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高嶺の花が入り浸る  作者: ゆー
二人で紡ぐ『これから』のこと
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やっぱり君がいい

「何を読んでいるんですか?凪沙」

「『幼馴染の公爵に婚約破棄されて野に打ち捨てられた令嬢の私。拾ってくれたあの人はまさかの伝説の剣聖で!?〜2ヶ月で剣を極められて秘められた才能が目覚めたのかと思いきや実は私の中にいる魔王のおかげだった件〜―誰かを守るために振るえと言われた剣で私は私にベタ惚れの王子達と共に世界(とついでに元婚約者)に牙を剥く―《破》』だけど」





















「何を読んでいるんですか?凪沙」

「リセットしたところ悪いけれど『幼馴染の公爵に婚約破棄されて野に打ち捨てられた令嬢の私。拾ってくれたあの人はまさかの伝説の剣聖で!?〜2ヶ月で剣を極められて秘められた才能が目覚めたのかと思いきや実は私の中にいる魔王のおかげだった件〜―誰かを守るために振るえと言われた剣で私は私にベタ惚れの王子達と共に世界(とついでに元婚約者)に牙を剥く―《破》』なのは変わらないわよ」

「…外典か禁書の類ですか?」

「一般に流通してしまっている本よ」


いつも通りの何でもない冬の夜。


風呂を沸かして部屋に戻れば、そこには炬燵でまったり寛ぎながら、カバーの付いた本を淑やかに読む凪沙の姿。そして、その顔には久しぶりのご登場になる眼鏡。まぁ、中身は淑やかとは程遠い気がしなくもないが、本を含めると尚更。


「…そういうのも読むんですね」


俺も至福の時間を楽しむ為に炬燵へと入場する。温い。幸せ。


寒い日の彼女はこうして本を読むなどして、室内で1日を終える事が多い。

兎にも角にも、『寒いから炬燵から出たくない。この寒さで外に出るのは愚かの極み。人のすることではない』、という、素晴らしく情けない理由しか無いのだが。


そして、俺が発したその言葉を聞くやいなや、凪沙は本を閉じると幼子を嗜める様な顔になる。


「何事もまずは触れてみるものよ。何も知らずにただ忌避して、そのくせ偉そうにあれこれ知った口を聞く訳にはいかないでしょう?」

「成程」

「君は私に触れて私の気持ちよさを理解したから私の事を好き放題言えるけれども」

「………………………」


何故、話題が急に横道それて獣道をぶち抜いていったのか、それは誰にも分からない。


「で、面白いんですか?」

「あら、無視」


分からないから、無視しよう。そうしよう。触れちゃ駄目だ。いや、触れはしたんだけど。というか、言う訳が無いでしょうに。知っているのは俺だけで…何でもない。


「…面白いんですか?」

「察しなさい」


…面白くなかったんかい。

つまらなそうに天井を仰いだ凪沙は、机の上に優しく本を置くと、ぐでっとその横に突っ伏した。漏れ出るのは、乾ききった溜息。


「という訳で触れた結果、理解出来たわ。私には理解出来ない世界だということが」

「そういう小説って飽和している分、当たり外れも多そうですし、決めつけるのも早計では?」

「む。可愛くないことを」


怒られて拗ねた子供の様にむくれた凪沙が下へと姿を消した…と思いきや、にゅるりと俺の横から這い出して、腰に手を回してくる。


「お行儀が悪い」

「そう言えば、君もよく読むわよね、本。いいことよ。お姉さん的に好印象」

「…ありがとう、ございます?」

「何を読んでいるの?」

「え?いや、なんか恥ずかしいな…」

「…そう。そんなどぎついのを公衆の場で読んでいたの。…駄目よ?お姉さん以外にしては…」

「……………そもそもどうして、そんな表紙を見るだけで目が疲れる様な本を読むことにしたんです?」


こちら、本日何度目かという無視になります。返品は受け付けておりません。

…一応言っておくけど、至って普通の推理小説だからね?


