4 完璧すぎる王子妃
傍にいられるだけで良いという言葉は本当のようで、彼女の方から私に近付いてくることはなかった。
共にあるのはあくまで公務で必要なときだけ。白い結婚であることを周りに気付かせないほど人前では円満な夫婦を演じ、プライベートになればスッと一歩下がり別行動をする。
あまりにもあっけなさ過ぎる。
最初だけ淑女の仮面を被り、その内化けの皮が剥がれて私に何か求めてくると思っていたのに拍子抜けしてしまう。
公爵が言うように、足を引っ張らないどころか王子妃教育を受けながら、与えられた公務をいとも容易くこなしていく。むしろ、今まで抱えていた負担を軽減してくれて自由時間が出来たくらいだ。
王命で急に決まった為、結婚前に教育が終わらなかったし、本当の妻にするつもりもなかったので公務に関しては全く期待していなかった。
それがどうだ。
書類仕事も淡々とこなし、周囲の人間との人間関係も良好。…いやむしろ好かれていると言っていい。それすらも演じているのではないかと思うのだが、月に一度の孤児院訪問も嫌がらず、子供たちと楽しそうに遊んでいるという話まで聞く。
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「どう思う」
「…どう、とは?」
訝しげにダイアンが返す。
「だから、私の妻の事だ」
「あぁ、ミリフィーナ様のことですか」
む。何故、ダイアンが名前で呼んでいるのだ。2人に接点などあっただろうか。……何故か胸がちりっとした。
「いつから彼女と親しくしているんだ?」
「…へ?あぁ、公務でお会いする時や書類を届けに行った際に話をしてたら、名を呼ぶ許可を貰ってね。
いやぁ、優しいし賢いし美人だし。あれだけ身分の隔たりなく接してくれる人は貴重だろ?今までの令嬢方がなんだったのかと思うくらいの逸材じゃないか。
良い奥さん貰ったじゃん。良かったな!」
ばしばしと肩を叩いてくる腕を振り払い、しかめっ面をしてしまう。……良すぎるから困っているんだ。
「…………」
「……疑ってんのか」
「そういうわけでは……」
ない、とは言い切れない。例え演じていたのだとしても、やっていることは全て真っ当で清く正しい。だからこそ、信じきれない。そんな人間が本当にいるのか、と。
ダイアンはそんな私の様子に気付いていたが、ふぅと一息吐き出すと殊更明るい声で話し出した。
「今までのことを考えればすぐに信じろ、とは言わないけどさ。少しは認めてもいいんじゃないか?公務以外で話す機会もないんだろ?ミリフィーナ様のお陰で時間も出来たんだしお茶会でも開いてみたらどうだ」
「お茶会なら今までも…」
「それは、あくまで月一の決められた交流の場であって、お前が主催したものじゃないだろ?……ライから歩み寄ってみても、良いと思うぞ」
確かに、彼女とは公務以外でほとんど話したことがない。月に一度開かれるお茶会はある意味公務と同じで毎月スケジュールの中に組み込まれているものだ。そこで話すことも、良く考えれば公務のことばかりだ。
「………そう、だな」
「あ!贈り物とか贈るのはどうだ?どうせお前のことだから、人任せにして渡したこともないんだろ?誕生日が近いんだから、それにかこつけて渡すことも出来るし」
「…………誕生日…………」
「「………………」」
お互いの間に気まずい沈黙が走った。
「ま、まさかとは思うが……知らないとか、言わないよな?」
「…………再来週……の、はずだ……」
「ライ。お前今思い出しただろ」
「………すまない」
ダイアンから特大のお説教をくらい、急遽プレゼントを用意することになった。彼女のことを何も知らない私は趣味も好みもわからない。まして、女性への贈り物など用意したことがない。呼び出した宝石商を前に、ダイアンからのアドバイスを元にして私の瞳の色のネックレスと揃いのイヤリングを用意した。
「まぁ、こちらを私に……?」
「あぁ…そろそろ誕生日だろう。私の妃として相応しいものを用意した」
しまった。
あまりに傲慢なもの言いになってしまった。
けれど、その言葉を彼女は気にすることもなく、箱に入れられたネックレスにソッと手を伸ばし、普段あまり変わらない表情を僅かに紅潮させ嬉しそうに微笑んだ。
「………綺麗」
そう呟いた彼女の潤むアメジストの瞳を見て、一瞬時が止まったかのように感じた。
「大切に大切に使わせて頂きますわ。
ありがとうございます」
「あ、あぁ」
そうお礼を言う時にはいつもの淑女の笑みに戻っていて、気のせいだと思うことにした。
ーけれど、それ以降どうにも彼女…ミリフィーナが気になってしまうことに、なる。
それで気付いた。
ー彼女の謎の行動に。