8 真相に迫る
「あまりにも突然すぎやしませんか?」
開口一番それか。
…だが、ぐうの音も出ない。私もまさかこうなるとは思っていなかった。後悔はないが。
昨日、ダイアンと話をし、自分の気持ちに向き合う時間をと言った矢先に、まさか嫉妬からミリーの初めてを奪うことになるなんて、誰が想像できただろうか。
「………迷惑をかけた」
一度抱いた後に気を失ったミリフィーナを慎重にベッドに寝かせ、部屋を抜けてダイアンにこの後の公務を全て丸投げして再び戻った。重要案件がそんなになかったとは言え、色々と調整も大変だったとは思ってる。
「そんなことは今はどうでもいい。
そうじゃなく!!どこをどうしたら、恋の自覚をすっ飛ばしてミリフィーナ様と突然初夜を迎える事態になるんです!!!??」
昨日、自分の気持ちに悩んでいると言っていたのはなんだったのか!そう言いたい気持ちがひしひしとダイアンからは伝わってくる。
「だから、私もこうなるとは思ってもいなかった。
…その、ミリーの元にリヴィウスが会いに来ていて、好意を伝えようとしている姿を見たら頭に血が上り……」
「そのままの勢いで抱いた…と」
冷静ではなかった自覚はある。
「それに関しては本当に申し訳ないと思っている。
……ただ、白い結婚のままではいつか本当に失ってしまうと思ったら……止められなかった」
とはいえ、本当に拒否されたのなら途中だろうとやめるつもりでいたんだ。…けれど、ミリーは受け入れてくれた。好きだと言ってくれた。
愛の言葉など、閨の中では偽りの言葉だということもあるらしいが、ミリーのあの様子を見る限り嘘偽りないだろう。
…偽りだとしても、これから私の一生を懸けて本当にしていく。
「あんなに冷たくしていたのに、ミリフィーナ様はよく受け入れて下さいましたね。俺がもしその立場だったら殴り飛ばして全力拒否すると思いますが。
…もういっそ、聖母と言っても過言ではないんじゃないですか」
聖母………。確かに、ミリーなら似合いそうだ。
「…いやだからにやけてないでっ!!
それで………これからどうするんです?」
「どう…とは?」
「このままうやむやにしていいことじゃないでしょ?
ちゃんと……話してきてください。王子妃殿下と。
それが、今日のライオネル殿下の最重要公務です。」
目の前で私が処理しようとした書類を引ったくるように奪うと、そう告げてダイアンは書類整理を始めた。
「………ダイアン……、あぁ………すまない」
私の代わりに整理、分別をし始めたダイアン。当然王子である私にしか出来ない仕事もあるが、その分別も含め出来ることを肩代わりしてくれるようだ。
私はその時間を無駄にしないように、再び自室へと戻った。
ミリーと話をするために。
部屋に戻ると、ちょうど目を覚ましたミリーが寝ぼけ眼で布団から出ようとしていた。昨晩激しく抱いた自覚がある私の想像通り、思うように動かないミリーはベッドから滑り落ちそうになり、慌てて駆け寄り抱き留めた。
「危ないよ、ミリー?まだ、上手く身体が動かないだろう?」
「ひゃ……っ!!で、でででで殿下!!
お、おはようございます……っ。あの、その…は、離して下さいませ……」
シーツ1枚しか身体に纏っていない彼女は恥ずかしいのか顔を真っ赤にしながら腕の中から逃げ出そうとする。
「ミリー。ライ、だよ。昨日教えたよね?」
「……っっ!!み、耳許でお話するのはご勘弁下さいませ…っ。ラ、ライ…様」
あぁ、テレるミリーも、耳が弱くて敏感なミリーも、何もかもが甘く愛しい。もう一度続きを…と思う心を静め、話をするために残念だけれどゆっくり離れてベッドに横たわれるように移動を手伝った。
本当なら侍女を呼び、着替えてからゆっくりと話をするべきだ。けれど、その前に彼女とは2人きりで話したかった。
寒くないように私のジャケットを彼女に掛けて、肩を抱き寄せて隣に座った。
「………このまま、私の話を聞いて貰えるだろうか」
「ライ様………、は、はい」
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幼少期に起きた事件のこと、そのトラウマから女性が苦手で嫌悪感すら感じていたこと。王太子である兄上に男児が生まれはしたが、未だに私を王権争いに巻き込もうとする第2王子派閥というものが(本人の意思に反して)あり、それを黙らせる為に婚姻を命じられた。
中立派の公爵家が息女であるミリフィーナの嫁ぎ先を探している情報を得た国王陛下は、これ幸いと公爵に婚姻を命じた。
私は王位継承権を返上するから婚姻の必要はないと告げていたし、公爵の方も最初は辞退していたそうだが、王が万一の為にも必要な存在だからと却下された。
……私は貴族女性は皆どうせ同じような者ばかりだと思っていた。地位や権力、そして容姿に惹かれて私の中身など必要ではないのだと。
「……だから、私は白い結婚を貴女に告げた。不要な火種はいらぬと思っていたし、何より私に人を…女性を愛せるとは思っていなかったからね」
「で、では……っ!」
さっきまで静かに聞いていたミリーは、突然瞳を輝かせて身を乗り出してきた。…ん?今の話にそんなときめく話題があったか………?それより、身を乗り出してきたことで彼女の柔らかい感触が腕に当たり、思考が違う方へ持っていかれそうになるのを必死に食い止めた。
気を取り直して初夜での失言を改めて詫びようと言葉を続けた。
「………あぁ、あの時は…」
「殿下は、やはりダイアン様と想いを寄せ合っていたのですね!!!」
「………は?」
ーまて。
まてまてまて、何がどうしてそんなことになる??
否定しようと声を発する前に興奮したミリーはさらに話を続けた。
「迫り来る女性の魔の手。女性がトラウマになってしまった殿下に寄り添うダイアン様。友だと思っていたのに、いつの間にか心惹かれるようになって……2人は……っっ」
「違う……っ!!!!」
「………え?」
ダイアンと私が恋仲だと……!!??
想像するだけで気持ち悪い!何故そんな思想になるんだっ!
……というか。どうしてそんな嬉しそうなんだ……っ!?
「違うの、ですか……?」
そして、何故悲しそうにする………。
君は、私の、妻だろう!?
「そ、それより。
私の方こそミリーに聞きたいことがある」
これこそが、今日の…いやこれからの本題だ。
「ミリーに、会いに来ていたリヴィウスだが………、本当に好きではないのか………?」
「え。リヴィ、ですか…?ただの幼馴染みですよ?
それ以下でも以上でもありませんわ」
いや、どう考えてもただの幼馴染みだはないだろう。…少なくとも、あちら側は。
ミリーの反応を見る限り、その想いには気付いていないようだが、それにしたって愛称で呼ぶ仲というのがただの幼馴染みというのはどうなんだ……!??
私が不審に思っているのが伝わったのだろう。
ミリーはやや気まずそうに切り出した。
「あぁ……その…あえて言うなら、気安くはあったかもしれませんわね。…その、私の趣味嗜好を子供の時から知っているので…」
「趣味、嗜好……?」
それほどに仲が良いというアピールか?
これ以上私を嫉妬させてどうしようと……?
そんな私の思い込みは次のミリーの発言で全て持っていかれることになる。
「はい。…その、私……男性同士の恋愛物語が大好きなのです!!!」