く私を求めてくれるから、剥がれちゃいそう…♡」
「……へ??」
「…ね、こっち」
と、徐ろに立ち上がった凪沙が、俺の腕を引っ張ってベッドの傍まで歩を進めると、手を繋いだままベッドに倒れ込む。当然、俺は諸共に巻き込まれ、必然的に凪沙に覆いかぶさる形で彼女に急接近する訳だが。
「……………っ」
「………どうかした?」
ベッドに無防備に仰向けになって、こちらを見上げながら惚けた様に笑う凪沙。彼女の横に手をつきながら、俺は大きく、そして情けなく息を飲んだ。
彼女の身体を覆い隠していた黒いマントは、白いベッドを黒に染め上げようと大きく広がり、そしてその下の頼りない包帯は、たった今もつれ合ったことで大きく緩んでいる。
そして、更にその下は―――――
「…………あらあら、目が怖いわ?」
「……これも悪戯ですか?」
「…そうね。でも、ここから先も悪戯で済むかは……君次第、かな?」
艷やかな唇に指を添え、凪沙は妖艶に笑う。
それは見え透いた魔女の罠。けれど、分かっていても、手を伸ばさずにはいられない。
己が既に囚われていたことに気づこうと時既に遅し。もう引き返せない。出来はしない。
「………どうする?」
言いながら両腕を広げ、己へと引き込もうとする彼女の可愛らしい甘えに、俺はついに観念して深く息を吐くと、その甘い甘い罠に自ら身を委ねるのだった。
コツン。
「………?」
「あら。『カイラくん』………」
「…………ああ………」
「………」
「………」
「…ん?お?え??れ、蓮さん?何でそれ持って………、え、いや、ちょちょちょ待って。待って待ってまって。あの、それほんとウケ狙いで違法カスタムしただけだから。多分人間に使っちゃいけない類の呪物だから。いやイけはするかもしれないけどいけない奴だから。私流石に使おうとも試そうとも思わなかったし、いや、ほんと」
「………」
「………ね?」
「凪沙」
「え、は、はい…?」
「トリックオアトリート」
「…………………………………………………私、ご覧の通り、包帯と絆創膏しか、持ってなくてぇ…」
「ふーん」
「……あ、食べる?包帯」
「………」
「…もしかしたら、美味しいかも?」
「………」
「なんちて」
「じゃ、イタズラしますね」
「っ待って待ってまってください!!!それ近づけないで!!?ほんとダメ!!むり!!私壊れるから!!!ふざけすぎました!!ごめんなさい!!謝るから!!ほんとダメっ、不許可っ!やだやだ!!そんなのっ、おかしくなっちゃ、ふ、や、っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっ!!!???」
※マッサージです。




