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② 馬車チェイス

 私は私の初恋を思い出そうとしていた。それをシャルロッテ様は察したのか。


「エレーゼの初恋は?」

「えっ。えーっと、そうですね。しいて挙げれば子どもの頃、どこかのお屋敷で出会った小公子と……」


 そうだ、あの夢の続きは……。


「ダンスを少し。その時は、子どもながらに心が舞い上がりました」

「あら。エイリークが妬いてしまうわ」

「彼はこれっぽっちも妬いたりしないでしょう」

 外で自由に恋愛して、なんて言う人だから。


「そんなこと言わないで。どうにか彼の気を引いて! でもって早いとこ挙式を!」

 なかなかに必死ですね、ほんとに嫁の来手がないと困りますもんね。


「男性を懐柔するのなんて簡単よ」

「美人はそう言いますよねっ!」

 ああ、声に出してしまった!


「外見どうこうではなくて。その男性の『母』になればいいのよ」

「はぁ!? そんなの無理に決まってます! なりたくもないし、母のような無限の愛なんて到底持ち合わせていません」


「エレーゼは『無限の愛』って言うけれど。それ、何?  抽象的で分からないわ」

「無限の愛っていうのは、そうですね、たとえ火の中水の中……といった思い、でしょうか」

「私が息子のエイリークを火の中水の中、我が身を犠牲にして助けた、なんてシチュエーション起きたことないわ。それでも彼は私のことが大好きよ」

「……言われてみれば私も、父に火の中水の中助け出された経験はないですが、父が大好きです」


「母になるって、ただ無尽蔵に甘やかすのではなくて、ちょっと気にしてあげる、とか、共感してあげるってこと。認めて欲しいっていうのも多いわね。男の子は単純で可愛いわよ」


 そう言ってシャルロッテ様は優しい微笑みをたたえたまま、食後の紅茶を嗜み始めた。私への言葉はすべて、「私の息子を大事にしてあげて」という母の愛だろう。「親の心子知らず」とはいったもので、あなたの息子は私と心を通わすつもりなんて更々ないのだが。



「挨拶、行ってきたよ。そろそろ劇場の方へ」

 噂の可愛い息子が戻ってきた。

「支配人がぜひシャルロッテに会いたいと。僕の挨拶では不満のようだ」

「なら観劇を終えたあと、3人で出向きましょう」


 そんなわけでオペラ鑑賞を終え、支配人室へ。


 支配人が大喜びでシャルロッテ様にハグをしている。それをエイリーク様がむすっとして見ている。

 この部屋に主演の俳優女優も呼ばれていて、支配人が彼らを紹介し、そして男性らはまたシャルロッテ様をちやほやする。


「エイリーク・ノエラ様」

 そこで大人の色香漂う主演女優が、エイリーク様のところに寄ってきた。


「このたびは私どもの舞台をご覧いただき、非常に光栄ですわ」

「ああ、主演の、マルゲリータだね?」

「それは役名ですの。私はルーニャと申します。どうぞお見知りおきを」


 これ私、彼女の眼中にない。そう私が気付いた瞬間、彼女は彼の真横ににじり寄ってきて、何かをアピールしている。よって私が後退する羽目に。

 ああ、パトロンを探しているのか。とても綺麗な人だけど、獲物を狙うブラックパンサー感あるな。


「申し訳ない、ルーニャ嬢」

 エイリーク様が彼女の両肩を軽く押し出した。


「私のフィアンセがあなたの美しさに見惚れているようだ。良ければその健康美の秘訣を、彼女に授けてやってくれないか」

「そちらの方、フィアンセでしたの!?」


 ダシにされてしまった。別にいいけど、やっぱり付き人だと思われたか。今日のドレスは装飾の少々多めのものを選んできたのに。


「つまらないわ」

 彼女はそっぽを向いて行ってしまった。エイリーク様には小声で嫌味を言ってやる。

「あなたのお人柄がなんだか、私の想像と違いますわね?」

「こういう苦手な場面は、僕の中の対処用の僕が顔を出すんだ……」

 この人大丈夫かな。




 その後また街のカフェテリアで、シャルロッテ様のティータイムに付き添っていた。

 オープンテラスで私はふと、人々が行き交う通路に目をやる。その時たまたま視界に入った、道路の向こうに停まった馬車から降りてきたのは。


「お父様?」

「どうしたんだい、エレーゼ」

「お父様だわ!」

 私はガタッと立ち上がった。

「あら。そうね、お父上はお買い物にでもいらしたのかしら?」


 視界に飛び込んできた、彼の隣に寄り添うのは、ひとりの貴婦人。誰?


「あれ、あの女性、さっきの……」

 エイリーク様の一言で、私もすぐにピンと来た。

「さっきの、オペラ座の……」


 支配人に紹介された主演の歌姫ディーヴァだ。その彼女がお父様の腕に絡みつき、懇ろな男女の雰囲気を(かも)している。


「っ……」

 私は息を呑んだ。

「シャルロッテ様、申し訳ないですけど、私はここでっ。私、父のところに……!」

「え、ええ」

 手荷物なんてほったらかしでテーブルから離れる私だった。


「なら、エイリークを供に連れて行って。ご令嬢が街中をひとりで歩くのは危ないわ」

 そういうわけで、せっつかれたエイリーク様が付いてきたが、私はそれどころでなく。



 カフェテリアを出たら、お父様は例の女性を連れ宝石店へと入っていった。もちろん後を追って、彼をふん捕まえるつもりで走りだしたところ。


「待って、エレーゼ」

 エイリーク様に首根っこふん捕まえられた。


「何をなさいますのエイリーク様っ!」

「少し落ち着こう」

「これが落ち着いていられますかっ!」

「店に入っていったのだから、出てくるのを待てばいいのでは」


 ああ、店内で私がお父様に逆上しようものなら、厄介なことに……と心配なのか。


「でも、裏口からこっそり逃げられたら……」

「別に逃げているふたりじゃないんだから、普通に出てくるだろう」

 私は鼻から息を抜いた。


「じゃあ出てきてすぐ馬車に乗られても追えるよう、こちらも用意しておきましょう」

 私は宝石店の出入り口が見える位置で建物の陰に隠れ、エイリーク様は手際よく馬車を近くにつけておいてくれた。


「エレーゼ、僕たちをみんながじろじろと見ていくんだが……」

「それはエイリーク様に見惚れているのでしょう!」

「違う、こんなところでコソコソと隠れているからだ」

「あっ、出てきましたわ!」


 私は彼らが馬車に乗り込んだのを確認し、自分も御者に向かって叫んだ。

「あの馬車を追って!」




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しっかり改稿・加筆してとても読みやすくなっております。ぜひこちらでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。.ꕤ

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