寝転がった凪沙が楽しそうにこちらの腕を下から引っ張ってくるので、致し方なく、大変致し方なく俺も寝転がると、黙って腕を横に伸ばす。すぐに重みがかかってきた。


「大した事では無いわ。大学のとある先輩と、ランダムで選んだ本を読んでその感想を言い合う、という他愛ない遊びをしているだけ」

「変わった遊び…」


2人仲良く天井を見つめる。特に珍しい事でも無いので、俺も彼女も何を言うでもなく会話を再開させていた。


「変わった…というか、少し変わり者ではあるかもね。君、知らない?水無月って」

「水無月……?」


問いかけられたその名に聞き覚えがある気がして、思わず腕を組んで考え込…腕使えなかった。もう片方を眉間に当てて考える。


…ふむ、何処かで聞いたことがある様な。



「(…あ)」



…そうだ、思い出した。夫に放り出され、家に見限られた母を最後まで気にかけてくれていたという、卯月の遠縁だ。

まさかそんなところで繋がりがあったとは。人の縁とは数奇なものだ。


確か、一人娘がいた筈だ。俺より年上だったが、今はどんな風に成長しているのだろうか。


「まあ、私は官能小説じゃないだけ勝ちよね。向こうなんてえっちいやつだし。ちょっとタイトルを口にするのを憚るくらいの」


…いつか会えたら、謝ろう。


「淡々と読み進めるどころか参考にしそうな気がするけど、あの人なら」

「…同類かぁ…」

「…どういう意味かしら?経験豊富よ、私の方が。…多分」


あの凪沙が、少々、自信を持てない程度には経験豊富な女性。それだけ奔放な方なのか、別ベクトルでフリーダムな方なのかはたまた。

怖いもの見たさで会ってみたい様な、このまま頭の中の想像だけでじっとしていただきたいような。


「それはさておき、『婚約破棄』とか『ハーレム』って、やっぱりもやもやするわね、少し」


そんな俺の胸中に気づく訳もなく、凪沙は腕に乗せた顔を横にして、子供の様に膨れた顔をこちらに向けながらご不満を露わにする。


「…まあ、凪沙はそれこそ一途ですもんね」

「あら褒められた。好き♡」

「もうちょい寄り道しません??」

「私、苦手なのよね。時間をつぶすの」


…だからといって、一方通行の道をお構い無しに練り歩くのもどうかと思う。

もうちょっとこう、覚悟する時間をくれないとさ、愛する女性に真っ直ぐに想いを伝えられて、俺だって何も思わない訳が…。


「君的にはどう?『婚約破棄』」


…救いは、切り替えが早い事か。俺がそうそう素直になれない事を理解しているからかもしれないが。ふとした瞬間、垣間見えるさりげない気遣いが、情けなくも有り難い。


「…されたいんですか?婚約破棄。いや婚約してないけど」

「いやんもしそうなったら凪沙異世界転生し・ちゃ・う☆」

「遠回しに脅しかけるのやめて」


可愛らしくウインクしているけど、要は『あたし◯ぬわよ』って事ですよね怖い。


「でも逆ハーレムは…興味無くはないかも」

「え」


あまりに予想外な答えについ、彼女を見てしまう。

選り好みしなければ、それこそ選り取り見取りで作り放題だというの……自分で言っておいて何だが、胸がきゅ〜っと痛くなった。彼女が傍にいてくれる望外の喜びと、法外のプレッシャーで。

いや、今はそんなことはどうでもいい。…まさか、俺が素直じゃない事がご不満で、もっと素直な良い子とお近づきになりたくなったとか、そういうことなのだろうか。

あ、痛い痛いぽんぽん痛い。


「君以外と結ばれたくないから登場人物は全部君になるけれど」

「…どういうこと??」


「つまり


蓮A(幼年期)『ぼく、おおきくなったらおねえちゃんとけっこんする!』


蓮B(少年期)『か、勝手に部屋入ってくんなよな姉ちゃん!?』


蓮C(青年期)『へー面白え女』


蓮D(壮年期)『凪沙、俺の女になれ』


すーちゃん(すーちゃん)『姉様…お慕いしております…♡』


ということ」


「バトル漫画みたいな仕分け止めてくれません?」

「蓮E (アルティメット)『ウスノロ…』」

「そのものだった」


ご丁寧に一人一人声変えちゃって。ていうか俺、今少年期〜青年期の筈なのに明らかにどちらも別人なんですが。

気持ちが離れていなかったことは涙が出る程嬉しいけれど、当然の様にショタの俺をカウントしてるの怖くない?『寧ろ本命ですが何か?』みたいな顔しないで。


「全員もれなく夜はビーストになります」

「すーちゃんも?」

「もう、れんれんったらお盛ん♡この超絶倫人♡♡」

「それ確かもういるらしいですよ」

「毎晩毎晩私を恥ずかしい格好にしてべラボーに調教しているくせに♡」

「存在しない記憶」


毎度毎度のことながら、実に自由な真鶴さん。

甘える様に抱き着かれて、頬を指でつんつんされていたところで、凪沙が小さく身震いした。


「うぅ゙……寒いわね、やはり」


どうやら、腕枕のために上半身を出していたからか、冷えてしまったらしい。

もう片方の冷たい細い指が、何故か下から俺の服の中に入り込んで下腹の辺りを撫でてくる。お腹冷えるから止めてね。


「寒いから裸で温めあわないと。脱いで」

「寒いから嫌です」

「そ。なら上だけでいいわ。それ見て自分で温まるから」

「さも妥協している様に言っていますが嫌です」

「見せあいっこする?」

「 嫌です」

「微かに間があったわね」


ねーし。


覗き込んでくる彼女から必死に顔を逸らしていたところで、風呂場から和やかなBGMが聞こえてきた。


「沸きましたよ、お風呂」

「沸きましたわね、お風呂」

「………」


『入ってきたら如何ですか?』という思いを、これ幸いと言外に含めたつもりなのだが、凪沙が腕の上からどく気配は無い。


それどころか更に笑みを深めて、更に更に身体を密着させて耳元で囁いてくる。


「私、寒いから温まりたいわ」

「…温まってくればいいじゃないですか」

「私、寒いから温めてほしいわ」

「………」

「一途な恋人が目移りしてもいいの?」

「………」

「どぎついの、しちゃう?」


それは、悪魔の誘い。

決してそれに誘惑された訳では無いが、腕を抜いて立ち上がると、そっと手を差し出す。


契約が成立した喜びか、笑顔を更に深めて、ご機嫌にその手をとった悪魔を抱き上げると、俺は身体を翻す。

首に手を回してきた悪魔が、徐ろに頬に口付けて強く抱き着いてきた。


「ふふ。…やっぱり、私は君だけがいいわ」

「……それは何より」

「手離さないでね?」

「………言われなくても」


そして俺は、既にひとっ風呂済ませた後の様な熱さを顔に感じながらも、彼女と共に風呂場へと姿を消すのだった。




…見せあいっこは、しておりません。断じて。

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