表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

4.3 浸食黒波、大神の使い

中央街、近郊—————————


 魔女の住居を発ち、獣の背に乗り東に向かうこと数時間が経過した。

 通常ならば、移り変わりのない景色に眠気を誘われるところだが、今のゴオにそれはない。

 なぜなら自分には大切な人より託された使命がある。

 それを遂行するまでは気を抜くわけにはいかない。

 ゴオ・ダンは目に入った鉱山都市を目印に東に向かっていた。

「ん?ちょっと待て。あそこに降りてくれ。」

 目的地はエリナが盗まれたというペンダントの在処、それを盗んだという王族の住まう芸術都市だ。

 その道中、街を発見した彼は、自分を乗せて飛翔する獣に降下するように指示する。

(ここが?鉱山都市と比べると都市って感じじゃないけど・・・)

 街の中央に着地する。今が夜で良かった。人通りが少なく、存在が見つかりにくい。

 この街の住人もいきなり街中に危険な獣が現れれば大騒ぎ、または駆除されるところだっただろう。

 獣から降りて、辺りを見回す。

(集落…か?城もないように見える)

 全てが見えるわけではない。だが月明かりに照らされて大体は把握できる。

 まずは、ここがどこかを知らなければならないと思い、とりあえず歩を進める。

 だが夜であることは隠密としては良いが、情報を集めるには都合が悪い。

 正直、人とは極力接触したくない自分にとっては安心するような、だが師からの教えに逆らうことになるような、複雑な感情になった。

「これは……うわ⁉」

 歩を進めると足が落ちた、大地を踏みしめようとした左足が落下する。

 それと同時に冷たい感触が感じる。

 自分が足を入れていたのは、池だった。

 目の前に見えた巨大な何かに気を取られたせいで、足元が確認できていなかったため落ちてしまった。

 足を取られたゴオは、そのまま池に半身浴してしまった。

 水に落ちた音が静かな夜にはよく響いた。だからだろう…。

「それに誰かいるのですか?」

 別方向から声が聞こえた。そちらを向いて存在を確認するがまだいない。その代わり建物の

陰から声と足音が近づく。

 人と接触できたことに喜ぶが、この獣を見られるのはまずいと思い、慌てて肉体に戻す。

 何とかその吸収する光景を見られることなく、その人間と接触する。

 夜風に障るためだろうか、少し厚着の初老の人物が現れた。

 しかし、隆起する筋肉が彼から老いを感じさせない。

 若き日はそれなりに名の知れた武人だったのか。

 彼はランプを掲げ、ゴオが池に落ちたことに気付く。

「おや?どうされたのですか?」

「えっと、僕は…」

 ゴオは言葉を詰まらせる。

 人に会えたのは良いが、こんな夜更けに街をうろつく人間を不審に思われるのではないか?

 出来るだけ当たり障りのない回答をしなければ。

 しかし、この状況を切り抜ける社会経験がないゴオにとってそれはとても難しかった。

(しまった。何て言えばいいだろう?とにかく今はここがどこか聞くか?いやまずは挨拶か。でもこの世界の挨拶って?言語野は同じだから一緒だよな?)

 そんな悩むゴオの様子を見て、目の前の男は勘違いをする。

「こんな時間に一人で…もしや迷い人ですかな?」

 目の前の男は自分の事を迷子と勘違いしたようだ。まあ、実際にそうなのだが…。

 ゴオはそれを認めて、現在位置を聞く。

「…はい。ここはどこですか?」

 その質問に男は一瞬、怪訝そうな顔をしたが、すぐに納得した表情に変わった。

「…もしやあなたも田舎で暮らし、都市を出たのですかな?数日前にもあなたと同じような人がいた。ここは四方すべての都市の中央に位置する街です」

 ゴオがここを訪れて初めに感じた疑問の通り、どうやらここは芸術都市と呼ばれる場所ではなかったようだ。

 それに確認できる限り、街の建築様式が統一されていないのだ。

 その言葉を聞いて、ゴオは更に男に話しかける。

「中央…僕、東の街を目指していて、街への方角って…」

「あちらですな」

 男はゴオの話を聞き、芸術都市の方角を指さす。

 ここが東の都市ではないこと、その方角もわかった。

 ゴオは目的地を目指すことにした。

「ありがとうございます。じゃあ、僕はこれでッ!」

 その背中を男は呼び止めた。

「お待ちを、もう夜更けです。こんな時間では馬車も動いておりません。その様子だと徒歩でここまで来られたのでしょう?今日はもうお休みになられた方がよろしいかと。宿泊場所がないならうちに泊まっていかれますか?」

 男の呼びかけに、ゴオは止まらず、走りながら振り返って答える。

 この初老の人物に出来るだけ後味が悪くならないように、活発に、大きな声で答えた。

「えっと…大丈夫です!当てはありますから!」

 その背を馬車の乗り手を生業とするチェインは不安げに見守る。

(心配ですなぁ…)

