側付きの騎士に嫌われる凡愚王女
前世の記憶を思い出して半年。
王弟の公爵からお茶会に誘う手紙が届いた私は、思いっきり顔を顰めながらミレーヌに命じる。
「断って」
「なりません。いいですか、お相手は王家の血を引く弟君のエドワード閣下であらせられます。いくらアマリリス王女殿下であっても断ってはいけません」
ミレーヌは青筋を立てた。
狙う男の弟と、面倒を見る王女が仲良くなれば、それだけ妃の座が近くなると思い込んでいる奴は面倒だ。
エドワード・フォン・ラウンドナイツ。
王弟に生まれ、ラウンドナイツ公爵家に婿入りする形で落ち着いたとされている。婚約破棄で一時期は王太子候補にまでのし上がったらしいが、前国王の支持を得られずに継承争いに負けたそうだ。
それでも王家の血を引く“代替品”であるが故に飼い殺しの日々を過ごしている……
「どこからどう見ても厄介事しか持ってこない。関わるだけ時間の無駄」
バッサリと切り捨てる私に、いつにも増してミレーヌは食い下がる。
「それは思い込みです。殿下はまだ六歳の誕生日を目前に控えた子ども。政略の狙いはあるでしょうが、あくまであわよくばでしかありませんわ」
問答も面倒になった私は、全てを投げる。
ゴネ始めたミレーヌは、とにかく面倒なのだ。
「そこまで言うなら、セッティングと調整は勝手にやって」
「殿下のお心のままに」
部屋をいそいそと退出するミレーヌ。
ようやく一人になれたので、ほっと一息を吐いた。
セシル皇太子との婚姻はまだ継続中。
お叱りの手紙は国王から貰ったが、どうやらまだ子どもということで国交問題にはならなかったらしい。様子見という事で片付けたようだ。
時々、部屋を抜け出して城を散策しているが、監視の目が強まっているのを感じる。
なので、しばらくは部屋にこもって魔法の練習だ。
「【換気の風】」
呪文を呟けば、すぐに魔法が発動する。
淀んだ空気は外から吹き込んだ風に押し出され、部屋の中は庭に咲き乱れる薔薇の香りに染まった。
素質のある【光】と【風】を使ってみて、いくつか分かったことがある。
魔法は呪文の通りに唱えないと発動しないが、魔術はかなりアレンジができる。
【疾風】という強い風を引き起こす魔術の威力を弱め、空気の循環を目的に工夫してみたところ、思ったよりも便利なものになった。
侍女たちの嫌がらせなのか、生乾きの服ばかり渡された時に重宝している。
【光】は魔法しかなく、呪文通りにしか扱えないので、威力が強すぎて調整が難しい。
これを頼りに生きていくのは、ちょっと愚か。
魔法と魔術を独学で学ぶだけでも大変なのに、王族としてのあれこれがこれから降りかかると考えるだけで気が滅入る。
十歳までに、この城を脱出しなければ。
「それにしても、公爵がいまさら私に何の用だ?」
公爵の狙いについて考えたが、想像するしかない。
権力争いか、あるいは探りか。
ここで考えても堂々巡りだ。直接会って確認するしかない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
お茶会は、王城ではなく、公爵家の別荘で行われることになった。
最低限の護衛と侍女頭ミレーヌだけを引き連れた私を、出迎えるのはお茶会の主催者。
「急な招待にも関わらずお越しいただき、誠に感謝いたします。我らが麗しきアマリリス王女殿下」
満面の笑みで、国王によく似た優男が微笑む。
王色の髪を短く整え、公爵家の紋様が刻印された指輪を身につけている。
お茶会の主催として歓待の言葉を投げかけてきた公爵に、私は適当にカーテシーで答えた。
「お誘いマジ感謝。ところで招待した理由を教えてクレメンス」
私の背後に佇むミレーヌが殺気を飛ばしてきた。
前世のネットスラングを交えた会話は、なにやら貴族にとって俗っぽい話し方に聞こえるらしく顰蹙を買うらしい。
公爵は一瞬、呆気に取られた様子だったが、苦笑いを浮かべながら着席を促す。
「殿下をお茶会に招待した理由ですが、私が個人的に興味を持ったからというのと、我が息子が側付きの騎士となりますので、その顔合わせも兼ねております」
「側付きぃ〜?」
振り返ってミレーヌに確認を取るが、彼女も知らなかったらしい。
どうやらまだ打診の状況。
今後の状況によっては、取り消しになることもあるだろう。
というか、取り消しにさせるのだが。
