① 試される演技力、度胸、そして……何?
ꕤ。.ご訪問多謝.。ꕤ
ヤマなしオチなしイミなし・ほのぼの番外編です。(2部分・6千字)
(アンジェリカ編・前後章の間に入る、アンジェリカ20歳の初夏の時点でございます)
side:エイリーク
「は? なんで僕がそんなことしなきゃいけないんだ」
「唯一無二の双子の弟を助けると思って」
「お前、ただ面白がってるんだろ」
まったく、今の僕は溜まった納税報告書に目を通すので忙しいんだ。そこを、急に帰省してきた弟・ジークムントに捕まった。
「だいたい王都に出てまだ半年もたってないってのに、もう逃げ帰ってきたのか?」
「近くに出張に来たからついでに寄っただけだよ。明日には戻る」
どうやら昨晩、地元に着いたその足で、ストラウド邸にいるアンジェリカを訪ねたようだ。
「なのに追い返されたんだ。アポイントがありません!って」
「それはお前が悪い。アポ取ってから行けよ」
「取る時間なかったよ。それにしてもヒドくないか、門前払いって」
まぁ、エレーゼならそんなことで目くじら立てないけど、アンジェリカじゃなぁ。
「たぶんだけどさ、王都進出に誘った時のこと、まだ根に持ってるんだろうな」
またこいつ何言ったんだ。
「アンジェリカの機嫌損ない臨界点が分からない。だからエイリーク、俺のフリして彼女に謝ってきてくれ」
「だからなんで僕が!」
「いやなんか俺、彼女にはうまく謝れないみたいなんだ。なぜか火に油を注いでしまう。その点お前は、多方面に頭下げ慣れてるだろ?」
「ダイレクトに失礼だな」
「お前なら事務的に謝れるだろうと思ってさ。その様子を客観的に見ていたい」
「その誠意のなさが彼女の機嫌を損ねてるんじゃないか?」
「誠意も何も、俺は別に何も悪いことしてないし言ってない」
…………。揃いも揃って面倒くさいな。しかしジークムントはもっと器用に人付き合いしていたはずだが。
僕は今、1歳になった娘・エレノーラの顔もゆっくり見れないほど忙しいんだ。ため息が出る。
「これ、やるから」
「?」
ジークムントが手荷物から厚紙を取り出した。
「……。そ、それは!」
湖畔に佇む水車小屋の描かれた色紙。その繊細な色使い、軽やかで叙情的なタッチは……。
「お前の推し画家5本の指に入る、ヴィンセント・ミューシャの署名付き絵画色紙だ!」
「な、なんでこんなプレミア物を!」
「彼のお母上を診たことが縁で、描きおろしてくれたんだ」
「ご、ご本人から直接!? 非売品だと!?」
「ああ。王都にいると、著名人と知り合う機会が結構あってさ」
うわあああ手から喉が出るくらい欲しい~~!!
「さぁ、ストラウド邸に行こう」
ジークムントが僕の肩に手を回した。
「アンジェリカなら、今朝ノエラ邸に来ていたぞ」
「ん。なら手っ取り早い。ほら、俺のタイ締めて」
はぁ。ジークムントを装って頭下げたら、さっと逃げよう……。
書斎にやってきた。
今朝のアンジェリカは、エレノーラに読み聞かせる絵本を大量入手したとやってきたから、そろそろブランチを終えて書斎にしまいに来るはずだ。
「じゃあ俺はこの机の下に隠れているから」
僕はいったん廊下に出て、彼女の訪れを見張っているか。
**
書斎の入口を覗ける廊下の陰で待機中だ。
ジークムントのフリをするのは久しぶりだな。
子どもの頃、弟に劣等感を募らせていた僕は、無益な悪戯を実行していた。パーティー会場に着いたなら同年代の子らの輪に、ジークムントのフリをして入っていく。そしてヴァイオリンを披露したりしたんだ。するとみんな面白いほどに騙されてさ。
まぁ種明かしもなしにその場を立ち去って、その後ジークムントが現れると僕はまた、「じゃない方」になっていたけれど。
そんなわけでわりと自信はあるが、大人になってからの弟は分からないな。
だいたい、なんでそんなにアンジェリカをかまいたがるんだ?