 そして街の出口に出た彼は、また飛翔する獣を出現させ、目的地を目指す。



                  ◇ ◇ ◇



芸術都市、上空——————


 中央街で出会った人物の言葉通りに示した方角を進み数時間。

 ゴオはそれを見た時、間違いなくここが芸術都市だと確信した。

 芸術都市と呼ばれるくらいだ。その外壁を細部に至るまで刺繡が施されていた。

 その彩りは続きがあることから、外壁全体にそれは描かれているのだろう。

 ゴオは気を引き締め、ここからだと目下の建築物の屋上に降下した。

 あまり良くは確認できていなかったが、近くに来て改めて実感した。

 ここは間違いなく芸術都市だ。

 その芸術が加えられているのは外壁だけではなかった。内部の建築物はその全てが美的観点から作られ、さながら現実とは隔絶された世界のようだった。

 ゴオは二度目の転生を繰り返したような感覚に襲われる。

 しかし、目の前の世界に目を奪われている場合ではない。視界を回す。

 目指すは都市の中央で天を衝かんが如く聳える敵の根城。

 ゴオはそこに獣を向かわせる。

 見つかっては面倒だ。時間も惜しい。

 一人と一匹の獣は闇に紛れながら、屋上伝いに王城に接近する。

 そうしてなんとか見つかることなく王城の外壁に張り付いたゴオは、王城への侵入口を探す。

 王城内に潜入し、この城の主の下に辿り着かなければ。

 作戦もある。いくら王の間に護衛がいようとも、さすがにあの大質量には敵うまい。

 脅してでもエリナの大切なものを取り返さなければならない。

 だが、問題もある。

 ゴオは現在顔を隠すものを持っていないということだ。

 いくら初めに盗んだのが向こうだとはいえ、そんな手荒な手段で取り返せば自分は都市のお尋ね者になるはずだ。

 そうなった場合、二度と芸術都市に近づかなければいい話なのだが、もしも国境を越えて指名手配された場合は相当に不味い。

 侵入する前に一度身を隠す道具を身に着けてくるべきか、と考えた時、ゴオは王城の裏側が騒がしいことに気付いた。

 現在ゴオがいる場所は王城の西側、彼はそちらに向かい旋回する。

 初めそれを見た時は何事かと思った。

 なんと王城から大量の兵士が東に向けて行進しているではないか。

 ちょうどいいと思った。

 奴らの鎧と兜を身に着ければ、怪しまれることなく王城に侵入することが出来る。

 だが、さすがに王城直下で兵士を襲うのにリスクが生じる。

 ゴオは兵士が行進するその先に向かった。



                  ◇ ◇ ◇



芸術都市、女王軍行進部隊、本陣————


 街明かりに照らされる集団、王城より流れ出る兵士の行進群、その中段にこの都市の主がいた。

 彼女は過剰な装飾の加えられた巨大な馬車の上で腰かけながら目的地を目指す。

 その見た目は取り付けられた煌びやかさから半ば輿のようであった。

 彼女は作戦途中であった魔女の秘宝について思考を巡らせる。

 前王より都市の主である証を奪い、魔女の〝不死〟のペンダントを「今だ、未完成」と言い放ち王城に保管している芸術都市の女王。

 彼女は己が部下を過信し、魔女エリナを過小評価していた。

 女王は〝不死〟のペンダントを一目見た時、魔女にはもう時間は少ないと見抜いた。

 その時の女王は〝不死〟のペンダントを〝不老不死〟のペンダントだと勘違いしたのだ。

 如何に魂を不朽にしようとも肉体的衰え、全盛期の終了を迎えた伝説など我が精鋭数名で事足りると事態を軽く捕らえた。

 だが三名の精鋭を送り出す時には、その考えは変わっていた。

 女王は〝不死〟のペンダントの原理と効力を知った。だが肝心の製造法がわからなかったのだ。

 ならば精鋭にはその研究資料を持ち帰らせなければならない。

 しかし女王の脳裏にはもう一つの可能性が浮かんだ。

 これだけの理論を作り上げる天才が肉体の永久化を完成させていないなどあり得るのかと。

 女王は疑念から部下に命じた。

『魔女の肉体の永久化、その秘宝を持ち帰れ』

 今回送り出した使者がそれを持ち帰れば御の字、失敗したならまた新たな刺客を送ればよい。当てが外れていたなら、どうせ奴はジリ貧だ。そう考えたのだ。

 そして今回送り出した精鋭は帰還してこなかった。

 その事実から魔女は肉体の永久化を完成させている可能性が高い。

 奴は〝不老不死〟、ならばこちらも全精力を投じなければならない。一度目と同じように。

 しかしそれもこの殲滅戦の後だ。

 まずは目障りな革命派を潰さねばならない。

「待っていろよ。ケーニヒ」

 ケーニヒ・ヴァールハイト、共に前王に仕えたかつての同僚。

 奴と奴が率いる革命派は大した脅威ではないが、ケーニヒが持つ前王より譲り受けた宝石は厄介だ。

 都市の勢力が魔女に逸れた間に悪さをされても困る。

 勢力一万の女王軍は今、東門を抜けた砦で女王暗殺を目論む勢力五百の革命派を叩き潰すために行進していた。

 確かに砦で籠城戦をされれば、倍以上の勢力を投じなければ確実に落とせないだろう。しかし五百に対して一万の勢力は異常だ。

 その理由、女王の目的は圧倒的力の誇示だ。

 都市の民に女王の威厳と恐怖を与え、彼らの女王への信仰心を集める。

 集められた信仰心は自身の傍らにある都市の王である証の水晶に集められる。

 そうすれば水晶の力も増し、女王の輝かしい計画を絶対のものにする。

 女王は計画の成功を妄想し、口角を吊り上げる。

「女王よ、教会の〝八傑〟がお見えです。お目通り願います」

 そこで女王の忠臣であるトラザムが客人の訪れを知らせる。 

 女王はその客人の訪れに、呆れと苛立ちから眉を曲げる。

 監視ばかりに明け暮れ、今までろくに働いていない無能が今更何の用だというのか。

「フンッ!私が戦場に出て、ようやく動きだしたか」

「…女王の身を案じているのです。何より王権の保持者の守護こそ彼らの使命です」

「抜かせ、奴らが案じているのは私などではない。この水晶だ」

 女王はトラザムの言葉を一蹴する。

 その建前があまりにも馬鹿らしかったからだ。

 〝八傑〟とは各都市に二人配置され、その都市の王に仕えると聞いていたが、実際に自身が王になってみたらどうだ、奴らは何もせずこちらの同行を伺うばかりではないか。

「いやはや、すまぬな!女王よ!我らも布教で忙しい身なのでな!」

 不機嫌な女王とは対照的に明朗快活な声が辺りに響く。

 そこに現れた人物は女王軍に紛れるには、あまりにも不自然な格好をしていた。

 兵士一人一人はこれから革命派を撃破するため肉体を鎧で包んでいる。

 その人物は真逆、上裸に下半身は野暮ったい布を着た美青年だった。

 そのまるで上半身の衣類を下半身に移したような青年の格好の場違い感は凄まじい。

 何より違和感を覚えさせるのは彼が有するそれだ。

 彼はそれを杖のように石畳に打ち付けながら現れた。

 それは杖のようであり、また剣のようであり。

 刀身の一部は持ち手となっているのか刃が除去され、柄の端には宝石のような、もしくは石のような鉱物が取り付けられていた。

「……止まれ」

 女王は東門に進む馬車を止めた。一度このアホをわからせる必要があると考えたからだ。

 女王の命令通りに馬車は停止する。

 さて、この無礼者にはどのような罰を与えたものかと考えていたところで、横に待機していた騎士がいち早く行動した。

「大神の使いよ、女王の御前だ。態度は慎め、でなければその奇妙な剣ごと腕を切り落としてくれるぞ」

 先程まで彼らに対して最低限の礼儀を尽くしていたトラザムだったが、彼も仕える主への態度を許せなかったようだ。

 馬車の上より注がれる冷ややかな視線にも、上裸の男は動じない。むしろこちらの機嫌を逆撫でするような態度を示す。

「お~、こわいこわい」

 両者は一触即発、もしもさらに口論が続けば戦闘は避けられなかったっだろう。

 そうならなかったのは彼らを仲裁するもう一人の大神の使いが現れたからだ。

「おふざけはそこまでです。ソラーニャ」

 ライラックの髪をなびかせた凛とした表情の女性はソラーニャと呼ばれた男の前に割り込んだ。

 彼女の装いは、味方とは対照的に、これから戦闘を行う集団としてはらしい。

 だが、教会の人間というよりは武人と言われた方が納得できる。

 彼女の雰囲気もそうだ。布教を行い、罪人を許すシスターのようなやわらかな印象はない。むしろ近寄る者すべてを切り刻む嵐を連想させる。

 その近寄りがたい見た目の女性にもソラーニャは不用心に近づく。彼の表情はどこか照れたような顔だった。

「う…む。あのな、我をソラーニャと呼ぶのはやめてくれないかアーセント。いや大神より授けられた名だ。不満はない。むしろ誇っているほどだ。だがな…なんというかソラーニャという響きはなんだか恥ずかしいのだ。せめてソラと呼んでくれ。ほらッ!天上の者らしいッ!」

「女王陛下、非礼をお詫びいたします。我らも大神より与えられた任務があったのです」

 仲間の提言など意に返さず、女王に向かうアーセントと呼ばれた女性。

 女王も男の照れた態度に拍子抜けしつつ、さっさと作戦に乗り出すために用件を聞く。

「で?なんだ?今頃になって止めに来たのか?」

〝八傑〟、その役目は都市の主の守護だ。ならばこれから戦場に向かう女王を止めに来るのは道理だ。

 彼らもその至上命題は遂行しなければならない。

 しかし女王が予測した考えとは違う回答が返って来た。

「いいえ、行きたいのであればお好きにどうぞ」

 その返答に女王は片眉を上げる。

「おや?使い自らが大神の使命を放棄するとは…」

「まさか、先程あなたも仰っていたではありませんか?私達が守るのはその証だけです。だってそうでしょう?私の主はあなたではなく大神です。他の下部のように頭を下げない」

