6 ミリフィーナとの距離が縮まらない
あの日以来、私はあえて彼女と会う時にダイアンを側に控えさせた。だが、私に向ける瞳もダイアンに向ける笑顔もいつもと変わらない。それほどに演じるのが上手いのか、それとも私の勘違いだったのか。
あの日物陰から食い入るように見つめていた眼差しは、共にお茶会をしている時には見ることは叶わなかった。
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「何か欲しいものはないのか」
「え……?」
茶会が増えたからと言って、私的な会話が増えたわけではない。相変わらず、話のメインは仕事のことばかり。今も彼女の好きな色すら知らない。
必要最低限しかお金を使わないミリフィーナに好感を持ち、慕う者は今もなお増えている。最近などこんなに持っていても使えないから孤児院の支援に回すのはどうかと言い出し慌てて父親が止めにきたという話まで聞いた。
その後公爵を通じて、孤児院支援の政策が取り決められ予算もしっかり国から出すことになったと伝えてようやくその考えを改めたのだとか。
………この無欲さは一体どこから来るのか。
彼女自身の望みはなんなのだろう。
ー結果全くわからなくてこうして直接聞く羽目になっているのだが。
「安心して下さいませ」
「……は…?」
安心…とは?
「私、今あるもので十分満足していますわ。
頼れる侍女と騎士、優しい民と理解ある旦那様のお陰で恙無く暮らしております。どうかお気遣いなく」
これは………。
完全に伝わっていない……っっ。
私はただ、いつも公務を手伝ってくれる感謝を伝えられればと望むものを聞いたつもりだった。けれど、彼女は逆の意味で捉えていた。
ミリフィーナが何か良からぬものを買おうとしていると私が疑っていると思われている。
最初に告げた言葉が悪かったから…だろうか。
愛することはないと言ったが、それ以外に余計なことは言っていない………はずだ。
私は聞くことを諦め、ただ静かに時が過ぎるのを待った。
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「不器用にも程がありますよ、ライオネル殿下」
「言うな」
ダイアンからミリフィーナのことを聞かれ、先程の茶会での出来事をやんわり話すと頭を抱えながらいつもの呆れ顔でそう言われた。上手くいっていないことくらい私だってわかっている!だが、どうすれば良いのかわからないのだ。
「ちなみに、俺はミリフィーナ様の好きなもの知ってます」
「なんでだ!!」
思わず突っ込んでしまった。
「そりゃあ、世間話のついでに。
…というのは冗談で、ライがそんな調子だからだよ。代わりに聞いてやってるんだ、少しは感謝して欲しいくらいだ」
「……すまない」
………情けない。いくら女性が苦手だからといって今までもう少し上手く立ち回っていたはずだ。なのに、ミリフィーナには何をやっても空回りばかり。先日も謎の行動についてそれとなく聞いてみようとしたが、自由時間は部屋で刺繍をしたり本を読んだりしているという嘘をつかれそれ以上追及も出来なかった。結局読んでいた本の話から何故か外交問題について話すことになり、仕事の話で終わってしまった。
「公務なら流暢に会話が続いて有意義に過ごせるのに、プライベートはまるでダメ。それどころか距離が広がる一方…ですか。もういっそ好きだって言えばいいんじゃないですか?」
「…なっ、!何故そうなる……っ!」
確かに最初こそ警戒していたが、彼女に嫌悪感も不快感も感じない。真面目で努力家で、淡々と公務をこなし、時には私にも想像がつかない発想でアイデアを出し、実際に新たな政策に繋がることもある。
好ましい人柄だと思っているが、それがどうしていきなり好きだと言う話になるんだ。
「………そこまで言っててそれでもわからないんですか、そうですか………」
物凄い冷めた目で見られている。おい、本当に失礼だぞ。言葉を丁寧にすればいいと言う問題じゃない。
「そんなんじゃ、いつか横からかっさらわれますよ?」
「王子妃に手を出したら犯罪だぞ」
かっさらう?…ミリフィーナが、いなくなる?
「何言ってるんですか、白い結婚のくせに。
このままいけば、半年後には離縁されますよ?
殿下だって、最初はそのつもりでしたでしょ」
「そう……だが」
思わず言葉に詰まる。
確かに、最初はそれも想定していた。
「ミリフィーナ様をお好きな方は多いと思いますよ?
殿下と結婚されたから手を出さないだけで、もしも離縁したら引く手あまたなんじゃないですか?現に文官からも武官からも相当好意持たれてますし」
「…なっ」
離縁したら、手を出す…だと?
イライラする気持ちが沸き起こる。
ミリフィーナは、私の妻だ。
「そんなに殺気だってるくせに、よく好きじゃないとか言えるな。一度、自分の気持ちと向き合ってみろ。
もし、ミリフィーナ様が離縁したあとに他の男と結婚することになったら。その時、どう思うのか」
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あれからダイアンと別れ、私は頭を冷やすために中庭に向かった。一度気持ちを整頓したかった。
ミリフィーナのことは1人の人として尊敬している。演技や嘘だったとしても、妃として十分働き人間関係も良好で父や兄夫婦とも仲が良く王妃とも上手く付き合っているという報告も聞く。
好き、か。
そもそも私は恋愛感情がどういうものかわからない。
何が正解でどうすれば良いのか。
気持ちと向き合うと言ってもそもそもの出発点かわからないのだ。
『ミリフィーナ様が離縁したあとに他の男と結婚することになったら。その時、どう思うのか』
先程言われた言葉が脳裏をよぎった。
以前、物陰からダイアンを見つめるミリフィーナを見たとき、胸がチリッと痛んだ気がした。あれは…今思うと嫌、だったのかもしれない。
私には一切関心を持たない癖に、他の者にばかり気に掛ける彼女に、側にいられるだけでいいと言いながら、近付いてこない彼女に、もっと側にいて欲しい…と思う心がわいた。
これは……嫉妬なのだろうか。
私と離縁したら、彼女がその誰かに笑い掛けるのだろうか。誕生日プレゼントを渡したあの時に見た、感情の灯った微笑みと綺麗なアメジストの瞳で。
ズキズキと胸が痛んだ。
ー嫌だ、渡したくない。
あの微笑みを私はまた見たい、私だけに向けて欲しい。
なんだ、そういうことか。
ー好き、なんだ。