あ、彼女がやってきた。使用人にたくさんの本を運ばせている。
ふたりの入室後、すぐに使用人は書斎から出ていった。じゃあ行くか。
まずアポイントなしで訪ねたことを謝って、しかし門前払いは堪えたと白状すればいいだろう。本人はそれも殊勝に言えないのだから。
多少の緊張感をはらみつつ、ドアをノックする。
「はい、どなた?」
「あ──。ジークムントだけど」
すぐにドアが開いた。
「…………」
「君がここにいると聞いて。ちょっといいか?」
「……どうぞ」
僕の顔をまじまじと見つめたアンジェリカだが、疑いの目ではない。ジークムントが帰ってきていることも知ってるしな。
彼女は椅子に腰かけて、書棚から選んだ詩集を見ていたようだ。
よし早速。
「ごめん!!」
まったく頭を下げ慣れている自分を感じる。明らかにシャルロッテのせいだ。
「な、なんですか藪から棒に」
「機嫌を直してくれ!」
「は、はぁ? 機嫌?」
「俺に何か落ち度があったから、昨晩会ってくれなかったんだろ? もしかして王都に出る前に言ったことで、とか……」
「……いえ。単に、急にいらしていただいても、人前に出る準備などが」
顔を逸らしつつもチラリと彼女の顔を目にしたら、どうも照れているようだ。あれ、こんな表情、この子にあったっけな。
「そんなの適当でいいよ」
「…………」
じろっと睨まれた。余計なことは言わない方がいいか。
「ジークムント様」
「はっ、はい!」
「私、エレノーラにと絵本をたくさん集めましたの。その机にあるものですが」
ジークムントが隠れている机の上に、山積みの本。
「ずいぶん多いな」
「ひもでくくってありますので、全部ほどいて、棚にしまっていただけませんか?」
これぐらいの手伝いで機嫌を直してもらえるなら、お安い御用か。
僕は机のペン立てに刺されたナイフを、この手に持った。
それからアンジェリカの喋りに耳を傾けながら作業を進めている。当の彼女は座って詩集を読んでいるだけだが。
「この度はどうして?」
「出張で近くまで来てさ、2日余ったから寄ったんだよ」
「ストラウドになんて寄らず、まっすぐノエラに帰ってくれば良かったのでは」
アンジェリカ、やっぱり照れてるのか? ぷいっと目を逸らした。
「いや、通り道だったから」
「……そうですか」
あ、露骨に白けた顔になった。
頼むよ、君の機嫌が直らないと報酬がパァになるんだよ。
何かご令嬢が喜びそうなこと言わなくては!
これがエレーゼだったら……
「いちばんにっ、君に会いたかったから!」
……“エイリーク様ってば♡ もう♡” ってモゾモゾするエレーゼが思い浮かぶよ。
「…………」
ん、ダメか?
「ジークムント様」
「はい……」
「私のつま先に、キスして」
「……は??」
椅子に腰掛けたまま彼女は、右足を前にずらした。
「ほら。この間、おっしゃったじゃないですか」
「?」
「王都の若者の間では、つま先へのキスで永遠の友情を示すことが流行ってるって」
へ、へぇ!??
「この間はしてくださいましたのに。憶えていませんの?」
「ええ!? そ、そうだったかなぁ!?」
声が上擦ってしまった。
「あなたの友情もその程度ということですわね……」
「い、いやぁ……」
なにそれ!? 都の若者ってそんなことしてるのか!? 友情なのそれ、なんか重くない!?
しかし、とにかく、この場をうまく収めるには……
「ここで……、それをしたら、機嫌を直してくれる?」
「……機嫌、機嫌って。別に私、通常の気分ですが」
自覚ないのか!
「まぁ、してくれましたら、以降門前払いは決していたしません」
今度はにっこり微笑まれた。
…………。仕方ない。ごめんエレーゼ、報酬のためだから!! なんなら君に何倍ものキスを捧げよう!!
僕はため息交じりに、彼女の足元へと踏み込むのだった。