「ほう?女王の前で頭を垂れぬばかりか、私を主と認めぬと?」

 女王の疑問に答えたのはアーセントではなくソラーニャだった。

「悪いが我らが主と認めるのは頂にて雷を統べる大神、その御方だけなのでな。それ以外に下げる頭は持っておらん」

「だ、そうです」

 あくまでも女王の下ではなく、大神の下で動くと豪語する彼ら。それに対して女王は…。

「……………では」

 ゆっくりと彼らに手をかざす。

 女王もただ祭り上げられたお姫様などではない。

 彼女はその実力を以って前王より、その座を奪ったのだ。

 その魔力は泉のように深く、その力の奔流は天災である。

 突如、二人の使徒の前に巨大な火炎のカーテンが出現する。

「その額を地に擦り付けるのも一興か…」

 至近距離より放たれた超高温の攻撃。

 その炎は空間を焦がしながらも突き進む。

 行進する兵士達も、それに集う野次馬達も、それの出現に阿鼻叫喚する。

 彼らは自身の体躯を優に超える災害に、己が死を予言した。

 こんな状況で助かるなど考えている者は一人もいなかった。

 この時点で女王の力の誇示、恐怖の伝播は完了していた。

 市民たちにもそれは嫌というほど伝わったはずだ。

 そんな絶望する市民たちに救いの手は現れた。

 その街を覆わんばかりに肥大した巨炎は、存在などしていなかったとばかりに焼失したのだ。

 市民達は困惑する。いきなり自分達を飲み込む脅威が現れたかと思ったらすぐに消えたのだ。

 彼らはその目に自分達の救世主を捕える。

 その姿は正しく神の使いに相応しく、その勇猛な姿は人々に希望を与えた。

 まさに象徴、神の手に変わり人を支え、神の足に変わり道を開く。

 羨望を浴びている女性は拳を突き出した姿勢で停止している。

 彼女は女王が繰り出した巨波を、その拳の余波一つで分散させたのだ。

 その事実に、辺りに居た人々は歓声を上げる。

「チッ!自分だけ助ける方が楽だったものを、改宗活動にも精が出るな、忌々しい。これで満足か?下手に私を煽りよって……」

 舌打ちをした女王は呆れながらも苦言を吐く。

 「これで本当に死んでくれればな…」という酔狂の結果が、相手の思い通りになってしまったことがなんとも憎たらしい。

 加えて、その冷やかしを受けても涼し気な顔をしている目の前の小娘にもだ。

「お戯れを…。ですがあなたが〝王の証〟に信仰心を集めるのであれば、それは喜ばしい事です。大神は力を強め、あなたはその一端を振るえる。お互いにとって有益ではありませんか」

「ああ、もういい。貴様らなんぞ嫌いだ。相手にした私がバカだった。私はもう行く」

「…いいえ、まだ答えて頂きたいことがございます」

 女王はあまりの後味の悪さに馬車を発たせようとした直前、使いはそれを呼び止めた。

 女王は面倒くさがりながらもそれに応対する。

「十七年前、ソラーニャが殺したことにより生じた〝八傑〟の空席。それを埋める転生者がこの都市にいるはずです。女王陛下、覚えはございませんか?」

 その問いかけに一度空白が生じる。

 彼らが大神より与えられた任務が判明した。どうやら今までそれに注力していたらしい。

 まあ、彼らが女王の守護そっちのけで捜索を当たっていたのはとても不愉快な話だが。

「……いいや、知らんな。貴様のような超人は」

「…そうですか」

 大神の任務にしてはえらく引き際が良いなと疑問に思いながらも、女王はアーセントが下がるのを見つめていた。

 そしてもうこちらに用はない事を感じ取り、今度こそ進軍を再開すべく号令を上げようとした時にそれは起きた。

 行進群の周りに集まる野次馬達が突然騒ぎ始めたのだ。

 皆一様に足元を見れば飛び跳ね道を空けるではないか。

 そのためだ。それは護衛の足元を抜けて女王の目の前に姿を現した。

「女王よッ!」

 忠臣であるトラザムは即座に抜剣し、飛来したそれを切り伏せる。

 それは鋭い牙と爪を携えた獣だった。

(なぜこんな街中に獣が⁉)

 そのトラザムの疑念は直後に現れた兵士の報告で解消された。

「女王よッ!ご報告ですッ!」

「良い、話せ」

「はッ!側方より獣王の眷属が大量発生ッ!眷属は尚も増殖中の模様ですッ!加えてその全てが女王の下へと進行していますッ!」

 その知らせに女王は新たな賊軍が現れたと理解する。

 なぜなら革命派の面々に四大聖獣の子を操る者などいない。ということは新参だ。

「ふむ?獣王とは西を領域としている聖獣だな。なぜここに?」

 ソラーニャが疑問を口にしたが、女王にはそれに構っている余裕はない。

 一刻も早く革命派が身を隠している砦に向かわねば、奴らがこちらに気付き逃げ出してしまう。

 女王は即座に兵士に命令を下す。

「行進群のうち八千を眷属の討伐に当たらせろ。残りはこのまま私と東門を目指せ」

 命令を受け、その場を立ち去った兵士を見届けた女王は二人の使いに向き直る。

 その顔は卑しく笑いながらもアーセントを凝視する。

 その表情は「お前、さっきのこと忘れてないよな?」ということが如実に語られていた。

「そら、仕事だ。貴様らも信仰の原水が死んでは敵わんだろ?先程の分くらいは働いてもらうぞ」

 命令を下された時、ソラーニャが「え?我も?」みたいな顔をしたが気にしない事にしよう。



                  ◇ ◇ ◇



芸術都市、大通りの外れ————————


 行進群を伝い東門に進んだゴオは、獣を降下させ野次馬の後ろで状況を伺っていた。

 幸運なことに顔を隠すローブは見つかった。

 野次馬が女王軍に夢中だったおかげだ。店頭に下げられていたそれを盗むことが出来た。

 顔を隠せているがなんとも落ち着かない。

 ローブが豪華すぎるのだ。

 芸術都市の産物であり、その特色なのか、随分と、いや無駄と言えるほど刺繍が施されている。

 よく見ずに手に取ったが、時間が経って観察すると不安になる。

 青いローブに黄金の刺繍が多量の加えられたそれは目立つことこの上ない。

 ゴオは豪奢な衣服とは不釣り合いな自身を恥じ、ローブを目深く被る。

 俯きながらも人混みに張り付く彼は目前の会話に耳を傾ける。

「なにがあったんだ?どうして女王軍が…」

「なんでも女王は革命派の同行を掴んだらしい。喜べ、やったぞ!この都市はまた美しき完全に一歩近づいたんだ」

 市民の感激が伝染したのか、言葉を交わしていた人間も大仰に声音を上げる。

「あの薄汚い畜生どももこれでおしまいだなッ!我らが正義の鉄槌を思い知るが良いッ!おまえ達には地獄がお似合いだ」

「まさにその通りだ。見ろ、女王も出陣なさっている。あの御姿のなんとお美しいことか」

 それを聞いたゴオは俯かせていた顔をあげた。

 頭頂から電撃が落ちたかのように体を跳ね上がらせた。

 奴がここに?簒奪者がここに?

