⑤ 人はそれを美しい魔女と呼ぶ
彼の唐突な申し出により、私は我に返った。多少落ち着き、ベッドの隅に大人しく腰掛ける。
「本当に申し訳なかった。彼女、シャルロッテは気ままで押しが強く、行動力の塊のような人なんだ」
厨房ジャックするくらいですから、言われるまでもなく分かります。
「あの用意された料理、私も少し頂いたのだが、とても美味しかった。君が作ったものだろう?」
え、確か倒れる前に、お父様に伝言を頼んだはずなのに。おかしいな。私はしらっと彼から目を逸らした。
「父君はあのようにおっしゃっていたが、シャルロッテがあれほどうまく作れるわけないし、彼女がすべて白状したよ」
やっぱりバレていたのか。
「確かに彼女は、積極性の権化のような方でありましょうが、それを含めて美しいお方だと思いました。あのように愛情深い方に思われて、お幸せですね」
「そうなんだ」
うわぁ、ずいぶん明け透けな笑顔……。
「彼女をよく分かってくれて嬉しいよ」
よく分かってもこの見合いはなかったことになるし、もう会うこともありませんが。
「それで、だからこそ、私と結婚して欲しい!」
「は?」
話に脈絡がない。
「どういうことでしょう?」
「いや私も、こんなことを起こしてどの面下げてと分かってはいるのだが、母が君を全力で勧めるものだから……」
「…………?」
ちょっと待て。今、関係者ひとり急に増えましたね?
「この見合いに乗り気だったのはお母様でしたの?」
「まぁ、今度こそ僕が……あ、私が、見合い相手をお持ち帰りしてくるようにと、気合を入れて昼前からマグロをさばいていたらしいが……」
ルーベル地方では、今マグロがブームなの?
「今となっては、ぜひ君に!と、彼女たっての願いなんだ。君は信用に足るご令嬢だと、彼女が」
「はぁ? いつどこでお母様があなたに私を勧めたんですか! だいたい、結婚は信用に足る人とではなく、愛する人とするものでしょう?」
「愛する人?」
「シャルロッテ様とか」
「は? いや彼女とは結婚できないし」
「まぁ事情がおありなのでしょうけど、それならもう諦めて、彼女にも劣らぬ美しい人を探すとか」
「諦めてって、僕はシャルロッテと別に結婚なんてしたくない。見くびらないでくれ」
……見くびる?? なにそれ。ほんとうに不機嫌になってるみたいだけど。
「君も僕のことをそんなふうに見るのか……」
ものすごく心外だというような顔をして嘆かれている。
「でも誤解だよ。そんな、実の親と結婚したいだなんて、変態もいいところじゃないか!!」
「変態……?」
その時、ダァン!と激しく扉が開いた。
「シャルロッテ様?」
驚いた私の目の前で、彼女はエイリーク様に突進し、タイを掴み引っ張りあげた。
「さっきから扉の向こうで聞き耳立てていたら、まったくもう! あなたはご令嬢ひとりスマートに口説けないの!?」
「実の親……?」
「それにエレーゼは変態じゃないわ! ただお父上が大好きというだけよ!」
私、別に変態って言われてません! ええっと、もう、何が何だか。
「シャルロッテ。盗み聞きしてたのか」
シャルロッテ様……何か文句ある?という鼻息を。
「でも心配はいらない。僕も腹を決めた。何としてでも今夜、彼女を我が家に案内する。だから別室でゆっくり紅茶でも飲んでいてくれ」
「信じていいのね?」
「ああ」
……そして彼女は扉の向こうに。
「そういうわけで、君は母が認めた女性だ。ぜひ、私の妻になってもらえないだろうか!」
「……えええ!? は、母!?」
「母」
扉の方を指さした私に、彼も扉の方を指さし平然と言った。
「母いくつ!?」
「たしか今年37だったかな」
「怖っ! 10以上若く見えます!!」
「まぁ、見目はすばらしく可憐だからな……」
「え、じゃあ、ちょっと待って。金時計に母の肖像画って!」
「何か? というか何で君が知ってるんだ」
「変態じゃないですか!」
「変態とは失礼だな。母親を愛しく思わない人間はいないだろう? 愛しい家族の肖像画を持ち運んで何が悪い」
開き直った!
「それに、さっきシャルロッテから聞いたよ。君も、父君を深く愛しているのだろう?」
貴族が実母を呼び捨てにしないでください。
「君は父君と片時も離れたくないから、この縁談も断るつもりなのだろう!?」
父が好きなのも断るつもりなのも事実だけれど、その表現ではまるで私が父と結婚したい変態みたいではないか。
「私たちは同士だ。結婚に乗り気でないのに、外からの圧力で見合いさせられている」
うん? 彼女は恋人ではなくて、母親……だったのに、乗り気でない?
「あなたもお母様と一緒にいたくて?」
「いや、決してそういう理由では。まぁ、いろいろと心配な親なので見張っていないと……。でも、そういうことではなくて!」
ジトっとした視線を投げかけてやる。
「人付き合いは苦手だ。自由でいたい。しかし私は家の嫡子。はじめはその運命に従い、然るべき御家のご令嬢に結婚を申し込んだ。だが断られ続けた」
どうして断られたのだろう?
「断られ続けフテ腐れた私は、もう今回はこちらから断ろうと思ってやってきた」
確かに同じだ。私も正直、相手から断られたら楽だと思う反面、自身が否定されることで神経がすり減っていくのを実感している。
「それでもやはり妻帯しないわけにいかない。頭を抱え続けることになる」
そうそう。私もひとりで生きていく決意は固いのだけど、適齢期を抜けるまでは周囲もうるさくて、大事なことに集中できないのよね。
「で、思ったのだ。母も大いに気に入った、君の望みをできるだけ叶えることで、こちらの要望を受け入れてもらおうと」
「はぁ……」
「君は我がノエラ家に嫁いできても、ご実家でそのまま暮らしてくれて構わない!」
「えっ?」
そんなウマい話があるのですか??
「その代わり2日おきに我が家に通って、シャルロッテの外出なり食事なりに付き合ってほしいんだ!」
ご令嬢方に断られた原因、それか――――!!!
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