5 地の果てまでも、どこにいようとも
芸術都市、王城の一室、崩落の時より二か月後————
あの時より、二か月がたった。
武装都市の兵と街の暴動を鎮圧すると言い出した騎士は、ゴオに訴えた。
もちろん、ゴオも嫌だった。今すぐにでもエリナの〝不死〟ペンダントを捜索したかった。
だが目の前の騎士の圧力があまりに強いものだから、思わず首を縦にふってしまったのだ。
だが、条件を提示した。
今度は約束を違えさせないように自分の同行を認めろと。
一度離れて「恩返しをする相手がいなかったので、自然消滅してしまったよ。ハハッハハハッ!」などと言われてはたまったものではない。
それはケーニヒも望むことだったらしい。彼も戦力の増加は喜ばしい事だ。
そして、全てを終えて契約は守られた。
彼は見た目通り紳士であり、情に深い人間だったようだ。
騎士に戻った彼は、ゴオの城内での移動を認めるばかりか、行く当てのないゴオに上質な部屋を与え、魔術師の工房の入室を許可した。
初めは敷居の高い生活に肩の力が抜けなかったが、一週間も経てば慣れたものだ。
そして二か月がたった現在、ゴオが工房で魔術の修練にあけくれている時、扉が開いた。
「やあ、今日も勉強しているみたいだね」
現れた人物は都市の騎士であるケーニヒだった。
初めに見た傷だらけのみすぼらしい姿ではない。甲冑に身を包んだ騎士の姿だった。
彼の登場に開いていた書物を閉じ、棚に戻す。
不思議なことにこの世界の文字はつらつらと読めた。
これもあのクソ野郎に頭をいじくられたせいだろう。
だが不思議だ。
エリナの話では自分には魔力がないはずだ。
たとえ記されている魔術を起動してもその式は構築されるはずがない。
しかし、問題なく使用できている。もしや、いつのまにか魔力が発現したのか?
「あなたがここに来るとは珍しいですね。執務作業は終わったのですか?」
ケーニヒは都市の騎士に戻り、その引継ぎで忙しい身のはずだ。
彼がゴオに王城を案内した後は、しばらく顔を合わせることが出来なかった。
「余裕が出来てね。君とは一度話をしたかった」
ケーニヒが工房に入り込むことを確認したゴオは彼を出迎える。
床を変形させ椅子を作り、自身の正面に物質操作によりテーブルと椅子を持ってきた。
製造した椅子に腰かけたゴオは、その様子に驚くケーニヒを対面の椅子へと促す。
「紅茶でも飲みますか?」
物質操作でティーとカップを持ってこようとしたが、それを目前の騎士が制止する。
「いや、君も忙しいだろう?時間は取らせないよ。…あと、あまり部屋の形は変えるなよ」
ケーニヒは片眉を上げて、ゴオが座する椅子を見る。
それにゴオは「直せるので大丈夫ですよ」と返したが、ケーニヒは「そういう問題ではないのだけどね…」と返す。
ケーニヒは自身の座る椅子とテーブルをまじまじと見つめ、口を開く。
「それにしても随分と上達したものだね」
「むしろここに来てからは、これしかやってないので嫌でも上達しますよ」
ケーニヒは「それにしてもだけどなぁ」と思いながらも、それを言わずゴオ本来の目的について話を移す。
「いいのかい?魔術の研鑽ばかりして。探し物があったのだろう?あんなに必死だったのに」
その言葉を合図にしたかのようにゴオの後方で物音がした。
その音の正体は彼らの前に姿を現す。
それは芸術都市に相応しい荘厳な箱だった。
「これは?」
ケーニヒは目前に舞い降りたそれが何なのかを問うた。
「ここに〝不死〟のペンダントが入っていました」
ゴオの発言を皮切り箱が開く。
彼の言う通り、箱の中身は空だった。
「一体どこから…」
「女王はここの魔術師と協力して保管していたのでしょう。強力な封印が施されていました」
ゴオは箱の在処を三日で見つけたのだ。
この大きな城内をしらみつぶしに探すわけにはいかない。時間がかかりすぎる。
彼は自身の排出する獣と同化し、嗅覚の精度を引き上げたのだ。
だが、昼間にそれをするわけにはいかず真夜中の限られた時間にするしかなかったが、忘れるはずのない匂いだ。辿った先の封印の施された隠し扉に行きついた。
「おお、さすがだね。一人で解いたのかい?」
ケーニヒも都市の人間だ。彼は魔術師の陰湿さを知っている。
相当に入り乱れ、複雑化した術式は本人でもそれなりの時間を有する。そのうえ正しい手順で解除を試みなければ恐ろしいしっぺ返しが飛んでくることに。
「いいえ、僕はそこまで頭が良くないので…封印ごと壊しました」
ゴオもそれは身に染みた。術者は余程取られたくなかったのだろう。扉を触ったゴオは衝撃に襲われ、丸一日寝込むことになった。
「さて、ケーニヒさん。聞きたいことがあります…」
使用を許された工房、ゴオはここに居座った。むしろ与えられた上質な部屋はほとんど使っていない。ここで暮らしている。だが————
「この工房の主はどこに行ったのですか?」
ケーニヒはその視線に身震いした。
容赦が感じられない明確な殺意を孕んだ視線、ハイライトのなくなった目はケーニヒに確信を与えた。
「……君に良い条件を与えよう」
ケーニヒとて王の傍らで数多の騎士や魔術師、兵士を見てきた。
だがその中でもここまで異質な者はいたか?
この恐ろしい成長性とおぞましい執念を持った少年は欲しい。
「君が私の下に来てくれるなら、あらゆる人材を駆使してその人物を見つけ出そう。世界中に人員を配置させ、都市の裏側までその全てを暴こう」
そのためならば、どんな苦労も厭わない。
むしろ手放して他に行かれる方が恐ろしい。
「決して逃しはしない。必ずや君の前にそいつを引きずり出して見せる」
いずれ王となる自分には強力な味方が必要だ。