 彼らの視線の先には絢爛で豪華な馬車に座する都市の主の姿があった。

 ゴオは目的を前に鼓動を早まらせる。

 彼の目にはもう目前の王しか映っていなかった。

 あまりの好都合に半ば運命を感じながらも、あの軍隊の勝つことが出来るのかと尻込みする。

 その時ゴオは自身の臆病さに怒りが湧いた。

 大切な人から託された物があるのに、何を立ち止まることがあるのか。

「動けよ、生前何も達成してこなかったんだ。せめてここでは成功させないとお前は本当に死んでしまうぞ」

 もう後がないと、自分で自分の尻を叩き、前に進ませる。

 しかし事実、奴の周りには恐ろしい数の兵士がいる。ならばこちらもそれなりの数が必要だ。

 魔女の弟子は王城内で使うはずだった秘策を講じる。

 やることは簡単だ。

 この世界に来て初めに感じた非現実的な感覚。

 あの体に、腕に、内臓に感じた痛みを思い出すだけ。

 そうすればそれは自然と目の前に出現する。

 次の瞬間、石畳に黒波が広がる。

 初めは水溜まり程度だったそれは、徐々に勢力を広げる。

 そしてそこから、それは現れた。

 自身を食い散らかした獣。

 少年がこの世界で一番初めに体感した恐怖の具現。

 それも一つではない。それは広がった黒波から無尽蔵に現れる。

 この勢いならば、目前の一万人の勢力などすぐに超えてしまうだろう。

 野次馬も背後から聞こえる疾走音に気付き、身の危険からその場を散る。

「あッ…ああ……ぐああああッ」

 しかし、無から有を創り出す。その事象に代償がないはずがなかった。

 数体創り出す程度ならば問題はなかった。すぐに内部で補充される。

 だが今回は産み出す量が段違いであり、補充前にそれを代替するのは彼の肉体だった。

 皮膚が溶ける。腐敗した腕は腐り落ちる。体の端々から原型を崩れていく。

 顔を隠せてよかった。こんなものはもう人間ではない。

 人類の敵だということに疑いようがなかった。

 しかし、そんな彼を人に繋ぎとめる救いがあった。

 〝不老〟のペンダントが起動する。

 その肉体修復は、人間を止めようとしている彼を人に戻していった。

 その回復に目頭が熱くなったが堪える。だって泣いている時間などない。

「あああああッ」

 腐り落ちる痛みを絶叫で吹き飛ばし、肉体修復による恩恵に背中を押された彼は増殖の勢いを強める。

 獣を生み出す波は、石畳を揺らしながらも兵士に向かう。

 それは世界の浸食のようだった。



                  ◇ ◇ ◇



「ハハハッ!美しい都市の内部に醜い獣が溢れるこの光景は荘厳だな!なにより古の戦争を思い出す!そうは思わないか、アーセント」

「あなたの美的感覚は敷居が違いすぎてわかりませんが、口を動かすより手を動かしなさい」

 女王の命により獣の討伐に当たっていた教会の間者は、軽口を叩き合う。

 彼らの周囲では、芸術都市の兵士達と大量の獣が交戦していた。

 街中には現れてはいけないはずの戦場の風景に市民達はすでに避難していた。

 ソラーニャは「はて?」と、拳圧で獣の内臓を破裂させたアーセントに疑問を向ける。

「姿は変えぬのだな?もったいない。あれも存外に愉快であるぞ」

 その直後、ソラーニャの側方を獣が高速に飛来する。

 それはアーセントが蹴り飛ばした獣の体だった。

 宙を舞い、ソラーニャの横を通過した獣はそのまま壁にぶつかり、原型もわからないほどの肉塊となっていた。

「口は慎みなさい。働けと言っているのです。何より私達は共に大神の使徒、天上の御方の神威を知らしめるべく、信仰心である人は守らねばなりません。そうでしょう?」

 その脅しにも近い返答にソラーニャは己が使命を再認識した。

 天より舞い降り、人の世で遊び惚けている内に染まってしまったか?