チラリと公爵の後ろに佇む青年を見る。
王色をバッチリ受け継いだ髪色に、公爵夫人の鋭い目を受け継いだ令息がそこにいた。
……心なしか、兄と姉に似ている気がする。
側付きの騎士とは形だけで、私を監視する為のものだろう。
ちょっと顔の良い男を近くに置けば、簡単に靡くと思っているのだろう。
「そこのぼんやりした男の子が私の側付きに?」
「ええ。ほら、自己紹介なさい」
「レオ・ラウンドナイツと申します。以後お見知りおきを」
背中を押された令息は、優雅に騎士の一礼をした。
膝を突いて、私の手を取ろうとしたので、反射的に叩く。
「気安く触らないでくれる?」
「……申し訳ありません」
ミレーヌの殺気は増すばかり。
つまり、私は王女として嫌われる行為の最適解を選んでいることになる。気分がいいなあ。
「レオ・ラウンドナイツ、冴えない名前ね」
レオは、俯いていたが、その目は更に鋭さを増していた。
いいぞ。さらに嫌われてやるからな。
「あなた、私の側付き騎士になるつもり? 王族の側付き騎士に就任することが、どういう意味を持つかご存じかしら?」
「御身をあらゆる危機から守り、国を脅かす害悪を退け────」
レオが最後まで答えるのを待たずに、公爵を睨む。
今の私は悪役令嬢も真っ青の嫌な奴だ。
「公爵閣下、あなた側付き騎士に求められる役割をちゃんと説明していなかったの?」
「レオの説明に何か不足があったのでしょうか。側付き騎士は、尊き王家の血筋を守る任務を負うものだと認識しているのですが……」
「たとえ暗殺者が正義を掲げていて、仕える主君が汚職や悪事に手を染めていても、同じことが貴方は言える?」
あーすっごい嫌な問いかけ。
レオは真剣に考え込んで、それから真っ直ぐな目で答えた。
「それが国益の為ならば」
「私は私欲の為に悪事を働くけど?」
「えっ……」
流石のレオも私の追い討ちに絶句した。
信じられないものを見た目で私を見つめ、それから救いを求めるように公爵に判断を仰ぐ。
「殿下はまだ周囲を信じられない状況にある。信頼を勝ち取っていくのが、お前の当面の目標だ。いいね?」
強引に公爵は話をいい感じにまとめた。どうやら、彼の中で私は孤立無援な王女で疑心暗鬼に陥っているという設定らしい。
圧倒的善性と余計なお節介に怒りを禁じ得ない。
ひとまず嫌悪感を植え付けるのに成功したので、代替の騎士に交換されるよりマシと思い、口を噤む事にした。
「……堅苦しいお話はここまでにいたしませんか? せっかくの紅茶が冷めてしまいますわ」
公爵夫人が恐る恐るといった様子で提案する。
既に温くなったが、誰もおかわりや替えを使用人に要求しない。
二杯目の紅茶となれば、屋敷での滞在時間が伸びる。
それは、公爵たちにとっても、私にとっても望ましくなかった。
「公爵の領地では、どんなものが民に喜ばれているのです?」
私の問いに公爵夫人は顔を明るくして、嬉々として領地の事を話し始めた。
公爵とレオは渋い顔で紅茶を啜るのみ。
「我が領地では品質の良い茶畑をいくつも有していますの。王家の方々にもいくつか献上していますのよ。殿下にお出ししているのも、最高級のもので────」
必死に舌を動かす公爵夫人ジョゼフィーヌ。
せめてお茶会を最悪から妥協点に修正したいという意思が見て取れた。
公爵とレオに嫌われる事に成功はしたので、ここは彼女の面子を立てる為にも話に乗ってやった。
お別れの時間が近づいた頃、いくつかの手土産をジョゼフィーヌから渡される。
「どうか、フィリップ王太子殿下とローズ王女殿下にもよろしくお伝えくださいませ」
公爵が微かに肩を跳ねさせたのが、視界の端に見えた。
違和感を覚えつつも、「あ〜手紙で伝えとく」とだけ返した私に、ジョゼフィーヌは柔らかく微笑んでいた。
馬車に乗り込むや否や、怒涛の勢いで説教をかますミレーヌを受け流しながら、ぼんやりと考える。
どうしても気になるのは、別れ際の一言。
何故、国王や王妃ではなく、兄と姉の名を出したのか。
王色よりはくすんで見える夫人の髪色と目元、王弟の王色の組み合わせならば、王族の子どもに偽装することも出来るのでは?
「ミレーヌ、城に到着したら手土産を私の部屋に運べ」
「はあ? まあ、ご命令ならば従いますよ」
どうやら、王族は私が想定していたよりも深い闇を内に抱えているらしい。