④ そんな刺激を求められましても!
コルネリアお義姉様がジークムント様の腕に絡みついてアピールされています。
妹とくっつけたいのですよね??
「それでねジークムント様。私の実家、リンド家の興す新規事業に、医療院設立の計画がありますの」
彼女の実家は同じ子爵家なのですが、代々の領主が商魂たくましく、今では手広く事業を展開されていて……要するに成金子爵です。
「リンド領はストラウド領ほど小さな土地ではないのよ。まぁ王都と比べたらてんで田舎ですけれど、あちらに近いので人材も情報も、流通が遥かにはかどっていましてよ」
あなたのところ、ただうちの隣ではないですか。ただうちより南寄りってだけではないですか!
「ですから、この子との婚姻を考えてみませんか? あなたにとって決して悪いお話ではないと思うのですけど」
ダイレクトにきましたわね。まぁジークムント様は、端的な話の進め方を好まれるでしょうし。
そういえばジークムント様にとって、お姉様は生涯にわたる“お仕事上の”パートナーを兼任できることが、異性として魅力的に映ったのでした。ご自分の職務において有益だと思われれば、リンド家と縁続きになることも考えるのかしら。
「さぁ、ジークムント様。私とあちらでダンスを踊りましょう?」
パトリスもそそくさと彼の腕に絡みます。
「ああ」
2人に挟まれ行ってしまわれました。
……私には関係のないことだけれど。私は医療どころか、体調の芳しくないお姉様に付き添うこともできないのだもの。
ふぅ。本日のもうひとりの主役であるエイリーク様は、甲斐甲斐しくお姉様を労わっております。私が目を光らせている必要もありませんわね。
さすがに私もひとりきりでは退屈ですわ。顔のベールを脱いで男性のお誘いを待とうかしら。
そうはいっても、なんとなく最近は、どんな男性とお話ししてもつまらないのです。
「!」
多少うつむき加減でその場を離れようとした私の手を、後ろから急に握る誰かが!
「あら、ジークムント様?」
パトリスとダンスホールに向かわれて、まだ小半時もたっておりませんが。
「なぜこちらに?」
不満げなお顔をされてますわね。
「女性たちが、次は自分の番だと争い始めてさ。利きワインで勝負だとかでダンスホールを出て行って、俺はほったらかし……。一応パーティーの主役なんだけどな」
あら……熾烈な争奪戦が繰り広げられていますのね。
「そんなわけで、誰か俺と踊ってくれないかな」
「ん?」
「久々にぱーっと、踊りたくなってしまったんだが」
なんて言いながら、彼は目を合わせません。
別に私をご所望というのではないのでしょ。分かっていますわ。まぁ私も退屈していたところだから。
「……仕方ないですわね」
私は手を差し伸べました。すると彼は、紳士らしからぬ性急な手で、ぎゅっと私の手を握って。
「さぁホールへ行こう!」
もう。21にもなったというのに、子どもみたいな方ですわ!
ノエラ本邸はとても大きなお屋敷で、よってダンスホールも豪勢で圧巻の広さです。
子どもの頃2、3度ご招待を受け、こちらで踊ったこともありましたわ。あの頃もこの方はとても目立っていらして、年上の女性たちに囲まれていて。
「君、その顔のベール取らないか?」
「ええ、構いませんが」
彼といる限りは他の殿方が寄ってこないので、ベールを給仕係に預けました。
「まさかあなたも、“君の可愛い顔を隠すなんてもったいないよ”なんて台詞をお使いになりますの?」
「ははっ、そんなこと言わないよ」
秒で否定です!? ……私の可愛さを否定したわけではないですわよね?
「そうではなくて、ここから呼吸しづらいのは良くないからね」
「……へ??」
フロアに立ちました。すっと手を上げたらそれだけで大きく逞しく見える彼。全て委ねろ、とでも言うような包容力。私は吸い込まれるように彼の胸に飛び込み、両腕を任せました。
「3,2……1!」
大きなスイングで踏み出す私たち。
流れる音楽に溶け込むように、くるくると駆けまわります。
彼のリードが意外なほど頼もしくて、自身の重みが少しも感じられない。宙を浮いているような爽快感ですわ。
「どう?」
「心地いいです。自由に空を飛び回っているみたい」
これがリード力のある男性とのダンスですのね。こんなに上手な人は初めて。
「良い先生に教わったのですね」
「うちはね、貴婦人を完璧にリードして恍惚とした世界へ連れて行かないと、人権を剥奪されるんだ……」
ええ? 実情がよく分かりませんが、過酷な環境ですわね。
それにしても、先ほどまでわりと混雑していたフロアだったと思いますが……踊るカップルが減っている? だから私たちは思う存分振りきれるのですわ。
あら? フロアの端から、みんな私たちを見ている!?
先ほどまでこちらで踊っていた面々が、フロアの外に掃けて、私たちのダンスを見ています。
「さぁ、俺たちの独壇場だ」
「独壇、場!?」
彼のフィガーが先ほどより派手になってきました。流麗なステップに絶妙な加減で派手な技を入れているのです。
「君は案外見た目によらないな。スポーツは何をやっていた?」
あら、スポーツを習っていたことを見抜かれたようです。
「子どもの頃は乗馬とラクロス、スカッシュを少々」
「ああ、だから姿勢が良いんだね。身体を支える筋力がしっかり備わっている」
姿勢、身のこなしに関しては努力していましてよ。
「俺さ、ただ男のリードに従順に付いてくる淑女に、あまり魅力を感じないんだよね」
「……は?」
とつぜん何の話でしょう?
「従順なのはいいけれど、あくまで手加減を求めて冒険したがらない子? そういったパートナーだと刺激が足りないというか」
「はぁ……」
「対等に俺とやり合う気概のある女性に傅きたいんだけど。どう、一枚噛むかアンジェリカ?」
言いながら彼はまた見栄えのする技を取り入れてフロアを巡ります。付いてこられるか、と私を挑発しているのですね。
「でしたら、受けて立ちますわ」
他の方々にフロアを譲らせてしまったのだもの。降りられるわけないでしょう?
「じゃあ楽団にサインを送ったから、ワルツからクイックステップになるよ」
「えっ……えええ!!」
もう、完全に観客のためのダンスですわね!?