 ソラーニャは襲い来る獣を右手に持つ凶器で切り伏せ、肩を震わせる。

 彼が持っている道具は杖としてだけではなく、剣としても使用できるようだ。

 彼はその柄を握り、刃で獣を切り裂いた。

 どうやらその刀身は飾りではなかったらしい。

「ふふ…そうであったなッ!理を書き換え、数多の神を打倒し、人と世界すら統べた我が主ッ!」

 しかしその武器は杖としての効力も持っている。

 ソラーニャは刀身の持ち手部分を掴み、柄の端に付いた鉱物を天に向ける。

 突如、死骸となった兵士と獣から生命エネルギーが座れる。

 その色彩を持たぬ濁流は杖の先でうねり、空間を歪ませる。

 獣達もヤツが何かをしでかすと考えたのか、一斉に走り出す。

 だが遅い、ソラーニャは獣の群れに向けそれを放った。

 集約されたエネルギーは獣の黒波を飲み込み、それらを彼方に吹き飛ばす。

 ただ吹き飛ばすだけではない。それに呑まれた獣達は濁流に四肢を切り刻まれる。

 その残酷的な攻撃は閉じられたミキサーを思わせた。

「世界の中心、その頂にて世界を見通し、回帰する原初すらも踏み越える完成された存在ッ!麗しき我が使命ッ!」

 その口上を鬱陶しく思いながらも、アーセントはソラーニャをそれに差し向かせる。

「では元凶を断ちましょう。あれが発生源のようです」

 獣を押しのけて進んだ彼らの目の前には、体を波立たせ獣を生み出す存在がいた。



                  ◇ ◇ ◇



「………」

 獣を生み出した数が万を超えたあたりで声を上げるのはやめていた。

 痛みに鈍重になったのか、それに慣れたのか。

 でも都合がいい。これならば奴らを覆い、目的の物を取り返せる。

 しかし、ゴオは知らない。自身が獣を生み出す痛みを耐えているうちに女王が立ち去っていたことを。彼はこの先に都市の王がいるとまだ信じているのだ。

 周りで王を護衛する兵士を打ち倒し、女王から〝不死〟のペンダントを取り返す。

 諦めるわけにはいかない。また目前に女王が現れてくれる機会などいつ来るかわからないのだ。ここで決める。

 ゴオは、捕えた女王を脅せば取り返せる、そんな甘い考えでいた。

 もう少しだと調子に乗って、更に獣を吐き出そうと黒波に意識を向けたからだ。

 それの接近を許した。

「人間の領域を犯すのは楽しいか?怪物」

 ゴオの前に現れた上裸の男。そいつは驚きから顔を上げたゴオの顔に蹴りを入れ、彼を住宅の外壁に吹き飛ばした。

 蹴り上げた足を戻したソラーニャは、土煙を上げながら外壁を貫通したゴオを見て告げる。

「素人か?この程度で終わるなど拍子抜けだぞ」

 戦いがすぐに終わってしまったことに落胆したソラーニャは肩をすくめる。

 だが、この程度では終わらない。

 その頭部が潰れようとも〝不老〟が彼を起き上がらせる。

 土煙を裂いて、一人と一匹が現れる。

 獣に乗ったゴオは一度、空に退避した。

 ゴオはソラーニャの他とは違う装いと、今受けた規格外の力に遠距離から戦うことを選択した。

 空を駆ける獣から、地上で杖を持つ使いに向けて火炎が放たれる。

 しかしただまっすぐ飛んでくるものなど使いに当たるはずもない。

 武器を剣として使用したソラーニャは、火炎を切り裂きながら苦言を吐いた。

「珍妙な術を使うと思えば、初歩ばかり……正直がっかりっだぞ。…ああ、もう終わりか」

 その言葉がゴオに聞こえるはずもない。

 ゴオがそれに気づいたのは、上空にいるはずの自分に影が差したことを認識したからだ。

 頭上を確認したゴオは、身構えることすらできずそれを受けた。

 彼の視界には、拳を振り上げたもう一人の使いがいたのだ。

 拳圧で女王の魔術を弾き飛ばすほどの威力を持つ攻撃だ。

 顔面に直撃したゴオは、簡単に意識を刈り取られる。

 獣を産み出す肉塊は隕石と化し、舗装された地面に落下する。

 落下したゴオの肉体は、石畳に亀裂を造った。

 落下後の彼の姿はなんと無残なことか、首は不規則な方向に曲がっていた。

 だが、頭が首にくっついているのはマシな方なのだ。

 大神の使いであるアーセントは追撃に向かう。

 首の折れ曲がったゴオに向け、落下するアーセント。

 しかし、その振り上げられた踵が石畳に倒れる敵に振り下ろされる前に邪魔が入った。

 飛翔する獣が彼女を側面から襲う。

 態勢を崩した彼女は空中で翻り、着地する。

 視線の先には、空を縦横無尽に飛び回る獣。獣は彼女の死角に入り、攻撃を行う。

 味方の使いと特異な眷属の戦闘風景を羨ましそうに眺めるソラーニャは言葉を漏らす。 

「眷属の方が楽しめそうだったのにな。残念だ」

 ソラーニャはため息をつきながら、獣を産み出している本体の首を切り落とそうと振り返る。

 アーセントと交戦している獣は、まだ主が微かに生きているから稼働していると考えたからだ。この死体を跡形もなく消し去れば、自然とあの舞う獣も消失するだろう。

 しかしソラーニャの落胆はまだ早く、その予想外の出来事は彼を喜ばせた。

 振り返った上裸の使いの腹部に、魔術により生成された岩石が激突する。

 その攻撃は肌の晒された箇所に直撃したはずだが、驚くことに傷一つついていなかった。

 少し後方に後退した使いは目前の敵を視認する。

(幻覚でも見せられたか?)

 ソラーニャは自身が油断を誘われたのではと勘繰ったが、本当の事実は違う。だが彼はそれを見ていないので騙されたのも無理はない。

 ゴオは畳みかけるべく産み出した四体の獣を四方より襲い掛からせる。

 しかしそんな攻撃が使いに当たるはずがない。彼はもうこちらに意識を向けていた。

 ソラーニャは一秒にも満たない時間で四体の獣を切り刻み、その産み出し手でもあるゴオの左腕を遠距離より切り落とした。

 その欠損にゴオは苦しみの声を上げた。

 怯んだ敵の命を今度こそ終わらせるべく襲い掛かったが、ソラーニャは敵の行動に驚愕する。

 なんとゴオは自身の足元に向け、火炎を放ったのだ。

 ゴオ自身、ろくに戦闘経験もなく、相手の攻撃を避けることのできない自身にはこの戦い方しかないと結論付けた。

 ゴオは目の前の男との数秒の戦闘から絶対に敵わないことを理解し、ならば諸共に自爆した方がいくらか勝率が高いと考えたのだ。

 その考えは正しかったが、実行の時間が早すぎた。

 もう少し使いを引き寄せていれば、その火炎は敵を吞み込んでいただろう。

 ソラーニャは飛び退いた後、驚愕からそれから目を離すことが出来なかった。

 最初にゴオを外壁に蹴り飛ばした際、ソラーニャもまさか死から再生するなど考えていなかった。何より彼は土煙でそれを見ていないのだ。

 ソラーニャは、その逆行する時に感嘆の声を上げる。

「おお…おもしろい!そうだ、そういうのを見せてくれ!」

 ソラーニャは、ゴオの全身の火傷と斬られた左腕が修復する姿を見て、愉快な気持ちになった。

 こちらもまだ終わっていないことにソラーニャは安堵する。

 そこからソラーニャは叩けばまだ出てくるのではないかと考え、ゴオに襲い掛かる。

 ゴオは接近する敵に様々な属性に魔術で応戦するが、それらは全て避けられてしまう。

 そうしてまたも簡単に目前に近づかれてしまったゴオは、自身の周囲に風を舞い上がらせる。

 それはただの風ではない、触れるもの全てを切り刻むかまいたちだ。

 だがこの手段を出すのは二度目、もう相手に読まれていた。そればかりかソラーニャが次の瞬間、ゴオの視界から消えたではないか。

 〝不老〟によって全身の切り傷を修復したゴオは視界を巡らせるが、見つけることは出来なかった。

 次の瞬間、背中に熱が生じた。振り返ればソラーニャが剣を振るっていたのだ。

 そしてまたソラーニャは消失する。

 今度は見逃すまいと全方向を警戒するゴオだが、ソラーニャが現れることはなかった。

 その代わりソラーニャの武器だけが現れる。

 飛来した武器の勢いは凄まじく、それはゴオの肩骨を易々と貫通する。

 肩に刺さった剣を引き抜こうとしたゴオだが、刀身の持ち手が返しとなり中々引き抜けない。

 ゴオは引き抜くことで生じる痛みに耐えきれず、それを諦めた。

 しかし悪い事ではない。奴の武器がここにあるという事は、敵は今手ぶらだ。

 そしてその予想通り、ゴオの視界の先に立ち尽くすソラーニャの姿が現れた。

(今がチャンスだッ!)

 ゴオは走り出す。体術でもおそらく勝ち目はないだろう。だがせめてしがみつくことは出来るかもしれない。

 そうすれば後は自爆するだけ。それでダメージを与えられえる。

 人間爆弾と化した人間は敵に近づいたが、それは間違いだった。

 彼は自身の肩を切り落としてでも、異物を排除すべきだったのだ。

 ゴオの前方でソラーニャは空に手をかざす。

「これでも復活できるかな?」

 ゴオはその瞬間、体に痺れる感覚を感じた。

(しまったッ!)

 魔女の弟子は己が失策に気付く。

 どう見てもバレバレの罠だったではないかと、今更になって後悔する。

 寒気が止まらない。これから起こる攻撃に身震いしているからだ。

(これは杖でもなければ、剣でもない……これは————)

 初めにゴオがソラーニャの姿を目にした時、ソラーニャは肩に刺さるこれを杖のように持っていた。

 だが実際に使う場面を見てみれば、柄を持ち、その刀身を振るったではないか。

 腕を切り落とされたゴオは理解した、杖のように持っていたのはブラフであったことを。

 しかし————、

(避雷針ッ!)

 事実、その理解はまだ足りなかった。

 いくら今気づいたとはいえ、その光の速度には間に合わない。

 ソラーニャはそれを起動した。

「大神よッ!御身の力をここにッ!」

 次の瞬間、ゴオは光に包まれた。

 その攻撃は視覚的な物だけではない。周囲にいた全ての人間にその轟音と、衝撃の余波を伝えた。

 そのあまりにも凄まじい威力からだろう。市民と兵士は皆、困惑していた。

 空より飛来したその大電撃は、ゴオの外側だけではなく内側も破壊する。

 光が収まり、ソラーニャの前に現れたのは肌を黒く焦がし、白目を剝きながら黒煙を吐く肉人形だった。

 ゴオの意識は完全に途切れ、道半ばにしてその場に倒れ伏した。

『主ッ!』

 ゴオの従者である空を駆ける獣は、戦闘不能になったゴオをその咬筋力で噛み、持ち上げる。

 その獣は先程までアーセントと交戦を行っていたが、強力な光が見えた瞬間、彼女の死角に入り、一時離脱したのだ。

 この獣は、ゴオがどれほどの痛みを受けたのかを感覚共有によって数値的に理解し、これはもう立てないと判断したのだ。

 そして、自身の主を咥えた獣は空に飛びたち、その場を去った。

 ソラーニャはそれを見て、味方に問いを投げた。

「逃げるようだが、追うか?」

 それ後ろ姿を確認したアーセントは、一考した後に首を振る。

「私達の目的は信仰心である人間の保護です。襲って来ないならばそれは達せられました。それに別の任務もある。さあ、〝八傑〟となる人物を探しましょう。残党も残りの兵士で問題はないようです」

 アーセントの言葉通り、兵士は残りの獣を問題なく駆除していた。

 初めは複数対で襲われ犠牲者も出たが、それは時間が経過するごとに少なくなっていた。

 芸術都市の兵士達も一対一であればギリギリ勝てる。犠牲が出たのは数の有利を活かされたからだ。

 発生源を失い、数の有利でもこちらが勝った以上、負ける方が難しい。

 それを確認したソラーニャも、立ち去るアーセントに付いて行く。

 そうして守護を終えた大神の使いはその場を去った。



                  ◇ ◇ ◇



芸術都市、無人の屋上——————


「ああ…ああああ…ああああああああッ!」

 空を飛ぶ獣に連れられ、大神の使いから逃げたゴオは王城付近の屋上にいた。

 数刻経ってある程度は回復した彼は、目を覚めした直後、王城へと這いずりながら呻く。

 その呻きには弱い自身への怒りと行く手を阻む敵への憎しみによる熱さと、目的を達成できなかった悲しみによる冷たさが感じられた。

 炎と氷、その矛盾を孕んだ呻きは少年を王城へと向かわせる。

 従者である獣に止められながらも右手で地を掴み、体を引きずる。

 おそらくまだあの落雷により内臓が焼けただれているのだろう。口から出る黒煙はそのためだ。

「ごめんなさい…ごめんなさい、エリナさん。僕は…僕は託されたのに…」

 恩人に謝罪を吐く。

 あの最大のチャンスにおいて、自分は無様にも失敗してしまった。

 この世界に来る前には、何一つ褒められたことはしてこなかった。だからここでは間違えるわけにはいかなかった、こんな自分を救ってくれた恩人のためにあの人の願いを叶えなければならなかった。

 あの一撃による損傷は相当に甚大だったようだ。

 ゴオの見た目は問題ないように見えるが、内側はボロボロだ。

「アアアッ!なんで、なんで僕はッ!」

 少年は這いずりながら王城に手を伸ばす。

 その行動は先程の自身の無能ぶりを思い出させる。

 目の前にあるのに掴めない。見えていたのに取り返すことが出来なかった。

「死なないって…死なないってわかってたのにッ!」

 〝不老〟のペンダントによる回復、忌々しい神に与えられた異能、これだけのアドバンテージがありながら敗北を喫した。

 これも全て自分がバカで間抜けな無能だからだ。

 ゴオは顔を俯かせる。その敗北は彼に挫折を与えた。

 しかし、彼が全てを諦めてしまうことはなかった。

 彼が顔を下げた先には、首から垂れ下がった〝不老〟のペンダントがあった。

「ま、まだ…まだ諦めるわけにはいかない」

 ゴオは心中で「だからお前はダメなんだ」と貶す。

 失敗すればすぐに逃げ出すから、うまくいかなければすぐに放り投げるから、何もかもうまくいかないのだ。

 それに今更一度の敗北がなんだ、生前は勝ったことすらないのだぞ。

 それにいつまで這いつくばっているつもりだ。

 そうして少年は苦痛に耐えながら立ち上がる。

 しかし立ち上がったのは良いがその直後に躓いてしまった。

 クソ、やっぱり僕は主人公向いてないな。

 だがゴオが顔面を地面に打ち付けることはなかった。

 ずっと彼の傍にいた獣が体で受け止めたからだ。

 ゴオは御礼を言い、獣を支えにして今度こそ立ち上がる。

 その時には内臓の痛みは無くなっていた。〝不老〟が全て治してくれたのだろう。

 情けない。助けられてばかりじゃないか。これでは目的の達成など思いやられるぞ。

 ゴオは次こそは恩人の遺物を取り返すべき、再度王城を目指すことにした。

「助けられてばかりでごめんな。悪いけど付き合ってくれ」

 そうしてゴオは獣に跨り、謝意を述べながら王城へと進ませた。

 


                  ◇ ◇ ◇



芸術都市、王城、上空————————


 目的地を目指して、空を飛翔する獣に跨る魔女の弟子ゴオ・ダンは王城付近から見える景色に驚愕していた。

 いや正確には急変した街の景色にだ。

 彼はその荘厳さ、巨大さに驚いたのではない。

 街が、自分の予想したものとはかけ離れてたものに変化したからだ。

 都市からは黒煙が立ち上り、夜だというのに昼間のように明るかった。

 住宅も崩れ、瓦解する音、爆発音が今も鳴り響いていた。

「なんだ…これ…」

 初めは身を隠して王城に侵入して、師エリナ・ウィッチの“不死”のペンダントを捜索しようと考えていたが、これでは身を隠す意味がない。

 皆、侵入者など気にしている余裕がなかったからだ。

 獣を比較的無事な建物の屋根に降下させる。

「ひどい……」

 改めて街の様子を見て、その惨劇に驚く。目下の街では、壮絶な出来事が起こっていた。

 発現しているのは、蹂躙、虐殺、殺し合いに、蹴落とし合い。

 皆生きるために必死だった。生きるために誰かを盾にしたり、見捨てたりしている。こんな状況にも関わらず複数人で一人を蹂躙している。装備の違う兵士が殺し合っていた。

「死ね!死ね!お前が死ね!俺の方が価値ある、俺が生きるべきだ!」

「アハハハ、ヒャアハハ、皆最後だ!気持ちいのは最後だ!存分に楽しもうじゃないか!」

「良いね!頭を潰そう!いや違う、まずは手と足だ!そこからじっくりと真ん中に…」

「ま、待ってくれ!ち、違うんだ!俺は今まで操られていた。あの頭のおかしい女王に操られていたんだ!お前と一緒だ!だから…ヒュッ————」

「何が操られていただ!貴様らが正気であったことなど知っているわ!今までよくも我らを愚弄してくれたな!何が…何が芸術都市だ!こんなおぞましい都市が芸術の都であるものか!貴様らなど、一人とて残してなるものか!」

「魔術部隊!住宅を狙え!瓦礫を落下させ、障害物を増やせ!行き止まりを作るのだ!武装都市の兵士が生き埋めになるのが望ましい!市民?知るか!あんなやつら金にしかならん!今はどうでもいい!」

「そう…そっちに行けば助かるわ。そう、そのまま……バァァカァァッ!そっちは行き止まりよ!お前が死ね!私が生きるのよ!」

「さあ、醜き者達よ!今こそ立ち上がる時だ!あの野蛮な武装都市の兵士どもに突っ込め!貴様らゴミクズが我ら美しき者達の役に立てるのだ。なれば、貴様らの魂も浄化されよう!これはまたとない機会だ!我らのために命を賭けよ!」

「今までの我らの圧政はこの時の為だったのだ。この苦行を耐え、我らの命を救う!醜き者には至上の改心行為だ!さあ、行けッ!」

「なぜだ⁉なぜ我らに危害を加える⁉武装都市の野蛮人ども!美しい我らが今まで使ってやった恩を忘れたか!そんな汚物のような人相では地獄に落ちるぞ!」

「皆見て見て!キャッ、キャッ!こんなに醜いの!殴って傷が出来た、形を変えたってことはこいつ不細工の悪魔よね⁉」

 その人間の快楽の場に、溢れる流血に、悦の有頂天に、ゴオは言葉を失う。

 これぞ人の行きつく先、幼き心を肥大化させた人間の心。理性を踏み越えた人の賛歌。人の誰しもが持つ人の不幸、無残、残忍を見て楽しむ遊戯場。興奮鳴りやまぬ、人間の宴。とても人らしい、人間の当たり前の感情。

 彼はその景色を見て、背中が冷たくなるのを感じた。

(……知ってる)

 見たことがある。

(あっちと、こっちでもなにも変わらないんだ・・・・)

 受けたことがある。聞いたことがある。彼が一番、楽しむ彼らのことを知っている。

 あれは麻薬だ。どんな人間でも一度味わえば逃れられない。自身を正義と疑わない人間にとっては尚更だ。だってあれは……。

(あれは人間にはとても楽しいし、気持ちい…)

「う…げああああぁぁぁっぁ!」

 ゴオの脳裏に複数の顔が思い浮び、怖気から胃の中の物を吐き出した。

「はあ、はあはあ。……ハハ、何を逃れようとしているお前も汚いクズだろう」

 ゴオはそれを見て普通だと思ってしまったのだ。

 自分だけ棚に上げて言い逃れしようとは思わない。

 だって自分だって生前助けてくれた人を見捨てた。

 体の痙攣が止まらない。鳥肌が浮き上がる。震えが彼の思考を停止させる。

(無理だ…エリナさん……)

 そんな彼に横にいた獣は近づく。自分の主を心配するように鼻を突きだす。

 その獣には感覚共有によって、ゴオの感情と思考はダイレクトに伝播していた。

 それに気づいたゴオは現実に引き戻される。

「ありがとう、大丈夫だよ。うわぁッ!」

 突然、ゴオと獣の足元が抉られ、熱さが彼に襲い掛かる。

 その熱さの正体は、無差別に攻撃を放っていた魔術部隊のものだった。

 落下するゴオに、獣は慌てて飛翔して自身の主を回収する。そして一旦上空に退避した。

「あ、ありがとう。助かったよ」

 態勢を立て直して、再び獣の背に跨る。

 周囲を見回す、目的の物を奪取するために王城を探す。

 当たり前だが、一番大きな建物を探す。それを見つけたゴオは獣を走らせる。

 そうして王城に接近した。だけど見渡せども壁ばかりだ。入れそうな場所がない。その建物の周りを飛ぶが、やはり壁ばかりだった。壁を破壊して中に侵入しても良かったが、万が一そこに人がいればばれてしまう。王城の中だ、もちろん警備兵もいるだろう。それに自分が生き残れるかはわからない。先程のように敗北すれば最悪だ。

 どうしたものかと考えていると下方が騒がしいことに気付く。

 上空にいたため内部が丸見えだった。恐ろしくはあったが、勇気を出して降下する。

 身を隠し、そこから現れる人物を観察する。

 地下へと続く降下階段、そこから数名の兵士が現れた。

 おそらく城外の暴動を鎮静化させるためだろう。

 その事実にこれは好機だと考えた。

 内部の兵士が外に削がれている今は、戦力が削がれている。

 つまり今なら戦闘を避けられる可能性が高い。

 ゴオは兵士の姿が見えなくなるまで身を隠し、過ぎ去ったことを確認した彼は降下階段へと向かった。

 薄暗い階段を、松明の明かりを頼りに突き進む。

 場所と湿度と異臭のせいだろうか、この通路内にはこけ臭い空気が充満していた。

 吐き気を耐えて階段を下りる。

 獣の巣窟に落とされた時に比べれば、この程度かわいいものだ。

 そうして狭い通路から空間に出た。

 階段から空間の境界には扉があったが、施錠されておらず開いていた。兵士も急いでいたのだろう。

 ここまで来るうちに薄々予感していたが、王城内部ではなかった。

 ここは牢屋だ。

 その汚染された空間の檻の中には、何日も食料を与えられていないのかやせ細った者、発狂から汚物をまき散らした者、気を病んだのか何事かブツブツと口を動かす者など様々いた。

 ゴオはそれに少し情が湧いたが、彼らを助けている場合ではない。

 なにより理由がないうえ、リスクが大きい。

 そうして彼は牢屋の内部に潜り込み、王城内部に続く通路がないか探す。

 ゴオは出口を探していた時だ。その人物は魔女の弟子に声をかけた。

「そこの君ッ!待ってくれッ!」

 その声が他と比べて活力に満ちていたからだろう。ゴオは振り向いてしまった。

 やってしまった。無視すればよかったのに。

 だが牢屋の人物からすれば、今のゴオは命綱だ。彼は必死に懇願する。

「お願いがある。私をここから出してくれ——」

「断る」

 相手が言葉を言い終わる前に即答されたものだから、尻込みする。

 だが、諦めない。彼にとっては警備兵のいない今が絶好のタイミングなのだ。

「頼む。見たところ君は芸術都市の兵士ではないだろう?この牢屋のカギを開けてくれ」

 囚人は粘り強くゴオに頼むが彼はそれを了承しない。

 彼には現在別の使命があるのだ。そんなことにかまけている暇はない。

 こうしている今でも、刻一刻と恩人の遺物を取り返す可能性が低くなっているのかもしれないのだ。

「無理なものは無理だ。僕には探し物がある。時間が無いんだ。悪いが自分で何とかしてくれ」

 自分で言っておいてなんて無茶苦茶な、と思ったが仕方がない。今自分は急がなければならないのだ。

 その回答に諦めがついたのか、囚人は沈黙した。

 話は終わりだと、ゴオはその場を立ち去ろうとしたのだが立ち止まる。

 背後より空間を切り裂くかのような口上が聞こえたからだ。

「私は芸術都市の元騎士ケーニヒ・ヴァールハイトッ!今は訳あり、革命派の長を務めているッ!だが王城については詳しい、君の探し物の発見にも協力できるかもしれない」

 その話にゴオは興味を引かれた。

 彼だって初めて来た場所だ。案内人は必要なはず。

 振り返るゴオにケーニヒは安心する。

 この情報は彼に影響を与えたと、己が解放を確信した。

 だが————

「無理だ」

 その答えにケーニヒは絶句した。

 その利益の矛盾に理解が追いつかなかったのだ。

 だが更に連ねられたゴオの発言が彼を納得させる。

「お前は牢屋に入っているんだぞ。つまり犯罪者だ。そんな奴を解放したら、お前は僕を殺すかもしれない。それに騎士?証拠がないだろ」

 ゴオからすればケーニヒの言葉全てが嘘のように思えたのだ。

 彼の中では案内人という利点よりも、自身に危害が加えられることを忌避した。

 そうしてゴオはその場から立ち去った。彼は王戎へと続く通路を探す。

 ここは閉鎖された空間だ。だからだろう、ケーニヒの声は良く響いた。

 お願いだとか、王への忠誠が尽くせないだとか、良く演じられるものだ。役者を目指したらどうだ?

 そうして空間の全てを見てまわったゴオはここには王城へ続く道はないと理解した。

 王城へ入れないのならここに用はない。さっさと戻って他の道を探さなければ。

 入った階段に戻り、その段差に足を掛ける。

 ゴオの耳にはまだケーニヒの言葉が響く。いい加減うるさいぞ。

 あまりにもその自称騎士がしつこく、煩わしかったものだからゴオはそれを思い出してしまった。

 いや、思い出させてもらったのか…。


〝『人が育む、私たちが作り出すものは美しいもののはずだから』〟


 彼女はその言葉で自分の意識を他人に向けてくれた。

 その悪性を分かったうえで、それでもそこに行きなさいと。


〝『人を拒んではいけない。一人になろうとしてはいけない。それをしてしまえば、ゴオはその美しさに触れることが出来ない』〟


 彼女が与えてくれたのは物だけではなかったではないか、どれだけ不出来なのだ、僕は。



                  ◇ ◇ ◇



「良し、閉めろッ!ハハハハッ!ざまぁみろッ!薄汚い囚人どもッ!」

「貴様らはそこに閉じ込められて死んでいろ、雑魚がッ!」

 慌てて牢屋へと続く扉を閉めた芸術都市の兵士は慌てて階上に駆け上がる。

 歓喜に満ちた邪悪な言葉を吐き捨て、彼らは最後の悦の場に向かう。

 それを惜しく求められなかった囚人は歯噛みする。

 複数人で協力し恋開けようとするも、ビクともしない。

 扉の付近にいた囚人はその異変に気付く。なんと通風口から煙が立ちこみ始めたのだ。

 おそらく芸術都市の兵士達は煙を送り込むことによって、内部にいる人間を窒息させるつもりなのだろう。

 これに囚人は焦りを憶える。その開けられない苛立ちから罵声を上げる者までいる。

「下がっていろ」

 そんな扉の前で慌てふためく彼らの背後から、巨人と形容するほどの巨漢が現れた。

 彼の名はバング、革命派の中でも部類の怪力を誇る人物だ。

 かつては芸術都市に存在していた貧民街で、多くの兵士を退け、街の最後の砦、守護者として君臨していた〝掃き溜めの巨人〟

 彼の存在感に押され、囚人は道を空ける。

 扉の前から人がいなくなったことを確認したバングはカーキー肌の腕を隆起させ、刈り上げられた頭には血管が浮き出る。

 そのおっとりとした表情は、般若のように歪んでいた。

 次の瞬間、咆哮と共に彼の拳は放たれた。

 轟音と破壊音が空間に轟く。

 バングの拳は鋼鉄の扉を変形させ、接合部を破壊したのだ。

 囚人達は感謝と共に出口へとなだれ込む、その中にはバングを革命派の長だと讃える者までいた。

「うーん、本当の長は私なのだが、まあいいか。バング、よくやった。……レクスッ!ヒューズ君はいたか?」

 部下を長と崇められ、複雑な心情になりながらも今は気にしている場合ではないと、後回しにした。

 そんなケーニヒは背後の人物を呼びかける。

 ケーニヒの横にいたゴオは疑問を浮かべる。

(おかしいな、さっきまでいなかったはずだが…)

 ケーニヒはレクスと呼ばれた小柄な人物に報告を促す。彼も革命派の部下のようだ。

 ケーニヒの疑問にレクスは活発に答えた。

「牢屋を全部見たけどいないっす!良かった…捕まってないみたいっすね」

「そうか…戦争は避けられたか」

 部下の知らせに安堵を示したケーニヒ。彼は肩を撫でおろしながらも出口である階段を目指す。

 牢獄にいた囚人と闖入者は外に出るべく、階段を上る。するとケーニヒが改めてゴオに向けて感謝を述べた。

「出してくれてありがとう。君には感謝しているよ」

「こっちも敵対されなくて安心したよ。…約束は守ってくれよ」

「ああ、もちろん。それは絶対に違えないよ」

 嫌味を言ったつもりだったが、ケーニヒは真摯に対応した。

 その反応から、「騎士であったのもあながち嘘ではないのか?」とゴオは彼に疑惑の視線を向ける。

 歩を進めているうちにレクスが声を上げた。見ると外への出口はもう目の前だ。

 そして、外に出た革命派の長は驚愕する。

「ど、どうなっているんだ…これは」

 そうか、彼は牢屋に入っていたのだからこれを見るのは初めてか。

 ゴオは階段を下る時に見た変わりない光景を説明する。

「暴動だよ。僕もどうしてこうなったのかはわからない。いきなり兵士同士で敵対し始めたんだ…。それでこの有り様だよ」

 ゴオはその立ち上る黒煙と、世闇を照らす業火、響き渡る絶叫をケーニヒに示す。

 彼が騎士であるならば、自身の都市の守ってきた者として絶望すると思われたが、その表情は全てを理解し、力の抜けたような顔だった。

「そうか……やってくれたんだな。トラザム…」

 あんまり知らない人の名前を出すなよ。わからないだろ。

 そんな文句を言いながらも、ゴオは彼に場内への案内をさせようとした時、ケーニヒはその機体を裏切った。

「誠に申し訳ないのだが、あの暴動を鎮めるのを手伝ってほしい?」

「はあ?ふざけるな!」

 ゴオはそれに怒りを露わにする。

 ケーニヒもその怒りは当然だと思っているのだろう、約束を違えたのだ。

 革命派の長は目の前のゴオに頭を下げる。

「君の言い分もわかる。だが状況が変わったのだ。私は王の騎士、ならば都市の市民は守らねばならない」

 その言葉にあまりにも強い思いが込められていたものだから、その勢いに負けそうになってしまった。

 だが、恩人の物をそう易々と引き下がるわけにはいかない。

 獣を排出し、無理やりにでも連れて行かせようとしたゴオ。

 だが、そんな躍起になる彼にケーニヒは提案した。

「女王の治世が終わった。ならば私はまた都市の騎士に戻れるかもしれない。そうなれば今の状況よりかは、君が求める物を探しやすくなるはずだ。お願いだ。無茶なことだとはわかっている。だけど人々を守らせてくれ」

 ゴオは悩む。事実彼の提案は魅力的だ。なにより自身が都市のお尋ね者になる可能性が低い。

 しかし、確かに一番安全な案ではある。だが問題はその信頼性だ。

 彼が本当にまた騎士の座に返り咲けるかは保証されていない。

 何より今、一度目の約定を破棄された時点で、ゴオの彼に対する信頼は薄くなっていた。

 そんな沈黙する数名の下に、新たな集団が現れた。

「貴様ら、革命派か?」

 その一団に、その場にいた四名は身構える。

 ゴオはその軍隊に見覚えがあった。

 女王軍の行進部隊で、女王の周囲を囲んでいた精鋭達。

 他とは一線を画す兵であることはゴオの目から見ても明らかだった。だから女王も重宝したのだろう。彼らは一般の兵士とは筋骨量も体躯も違った。

 まるで己が肉体こそ、鎧であり武器だとでも言うように芸術都市の兵士よりも軽装であったのだ。

 革命派の二名、バングとレクスは彼に襲い掛かる。

 先陣を切ったレクス、彼の速さは凄まじい。瞳で捕えきれないほどだ。

 そして目前まで接近した彼は兵士に向けて、瞬きの間に連撃を繰り出した。

 一瞬のうちに、左右、上下、頭頂より襲い掛かった鋭い拳。だが、兵士はその全てを的確に対処した。

 レクスは驚愕する。攻撃が防がれたことにではない。その変貌に驚いているのだ。

「こいつ、操られていた時より強いっすよ⁉」

 直後レクスが影に覆われる。彼はそれで次に何が起こるのか予期して、サイドに飛び退いた。

 兵士の目前まで来ていたバングが、その重い拳を叩きつける。

 さすがの兵士もバングの力には劣るようだ。兵士は両腕でその拳を受け止め、体は後退する。

「てめぇ、仲間を殺された恨みか?俺達を殺しに来たのかッ!」

 バングの叫びにも顔色一つ変えることなく見つめる兵士。

 彼らの戦闘が更に活発化する前に、それを止める声が届く。

「バング、レクス!待て!彼らは敵対していない!」

 ケーニヒの言葉に従い、距離を取る両者。

 一度落ち着いた彼らの間に割って入ったケーニヒは目前の兵士に目的を問う。

「武装都市の戦士が何用か、あなた達は解放されたのだ。都市に帰れば良いはずだ」

 その問いかけに先頭に居た戦士は答える。その声のなんと芯の通ったことか、佇まいからも並大抵の力の前ではビクともしないことが伺える。

「警戒されるな。我らは皆、恩義を返しに来たのだ」

 ケーニヒは混乱する。

 彼らは都心兵士、対して自分達はそれに反逆する革命派だ。

 もちろん殺し合いもした。こちらも多くを失ったが、あちらのそのはずなのだ。

「篭絡された視界の中でもその姿はしかと見た。多勢に無勢で抵抗する勇猛に心打たれたのだよ」

 だが本人の考えは違うらしい。その表情は不敵に笑っていた。

「革命派の長殿、その守護には我々も賛同しよう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